第92話:再び
ゼノが怒りに任せてそれを放ったのは、決して図星を突かれたからではない。
ただ単純にロードが知った風な口を利いたことが腹立たしかったのだ。
だが攻撃を繰り返している間、ゼノはロードの言ったことを考えてしまう。
自分自身が何故人間を憎むのか。
ゼノがそれを考えたことなど無かった。
何故なら人間は魔族の怨敵であり、必ず駆逐しなければならない対象だと最初から強く思っていたからに他ならない。
目の前にいる人間を殺し、レヴィを使い人間を根絶やしにする。
それが何よりも優先されることであり、魔族全ての悲願であることに変わりはない。
アイギスの障壁はゼノが撃ち出す強力な魔力の砲弾を全て防ぎ切っていた。
しかし、弾いた黒い魔力はどんどんと城を削っていく。
まるで雨のように降り注ぐそれは一発一発が速くて重い。
仮に一発でもまともに食らってしまえば今のロードには耐えられないだろう。
ロードはゼノに聞こえないようにアイギスに声を掛けた。
「アイギス……分かってるな?」
「……はいっ」
「大丈夫……必ず上手くやってくれる」
今はまだ反撃出来ない。
その状況が整うまではこうして耐えることが正着であると信じ、ロードは静かにその場面がくるのを待つ。
既に彼は動いており、後はそれが通用するかどうかの問題。
魔王ゼノの力は底知れず、ロードと同じように左腕は使えないが未だ力の差は歴然であった。
それを埋める為には今使える力を全て使い、なんとしても手帳を取り戻さねばならなかった。
一方のゼノは、ロードに好き勝手言われたことや自身の攻撃が防がれている現状にイラつきを募らせる。
自身が繰り出している攻撃は軽々と防げるものではない自負があった。
しかし、ロードが召喚したであろう目の前の女はそれを難なく防いでいる。
それは彼にとって屈辱以外の何物でもなかった。
その抑え切れぬ怒りが黒い魔力となって身体から溢れ出す。
背中から黒い手のようなものが何本も生え、身体全体も黒い魔力に覆われていった。
そうして黒いオーラに包まれたゼノは、まるで飢えた獣の如くロード達に飛び掛かる。
「殺してやる……!」
全ての腕から伸びた黒い剣が障壁を切りつける度に、凄まじい衝撃と音が城の内部に響き渡る。
ゼノが繰り出す凄まじい威力の斬撃は、彼女が障壁を張り続けることが出来る制限時間すら削り始めていた。
ロードとアイギスの心に焦りが出始めた時、業を煮やしたゼノは一旦攻撃をやめて再び空中へと舞い戻る。
「散々ほざいておいて……やはり貴様は卑怯で陰湿な人間そのものだなッ! ならば……引きずり出してやるわ……!」
ゼノはロード達に右手を、レヴィには背中から生えた黒い腕を向けた。
その両方に魔力が集中していく。
先程放った魔術とはまるで比べ物にならない大きさのそれが、ロード達とレヴィ双方に向けられる。
「ゼノ……!」
「フハハハハ! さぁ……貴様はどちらを守るのかな!?」
「ロード様逃げて!」
瞬間それが同時に放たれた。
アイギスは既にレヴィに向けて走り出しており、それが着弾する前に障壁を張る。
ロードがそう動くともちろんゼノも分かっていた。
これでロードを守るものはなくなり、自身が繰り出す本気の魔術をその身に受けることになるだろうと。
あまりにも巨大なその黒い魔力の塊がロードに迫る。
今のロードでは躱すことも難しく、当たれば間違いなくロードは死ぬだろう。
だが、ゼノは知らない。
ロードが必ず起こるであろうこの瞬間を待っていたことを。
その為にゼノをあえて挑発したのだ。
彼の存在を、その頭から消し去る為に。
そうして着弾した黒い球体は凄まじい音を上げながら床を抉り、全てを飲み込み下へ下へと突き抜けていく。
城は激しく揺れ、最早いつ崩壊してもおかしくない状態にあった。
ゼノはそんなことを気にする様子もなく、むしろ嬉しそうに口の端を吊り上げる。
「フハハ……今度こそ……今度こそ消してやったわッ! さぁ、レベッ……」
しかし、振り返った先には未だレヴィを守るように障壁を張る少女がいた。
その姿にゼノの思考が一瞬止まる。
