第77話:油断
このレヴィの通信魔石はソファーの隙間の奥から出てきた。
そんな所に勝手に入ることはあり得ない。
つまりこれは……レヴィのサイン……。
手の震えが止まらなかった。
己の警戒心の無さに呆れ、そして至らない思考に腹が立つ。
そして何よりも……レヴィがいないという事実が俺の心を奈落へと突き落としていた。
握り締めた拳から微かに痛みを感じ、開いた手のひらは血と汗で湿っている。
とにかく状況を……。
「……ソロモン」
手帳から指輪を取り出しソロモンを呼び出す。
武具達なら俺が眠っている間のことも知っている筈……加えてソロモンには探知能力がある。
そう思い呼び出したソロモンは、いつもの飄々とした雰囲気とは違う真剣な表情で俺を見ていた。
それが何を意味しているのか……彼の言葉を聞く前に俺は察してしまう。
「旦那……まずったな」
クソっ……。
「何が……あったんだ……?」
「恐らく魔族だな。インヘルムって言ってた。エアルってねーちゃんは奴らとグルだったみたいだ」
エ、エアルさんが魔族と……?
ということは魔族がレヴィを攫ったのか。
いったい何の為に……ん……これは……。
「この通信魔石……音が残ってる……」
俺は恐る恐る……魔石に魔力を込めた。
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「ちょろいねぇ……」
「あな……たは…………何故……!」
「あら、魔族だから酸素が薄くても気を失わないのかしら? ま、これを着ければ関係ないけど」
「うっ……むぐっ……」
「はい、これでもう抵抗は出来ない。後は……」
「よくやってくれたねぇ。後はこっちでやるよ」
「あら、お早いご到着で。ハドラスさん?」
「これで胸を張ってインヘルムに帰れるよぉ。ありがとう……エアルさん」
「どういたしまして。じゃあ……それなりのものを貰わないとね?」
「はいはい。アミィ……もういらない」
「……え? あ」
「……ふぅ、まぁまぁの魔力ね。さて、そんじゃ行きましょうか……女王様?」
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「レヴィちゃん……咄嗟にこれを残したんだな。今ので分かったろ?」
「ああ……レヴィ以外に興味は無いらしい。つまり、魔族は無能とは別の件で動いてる」
エアルさんの言っていたことは全部嘘だったのか?
元々彼女と魔族が繋がっていて、最初から俺達を狙っていた……。
彼女がイストに来たのは数日前……つまり、俺達の行動は奴らに筒抜けだった訳だ。
それにしても……武具達や通信魔石が無かったらと思うとゾッとする。
いきなりレヴィがいなくなり、どこに行ったかも分からず俺は途方にくれていただろう。
だが今ならまだ……。
「レヴィちゃんを攫うことが目的だったみたいだな。理由は分からないが……」
理由か……。
逃げ出したレヴィを連れ戻しに来たっていうのが一番自然だろう。
ここ数千年はクラウンさんと一緒にいたし、あまり世間に顔を出さなかったと言っていた。
俺と行動を共にすることでレヴィの存在が魔族側にバレたのかもしれない。
だがなんで今更……数千年も経っているのに……。
今になってどうしてもレヴィを連れ戻さなければならない理由があるってことか?
「なんにせよ……関係ない」
「おい旦那……まさかとは思うが……」
「インヘルムに行く。すぐ出発だ」
「ま、待てよ旦那! いくらなんでも無謀過ぎる!」
「無謀だろうがなんだろうが関係ない。レヴィはきっと待っている。だから……俺は行く」
「待て待て待て! 奴らの本拠地だぞ!? 魔族も魔物も大量にいるんだ! 何の策もなしに……ましてや俺達だけじゃ無理だって!」
「だけど……!」
こうしている間にもレヴィは……!
クソっ!
