第69話:あの日
「遅くなり申し訳ありません陛下。箝口令は滞りなく。ただ、アスナ君がどうしても直接お会いしたいと……ここへ」
「そうか……エディ、椅子を」
アスナは深々と頭を下げた後、エディさんが用意した椅子に座る。
風呂に入れて貰えたのだろう、顔や髪の汚れはとれていたし服も新しくなっていた。
ただ、やはりあの頃に比べるとすごく痩せている。
たった1ヶ月半しか経っていないにも拘らず、俺の知るアスナよりずっと小さくなったように思えた。
彼女は少し呼吸を整えた後、深々と頭を下げる。
「陛下、エディさん、そして……ロ、ロードっ……ありがとう……ございましたっ……!」
彼女はそう言って、声や肩を震わせながら頭を下げる。
ケルト王は腰を上げ、アスナの元に近寄るとその場で片膝をついた。
「アスナよ……正直な話、君にどう詫びていいのか分からぬのだ。俺にはこの愚かな頭を下げることしか……すまなかった」
「お、おやめ下さい陛下! わ、私が……私が愚かだったのです……! だから、今こうして生きているだけで……それすらも私には……!」
「それは俺も同じこと。我ら2人とも、今日死すべき運命にあった……そして、2人ともロードに命を救われたという訳だ」
「は、はい……私がロードにしたことは許されることではありませんでした。私が襲いかかったご家族にしても同じことです。たとえそれが何らかの影響を受けていたのだとしても、私は自分自身が許せないのです。なのにロードは……うっうっ……わ、私を……」
自分が逆の立場ならどうだっただろう。
果たして死を受け入れられただろうか。
アスナのように謝れただろうか。
俺が……俺が掛けるべき言葉は……。
俺もケルト王と同じように、アスナの下へと歩み寄った。
「アスナ……俺が今生きているのは……アスナのおかげでもあるんだ。もちろん……その……辛かったけど……それでも君がいたから……だから、もういいんだ」
「ロ、ロード……うっうっうぅぅぅっ! ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」
彼女は両手を顔に当ててただただ泣いていた。
かつて俺がクラウンさんの前でそうだったように。
だから俺は、彼女の肩に手を……置いた。
アスナが少し落ち着いた後、俺達は本題に入る。
アスナが何故無能と呼ばれるようになったのか、それを知っておかなければならない。
「アスナ、何があったか……話してくれるか?」
「うん……全部……話すよ」
そうして彼女は語り始めた。
彼女が無能と呼ばれるようになった……その日のことを。
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私達が山から見下ろすその先に、巨大な壁に囲まれたケルトの町が見える。
大きくて立派な町は、ほとんどが石レンガで造られており、灰色の街並みが夕日に照らされていた。
『わぁ……ここがケルトの王都……』
『そうだよアスナ。この高い壁が王都を守っている訳さ。中に入るにも外に出るのにも、この許可証が必要なんだ』
そう言って、勇者様は私に許可証を見せてくれた。
『久々にゆっくり寝れそうだなロイ。で、アスナの歓迎会は今夜か?』
『そうだよミリア。リリスもジャンもそのつもりでいてくれ』
『分かったわ。アスナ、今日は楽しみましょうね』
リリスさんが私に抱きついて頭を撫でてくれた。
嬉しいな……もうこんなに優しくしてくれて……。
『酒を大量に買っとかねぇとなぁ。ミリアは女のくせに大酒飲みだからよ』
『ジャン、女が酒を飲んだらいかんのか? ん?』
『おー怖。アスナはこうならないで欲しいねぇ』
ジャンさんの言葉にみんな一斉に笑い出す。
パーティに参加してよかった……私なんかが役に立てるか分からないけど、精一杯頑張ろう。
『さ、町に行くよみんな』
勇者様の後に続いて山を下り、私達はケルトの王都へと入る。
すぐに宿を見つけ、私とリリスさん以外は買い出しに出かけて行った。
『それにしてもジャンさんの魔法って凄いですね。全然疲れないし、馬車より速いなんて』
『そうでしょー。普段おちゃらけてるけど、あいつがいると楽なのよ。ミリアの魔法も便利だしね』
『リリスさんの魔法も凄いですよね! なんでも見つけちゃうんだもん』
『まぁねん。じゃなきゃ勇者のパーティになんかいられないからさ。あ、一応言っとくけど、便宜上探知魔法って言ってるけど、実は違うんだ。今度教える機会があれば……教えてあげるね』
『はい! そ、それで……あの、私なんかが本当に役に立つんでしょうか? なんだか不安で……』
『あんたまだそんなこと言ってんの? 大丈夫よ。ロイにはね、あんたの魔法が必要なのよ。私が見つけ出したんだから胸を張りなさい!』
リリスさんは私の背中をばんっと叩く。
ちょっと痛かったけど……嬉しかった。
『はい! 頑張ります!』
暫く2人で話していると、勇者様達が買い出しから戻り、すぐに私の歓迎会が始まった。
初めて飲むお酒はなんだか変な味がしたけど、みんなが楽しそうだったからなんでもいいや。
私は意外にお酒に強いらしく、ちょっとぼーっとするくらいで眠くなったりはしなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けば深夜2時を回っていた。
『お、もうこんな時間か。予定とは違うけど始めようか』
『そうだな。まぁ、問題ないだろう』
『あら、始めんの? まぁ、しょうがないかぁ』
『じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょ』
そう言って、みんなが立ち上がり私の周りを囲む。
なんだろう……?
