第544話:陰から
「では……さようなら」
惜別の言葉とともに、黒き流星がズィグラッドへと降り注ぐ。
彼は両手の武器を握り直すと、強く大地を蹴って真横へと駆け出した。
「ぬぅんッ!」
1発目を大剣で叩き落とすと、彼はさらに加速。
2、3発目は彼の速さに追いつけず、その後方に着弾した。
巨大な爆発音を置き去りに、彼はここで方向を何度も変え、ジグザグに移動し始める。
「4、5……6……ちッ! 7ッ!」
かわしきれなかった7発目を叩き落とした直後、ズィグラッドはレヴィに向けて走り出す。
「8ッ……9ッ!」
左右に細かく動きながら、迫る2発を回避。
そして────
「これで10……うッ!?」
最後の1発を巨斧で弾き飛ばした刹那、前を向いたズィグラッドに戦慄が走る。
レヴィの周囲に、先程の倍以上はある黒い魔力の塊が浮かんでいた。
「あは……残念でした」
そして、それらが一気に彼へと向けて放たれた。
もはやそれをかわす術はなく────
「……くそったれが」
次々と着弾するそれらによって、黒い閃光とともに巨大な爆発音が何度もこだまする。
「うッ……ごほッ! げぼッ! うッ……はー……はー……ふふっ! ふふふふふ……」
血だらけになった口元を袖で拭いながら、レヴィはそれでも笑い続ける。
噴煙が舞い上がる中、それをじっと凝視した彼女は、その身体に再び魔力をたぎらせた。
「かぁッ!」
噴煙を突き破り、ズィグラッドが雄叫びを上げながらレヴィへと迫る。
大剣と巨斧を盾とし、防御に全てを割いてなんとか耐えた彼であったが、そのダメージは甚大であり、腕や脚の肉は抉れ、至るところから血が流れ出ていた。
それでも、回復を後回しにし、彼は一気に距離を詰めると、音速に迫る速度で大剣の突きを繰り出す。
「きひッ!」
それをあっさりと左にかわしながら、レヴィは右腕を振りかぶると、拳の鉄槌で大剣を叩き落とす。
その切先が地面へ深々と刺さった刹那、ズィグラッドは大剣から手を離し、すでに振り下ろし始めていた巨斧を両手で握った。
「つぁッ!!」
常人ならば、振った姿さえ視認出来ないほどのそれを、レヴィはやはり余裕を持って右へと避ける。
今の彼女には、極限まで強化されたズィグラッドの動きでさえ鮮明に"視えて"いた。
事の始まりを捉えて予測するそれは、もはや予知と言っても差し支えなく、ズィグラッドの力も読みも、彼女は完全に上回っていた。
だが────
「……おや」
ズィグラッドの巨斧が、彼女の左でピタリと止まる。
それは、先程レヴィを粉砕した一撃。
止まったのは一瞬。
それはやはりそのまま、真横へと一気に振り抜かれ────
「うッ!?」
轟音が、戦場を駆け巡る。
だが、レヴィはそのままそこにいた。
「クスくすくスッ……」
彼女は、左腕だけでそれを受け止めていた。
その突き抜けた衝撃により、踏ん張った右足から先の大地が大きく砕けていることから分かるように、彼が両手で繰り出した一撃は凄まじいものであった。
それでも────
「あなた、まだ私のこと……舐めてます?」
そう言って笑った彼女の口からは、大量の血が流れ出ていた。
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「まぁ……不確定要素は多分にありましたが……」
ティアによって完全に抑えられた、50万人の虚な民の後方。
その先に広がる森の奥深くで、映像魔石に映し出された戦場を見つめながら、ティタノマキアの副リーダーであるアナはそうポツリと呟いた。
ここまで、ディーやルカを始めとするベンディゴ側の思わぬ奮戦に加え、神獣出現のズレや、ドラグニス、ティアたちの登場など、ティタノマキアにとっては望まぬ展開が続きはしたが、今の戦況に関してだけ言えば、概ね彼らの計画通りと言っても差し支えないところまできていた。