彼女がいるということは、彼が生きているという何よりの証。
「逃げる暇は……!」
直後ゼノの背後から猛烈な風が吹く。
反射的にゼノが振り向いた瞬間、嵐の神の放浪槍が彼の腹部に突き刺さった。
「ぐっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
障壁を張る間も与えず、突き刺さったグングニルは内側から暴風を生み出す。
しかし、それでもゼノは打ち破れない。
「ぬぅぅぅぅぅらぁぁぁぁぁぁッ!」
ゼノはグングニルが生み出す暴風すら魔力を使い抑え込んだ。
そのゼノの前に白銀の少女が現れる。
「き、貴様はッ……!?」
グングニルは風をさらに強め、ゼノの身体を引き裂かんと力を込める。
だが、これまでの戦いで消費していた彼女の魔力では、ゼノの力を超えることは出来なかった。
「ロードごめん……」
「十分だグングニル!」
「なッ!?」
ロードがゼノを挑発している間にソロモンはグングニルの元へと転移し、彼女を連れて再び転移し時を待った。
そしてロードの予想通りの行動をゼノが取った瞬間、当たる寸前でロードを救ったのだ。
既にソロモンは指輪に戻し、彼はタラリアを使いゼノに迫る。
その右手に握るは鋼鉄剣イアリス――――
「うぉぉぉおッ!」
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁあッ!」
手帳を握り締める黒い魔力の腕。
それを目掛けて振り抜いたイアリスの一撃を、ゼノは魔力を纏った右腕で受け止める。
刃は食い込んだものの、片腕しかないロードではそれが精一杯だった。
「ク、クソッ……!」
瞬間グングニルの魔力が切れ、白銀の少女は槍だけを残して消える。
ゼノを抑えていた枷が無くなり、無防備なロードの身体に黒い魔力の手が突き刺さった。
「がっ……!」
「いい加減に……余の視界から消え失せろッ!」
突き刺さった黒い手から魔力が放出され、その衝撃でロードは空中から叩き落とされる。
凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、何度も跳ねながらロードは転がっていく。
「マスター!!」
「ロード様ぁっ!」
彼女達の叫び声も虚しく、ロードはうつ伏せに倒れて動かない。
ソロモンによって多少回復していたものの、彼の身体は既に限界を超えていた。
「クソッ……抜けん……!」
グングニルはゼノに突き刺さったままその身から離れようとしない。
それがグングニルに残された最後の抵抗だったのだろう。
ゼノは抜くのを諦め、ロードにとどめを刺す為に地上へと降り立った。
ところどころ崩壊した床をゆっくりと歩き、ゼノはロードの前に立つ。
それに反応したロードがなんとか立ち上がろうとするが、その顔面をゼノが蹴り上げた。
「あがっ……!」
ロードはそのまま浮き上がり、今度は背中から叩きつけられる。
「手こずらせおって……だが……もう終わりのようだなァッ!」
ゼノの黒い魔力が至近距離からロードに放たれ、彼の身体が再び吹き飛ばされる。
「ゼノッ……ロード様を殺さないで……殺すなら私をッ……!」
「聞こえぬなぁ……そもそもその小娘がおるせいで貴様に触れることも出来んではないか。そこの小娘に頼んでみたらどうだ? 大事なロード様を守ってくれと……!」
「ア、アイギス様……」
「うぅ……マ、マスターと……約束したからッ! 何があってもレヴィさんを守れって……!」
「だ、そうだが……そのマスターはこのザマだッ!」
「がっ……!」
ゼノの魔力を何発も受け、ロードの身体が何度も跳ね上がる。
レヴィの悲痛な叫びがその度にこだまするが、ゼノはいたぶるように何度も何度もロードを吹き飛ばし続けた。
「お願い……もうやめてッ……!」
「フハハハハッ! そうか、貴様がそういうならば仕方ない。今すぐ殺してやろう」
「あっ嫌ッ! やめてッ!」
「やめてやるとも……いたぶるのはもう終わりだ。さぁ、今すぐ殺………………馬鹿な」
振り返った先、ロードは再び立ち上がっていた。