「落ち着け旦那! 気持ちは分かる。だがな……あえて厳しく言わせて貰う。旦那は無茶が過ぎる。昨日の戦争を止めるって話にしてもそうだ。策も無しにただ行くなんて行為は無謀以外の何物でもない! 口だけの覚悟ほど愚かなもんはないんだよ! いいか? 想いだけで全てを成し遂げられるのならば、全ての人間は英雄と呼ばれている。確かに旦那には力があるさ。だが、それをどう使うべきなのかもう一度よく考えろ。戦争を止めるなと言っている訳でも、レヴィちゃんを救うなと言っている訳でもない。自分自身に何が出来るのかを考え、足りないものは何なのかを理解しろ。分かったら一旦座れ」
「あ、ああ……」
ソロモンにそう言われ、俺はソファーへと座った。
彼の言う通りだと頭の中では分かっている。
だが、レヴィがいないというその事実が俺の胸を締め付けていた。
何かをしていないと気が狂ってしまいそうな……とにかくレヴィに会いたい……。
ずっと一緒にいたから……レヴィ……!
「因みに俺の探知じゃ大まかな方角と距離しか分からねぇが……ここから南の方角にレヴィちゃんはいる。かなり距離があるな……やはりインヘルムなのは間違いない」
「そうか……なぁソロモン……武具達の中に空間転移出来る人っているかな?」
ここからインヘルムまではかなり遠い。
まともに移動していたら10日は掛かる。
海の上はなんとかなるにしても、陸路で時間を食うのは避けたかった。
「ああ……ちょっと手帳見せてくれ」
ソロモンはパラパラと手帳を捲り、あるページで手を止める。
しかし、残念ながらそのページは輝いていない……つまり、まだ俺を認めてくれていないということだ。
「ちっ、この野郎……一旦手帳に戻してくれ。あ、いいか旦那……自分が成すべきことを為せ。必ず突破口はある筈だ。それを探せ」
「ああ……分かった。ありがとうソロモン……」
俺に優しく微笑んでくれている彼から魔力を抜き手帳に戻す。
恐らく転移出来る伝説の武具を説得しに行ってくれたのだろう。
彼と話が出来て……よかった。
ソロモンの言葉は全くの正論で反論する気さえ起きなかった。
俺は本当に愚かだ。きっと無意識に……全てがなんとかなると思っているのだろう。
いや、実際そう思っていたからこそ……戦争を止めるだの、1人でインヘルムに乗り込むだのという無茶をしようとしていたんだ。
今までが上手く行き過ぎていたから……何を勘違いしてやがる……!
レヴィが攫われたのだって俺の慢心と油断のせいだ。
武具達の誰かを呼び出し、常に見張って貰ってていれば……こんなことにはならなかったかもしれない。
「レヴィごめん……俺のせいだ……!」
考えろ。
自分に出来ることを……自分に足りないものを。
泣き言も後悔も反省も今は飲み込んで……彼女を救える方法を考えるんだ。
「ん……んん……? あ、ロード……おはよう」
「おはようございますロードさん……なんか騒がしいですけど……あれ、レヴィさんは?」
さすがに騒がしかったせいか、2人とも目が覚めた様だ。
話さない訳には……いかないよな。
「おはよう……2人とも落ち着いて聞いてくれ。レヴィが……攫われた」
「「え、ええ!?」」
その後、起きて来たフィンティさんも加え、3人に何があったか話す。
みんなショックを受けていたが、特にティアはエアルさんが関わっていたことにかなり強いショックを受けた様だ。
「そんな……エアルさんが……どうして!?」
「恐らくは金かな……まぁ……もう……」
エアルさんがどうなったかは分からないが……恐らくあの感じだと……。
「と、とにかくレヴィを助けに行かないと……!」
「ああ。俺は策を考え、レヴィを助けに行く。2人はここにいてくれ」
「嫌です。私も行きます」
そう言うだろうと思った。
でも……。
「ティア……ダメだ危険過ぎる」
「それはロードさんも同じですよね? 私には2人から貰った恩があります。今こそ返す時……絶対について行きます! 置いて行かれても私すぐに追いかけますから! その為に……ロードさんの為に私は強くなったんです!!」
ティアは強い瞳で真っ直ぐ俺を見る。
俺に足りないもの……。
「分かった……頼む」
「はいっ!」
「私は残るよ……足手まといになりたくないから」
「アスナ……」
アスナは唇を噛み締め、目には涙を溜めていた。
魔法が使えればアスナもついて行くと言っただろう。
俺がアスナの立場なら死ぬ程悔しいと思う。
それでも自分の現状を理解して耐えるその強さ……それも今の俺に足りないものだ。
「分かった……ティアは準備を。俺は連絡を入れてくる」
「はいっ! すぐに支度します!」
「アスナ……気持ちは持っていく。大丈夫なように祈っててくれ。必ず戻る」
「うん……!」
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『魔族か……その様子だと無能とは関係なさそうだな。お前には一切興味がないみたいだし』
「ええ、多分……」
俺はバーンさんに連絡を取り、何があったかを全て話した。
誰かの知恵を……そして力を借りる。
何も分からないくせに分かった振りをするな……教えて貰うんだ……!