アナは1つ息を吐くと、手にした通信魔石を口元に当てる。
「フェイク、邪魔者は気にせず、そのまま続けてください。とにかく結界への攻撃のみに集中するように。余力は残さず、全て使い切って構いません」
『わぁってるって』
少し離れた場所にいたフェイクは、次々と翼爪竜種の複製を生み出し、それらを全てベンディゴへ向けて送り込む。
ベンディゴの防衛に回ったガラドボルクの手によって、すでに十数頭の翼爪竜種が討ち取られていたが、彼はアナの指示通り、ティアがいる東を避け、出来るだけ北側から複製を飛ばし続けていた。
その数は、すでに50頭を超えていた。
「アナー? 私やることある?」
椅子にちょこんと座り、足をパタパタとさせながら、ムムは隣にいた彼女へ向け、上目遣いでそう尋ねた。
そんな彼女の頭を撫でながら、アナはにっこりと微笑んだ。
「ふふっ……もちろんですよムム。クロス様が戻られるまで待ちましょうね」
「うんー!」
肩ほどにまで伸びた灰色の髪をくしゃくしゃにされながら、青と赤のオッドアイを輝かせる彼女は、そう元気に返事をする。
すでに20歳となったムムではあるが、150センチにも満たない彼女は、その童顔と相まって、見た目はまだ幼い子供のようであった。
そんな彼女が、今度は不安げな表情をアナへと向ける。
「あとさ、ジェイド……大丈夫かなぁ……」
「んー……そうですねぇ……」
アナはその質問に対する答えが見つからず、曖昧な返事をするしかなかった。
リセルとチャムリットによって運ばれてきた時点で、彼はもう手の施しようがない状態にあった。
それをクロスが引き取り、付き添うと言って聞かない2人を連れてテントの奥へと向かったのだが────
「すまない……待たせたな」
「クロス様……!」
ちょうどその時、奥からクロスが姿を現す。
身につけている黒いローブは、ところどころがジェイドの流した血によって変色していた。
「ボスー! ジェイドは!?」
「……命は繋いだ。心配するな」
「ほんと!? よかったぁー!」
「……」
そう言って笑顔を見せるクロスであったが、アナはそれが偽りのものであることをすぐに察した。
「ああ……ムム、そのまま監視を頼む。何かあれば知らせてくれ」
「はーい」
「アナ、少しいいか?」
「……はい」
手を上げて返事をする彼女から少し離れ、クロスはアナに対し静かに口を開いた。
「残念だが、ジェイドはもう……」
「そう……ですか……」
「ひとまず、俺が生み出した"箱"に入れてある。死は免れたが、同時に回復することもない。おそらく、箱から出せはすぐにでも……あくまでただの先延ばしに過ぎん。あれを治すとなれば、回復系の力を持つ者が必要となる」
「……他者を回復するという魔法は、数は少ないながらも確かに存在はします。ですが、それはあくまで多少の傷を塞いだり、対象の自己治癒力を向上させるのが精々……失われた臓器を一瞬で復元するというのは、もはや奇跡というべき神の御業。ただでさえ希少なうえに、それほどの使い手がはたして存在するのかを問われますと……」
「難しい……だろうな」
「ええ……」
かつて、黄金世代の1人であるブランスもまた、自身の妹の動かなくなった足を元に戻すため、10年にわたってあらゆる伝手を駆使し、他者を回復する使い手を探していた。
結果は、言うまでもなく皆無。
アナが語った通り、ある程度の力を持った使い手は見つかっても、なくなったものを復元するような力、特に自己ではなく他者となると、それ自体が奇跡とでも言うべき存在となる。
そして、その奇跡自体は確かに存在している。
ティタノマキアは知る由もないが、彼らが求めるそれは今、ロードの手帳の中にいた。
最終的にブランスの妹であるアプルを治したのは治癒の宝杖アスクレピオスであったが、今のジェイドを完全に治せるのは現状、聖剣エクスカリバーのみである。




