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勇者だけど大魔王城で執事やってます。え、チートってもらえるものなの?  作者: 黒丸オコジョ
挿話:不器用なウサギとぶっきらぼうな狼
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挿話:不器用なウサギとぶっきらぼうな狼2

 悪夢のような夢がやっと覚めた町はようやっと活気に満ちて、満開に開いた桜のように笑顔が咲き乱れている。もっとも私はまだそんな風に咲き乱れる桜と言うものをまだ見たことがないのですが。


「おねーちゃん、ワンコのおにーちゃんこないのー」

「ねー、おねーちゃん、わんわんさんは?わんわんさんは?」

「あの人は忙しいみたいだからたまにしか来れないの、みんな我慢してね?」


 孤児のみんなの頭をなでなでしながらため息をつく。話を聞くにこの領のかなり重要なポストに就いたせいで中々城下に降りてこられないらしい。まぁ、別に、特段に、私が逢いたいだなんてことはないのだけれども。彼が私の顔を見に来てくれるのだから仕方ない。


「すなおじゃないねー」

「ねー?」

「日記にワンワンさんの事いつもかいてるのにね?」

「待ちなさい、ねぇ、今何と言ったかしら?私の日記を勝手に見た子はどの子!?」


 わーっと子供たちが散り散りににげてゆく。くっ隠し場所をまた変えておかないと!


「本当に子どもたちは元気いっぱいね」

「ええ、子供は元気がいちばんだから」


 林檎さんがテキパキと孤児院兼、治療院となった番所を掃除してゆく。

 彼女のチート、エクストラヒーリングはあらゆる病気、怪我を広範囲で治療することが可能という、まさしくチートなのであるが、欠損していたり呪いの類、精神の病などは治すができず、範囲を広げるほど対象の選択がしづらくなるというので意外と使い勝手が悪いとの彼女の弁。


「捕らえられたときにあの糞魔王に私のチートを使われたんだけど、味方だけじゃなくて敵の勇者まで治しちゃって、それからは二度と使われなかった位だからね……」

「そんなに重いことをさらりと言わないで!」


 彼女は元々土塊の魔王に捕まり、堕とされた勇者だ。体を砕かれ、弄ばれ、凌辱された記憶はどうやら彼女の中では笑い話らしいけど、与太話でされる事じゃあないと思うよ!


「それなら、コイバナ?」

「さて次は仕入れてきたガーゼを取りにいかないと!」

「それはもう終わらせてるよ?んふふ、ほらほらどうなの?ねぇねぇねぇ?」

「んなああ!晩御飯の買い出し言ってくりゅ!!」


 耳の先まで赤くなってる気がするのが答えのような気もしなくもないけど、言葉に出していないからセーフ!脱兎のごとくと言うかウサギだけど、私は扉をけ破り走って逃げだした。


「いってらっしゃーい」


 なんてのんきな林檎さんの声を後ろに聞きながら。私が彼の事をどう思っているかだなんてどうでもいいじゃない。そんな話をし出すと止まらなくなるのが女子!……というものだと彼女は言うけれども、私は同年代の女の子と話す機会がほとんど無かったからそれを確かめるすべもない。

 コイバナ。恋話。恋物語。私にそんなことができる資格があるのだろうか?


 大切な人が死ぬのを声を殺してみていた私が。大切な誰かが壊されていくのを見るしかなかった私が。幸せを……夢見る資格なんて……。

 ぴくり、と私の耳が彼の足音を聞き分けてしまった。


 誰かを助けるためにすべてを投げうち、自分の宝物であった足を虫に食われ、それでも尚抗い続けた彼の足音。


 胸の音がきゅうと締まる音がした。今すぐ彼の元に駆け寄って、抱きしめられたい衝動にかられてしまう。けれどもそんなことを言葉に紡いでしまえばきっと彼は私の事を失望してしまうに決まっている。

 私は彼にとってただの弱い女の子。気取った、気の強い、彼の苦手な女の子でしかない。


 それでいい。それでいい。それでいい。


 そう思いながらも私の足は自然と彼の方へと向かっていきます。ああ、どんな顔で彼に顔を見せればいいのでしょう?

 彼はこの領の中心にいる人。私は単なる一般市民で、治療院で働くただの少女にすぎない。そんな私とだなんて釣り合いが取れるわけもなく、でも、それでも私は彼を一目見たくて、気が付けば彼のもとへと歩きだしていた。


 私にとって、彼はいつも輝いている人だった。


 私が小さいころ、今よりずっと小さいころ、彼が覚えていない思い出。私が迷子になって泣いているところを助けてくれたなんて言うよくある話の想い出。

 大きな手で撫でてくれて、抱っこしてくれて、そんななんてことのない想い出。

 私は覚えている。彼がどれだけこの街を愛していたか。どれだけ町の人々を想っていたのか。私は知っている。

 だから、勇気のないウサギは勇敢な狼に恋い焦がれても、それを叶えることは許されないんです。

 きっと彼にはもっとふさわしい人がいるのだから。


 でも、それでも私は彼を見てしまうと駆け寄ってしまう。

 顔は……大丈夫。少し赤いくらい。

 心臓は早鐘の如く鳴り響いているけれど、顔には何とか出さずに彼に向けて言葉を紡ぐ。


「――なんて何詩人のようなことをブツブツつぶやいてるの?不審者かな?通報しましょう。あ、しました?」

「なんでしてるんだよ!あれだよ!俺、この領の軍のトップにされたんだよ?なのに通報されるのか!?」


 いつものようにいつもの如く悪口のような軽口を彼に向けてつらつらと言ってしまう。

 けれども彼はため息をつきながらも私に付き合って、一緒に話をしてくれる。


 そんな彼を、私は――


 ……いつか彼に突き放される。その日まで、その日まではこのままでいられれば。

 私はそう願わずにいられなかった。

ミウの口調を間違えていたので訂正しております。

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