『結構入れたんだけどな……体質かねぇ』
『かもね。じゃ、ミリアよろしく』
『はいよ……勇者様』
『あの……何を……きゃっ!? んぐっ!?』
いきなり私の背後にいたミリアさんに羽交い締めにされ、リリスさんが私の口を布で塞いだ。
突然のことに訳も分からず、私はそのままろくに抵抗も出来ずに縛り上げられる。
な、なんで……!?
何をするの!?
『おっけー。準備完了ー』
『じゃ、アスナ。君の魔法を貰うね』
え……?
『んぐぅぅぅぅ!?』
勇者様が私の顔を掴んだ瞬間、私の中から何かが抜けていく様な……そんな気がした。
怖くなった私は咄嗟に魔法を使おうと……。
『無駄だよアスナ。もう遅い』
なんでっ……? 魔法が出ない……!
そのまま勇者様は私から何かを抜き取り続ける。
私はただ……唸り声を上げることしか出来なかった。
何分くらい経っただろうか。
勇者様が私から手を離し、ようやく私の拘束が解かれた。
意識はあるのだが……身体が動かない。
『あ……が……な…………に……』
『お、凄いねアスナは。まだ意識があるんだ。覚えていられるかは分からないけど、お礼を言っておくね。丁度君の様な魔法が欲しかったんだ。この間使い切ってしまってね……リリスに探して貰って、君を見つけたって訳さ』
なに……それ……。
『よかったねアスナ。これで、あなたは勇者の一部になった』
意味が……。
『おめでとう。そして……ありがとう』
やだ……怖い……。
『さて、寝よ……か』
なん……な……の……これ……。
『……ね。…………また……』
駄目だ……眠い……。
『………………じゃ…………すみ……』
そうして、私の意識は途切れた。
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「目が覚めた時、私は広場の真ん中にいた。周りには人だかりが出来ていて、みんなが私を見ていた……ゴミを見るような目で。あちこちから無能だと言われ、私は魔法を見せようとした。けど、私の魔法は……もう私のものじゃなくなっていた……後は……もう……」
「アスナ、もういい……」
震えるアスナの手を握る。
その後は……俺が誰よりも知っているから。
「アスナ、話してくれてありがとう。少し休んだ方がいい……エディさんすいませんが……」
「ああ、分かった。アスナ君、こちらへ……」
アスナはエディさんに連れられて部屋を後にする。
足取りがおぼつかず、エディさんにもたれかかるように去っていった姿を見て、俺はなんだか悲しくなった。
『ロイ……あの野郎……』
表情は見えなくてもバーンさんの憤りが伝わってくる。
俺も似たような気分だ。
勇者達は……ロイは……他人をなんとも思っていない。
「以前……エディと共にロイに会ったことがある。だが、エディは特に何も言っていなかったが……」
「エディ様のスキルは〝悪意の眼〟……〝視た〟ものの負のオーラを認識出来る力です。憎悪や罪悪感といった、人間の感情の中でもマイナスなものを捉える訳ですが……ロイにはそういったものが元々ないのかもしれませんね……」
『アリスもロイを〝視た〟ことがある。アリスはロイをみて、「怖い」と言った。あいつの中には何もない闇が広がっていたってな』
何もない闇か……。
バーンさんが言っていた、〝ロイはお前らの思っているような奴じゃない〟っていうのはそういう意味だった訳だ……。
「それにしても解せん……何故ロイは、アスナを放置したのだ?」