『ロード……今回の件はお前の油断が招いたことなのは分かっているな? 下手すりゃ全員死んでいたぞ。今生きていることが奇跡だと思え』
「はい……!」
イストに帰ってきたことで、俺は安心しきっていた。
まさかレヴィが攫われるなど思いもしなかったし、そもそも警戒すら……やはり自分の考えの甘さに腹が立つ。
『起きちまったことはしょうがねぇがな……とにかくレヴィを助けよう。俺が行きたいのは山々なんだが……今ちょっと動けない状態にある。だから俺の同期に声を掛けるよ。確かそいつケルト付近にいた筈だから。きっと協力してくれる筈だ……口は悪いがな』
「あ、ありがとうございます!」
『そいつがいれば大丈夫だとは思うが……とにかくロード、レヴィを助けることだけを考えろ。真正面からは絶対にぶつかるなよ? 特に魔王ゼノには絶対関わるな』
「魔王ゼノ……そんなに強いんですか?」
『俺の師匠が以前やり合ったらしいが……とにかくヤバイらしい。因みに師匠は多分俺より強い。それ程の相手だということだ』
化け物みたいに強いバーンさんより強いお師匠さんがヤバイって……。
いや当然か……レヴィだってめちゃくちゃ強いのだから、魔王がそれ以下な訳がないじゃないか。
そんなことも考えずに真正面から……本当に自分が嫌になる。
「分かりました……気を付けます」
『落ち合う場所が分かったら連絡してくれ。いいかロード……頼ることは恥じゃねぇ。周りを見渡せ。状況を把握しろ。そして、お前がやるべきことをやれ』
「……はい!」
『よし……じゃ、またな」
バーンさんとの話を終え、次はケルト王に連絡する。
ケルトはインヘルムに一番近いから何か知恵を借りられるかもしれない。
『……よし、俺が行こう』
すぐ連絡に出てくれたケルト王は俺の話を聞き終わると同時にそう言ってくれた。
「へ、陛下自ら……!? それはエディさんが……いや国が許さないんじゃ……」
『言った筈だロード。俺の命は最早お前のものよ。今返さないでいつ返すのだ。こればかりは誰にも文句は言わせん。よく俺に声を掛けてくれた』
「陛下……ありがとうございます」
『少数精鋭の方がいいだろう。真正面からぶつかるのは避けたい……船の手配をしよう』
「あ、船は要りません。そこは考えがありますから」
『ほう、ならば任せよう。ケルトまで来られるか?』
「ちょっと待って下さい……あ、すぐに行けそうです!」
さっきまでくすんだ色をしていたページが光り輝いていた。
どうやら、ソロモンが上手くやってくれたらしい。
『よし、ではメンバーは俺とロード、そのティアって子とバーンの同期か……では準備をして待っている。ケルト近くまで来たら連絡をくれ』
ケルト王との連絡を終えた後、再びバーンさんに連絡を取ると、その人は既にケルトの港町ミラハにいるとのことだった。
そこに向かうことを告げ、俺はすぐに新たな仲間を呼び出す。
「待っててくれレヴィ……すぐに行くからな」




