第538話:冷たい汗
しかし、確かに強力な兵器ではあったが、同時に欠点も多かった。
まず第一に、細かな操作が出来ず、直進しか出来ないということ。
次に、一定の速度を出さなければならないため、ある程度距離を計算して送り出さなければならないこと。
さらに、直進のみである程度の距離を走らなければならない都合上、敵からの攻撃に無防備であること。
そして最後に、原動力とする魔石が大きくなければならないため、コストが非常に高くつく、ということである。
以上の問題を解決するため、ズィグラッドは今回のように、まず敵の防衛を分散させて穴を作った。
そして、自身を戦場に送り込んだ際に使用した、精度の高い転移魔法を使える直属の部下の手により、最適な場所へ移動させるという策をとることにしたのである。
むしろ、その転移魔法使いがいる前提で作戦に組み込んでおり、その使い手がいなければ運用しにくい兵器であったと言えるだろう。
手間をかけた甲斐もあってか、結果は見ての通り、ベンディゴの結界を大きく削ることに成功し、あともう一押しでそれを打ち破るというところまで迫っていた。
ただし、コストの問題は如何ともし難く、レア側はこの兵器を2機しか戦場に持ち込めなかった。
故に無駄玉は許されず、このためにズィグラッドはわざわざ前線に出張ってまで、最適なタイミングを図りにきていたのである。
「次で終わりじゃ……やれい」
「くっ……!」
無慈悲に下される攻撃命令を、今の彼女ははただ聞いていることしか出来なかった。
そして、先程と同じように、誰もいない平原の真ん中に、黒い塊が音もなく現れる。
それはやはりゆっくりと、ひとりでに走り出し、段々とその速度を上げていった。
「まったく……高いんじゃぞアレ。ま、兵士はあまり失わんで済んだことじゃし、それを考えれば安いもんではあるがのぉ」
彼が言う通り、関わっていない東はもとより、ほぼ手を離れていた南は別として、この北におけるレア側の損害は非常に少ない。
レア本軍、並びに諸国連合軍の合計5万は未だ無傷のままであり、最前線にいたカサナエル軍も約2万がほぼそのまま残っている。
バーメディ軍もゲイボルグに多少削られはしたが、その損害はせいぜいが5百といったところ。
開戦当初にゲイボルグの一撃を喰らい、現在カルサ率いるベンディゴ防衛軍と激戦を繰り広げているギブライ軍が最も被害を受けているが、それでもその損害は5千名程度であり、まだ1万5千の兵士たちが残っていた。
これは、彼がこの"先"の戦いを見据えていたから。
このままベンディゴを拠点にティーターン本国を陥落させれば、北は完全にレアが掌握することになる。
そうなれば、次に向かうは大陸全土へと向けた覇道。
そのためには、少しでも多くの兵士を残す必要があると、彼は考えていたのである。
「まぁ、お主らがいなければもっと早く……いや、そもそも戦にすらなっておらんかったじゃろう。お主らはよくやった。じゃが、この戦はワシらの────」
その宣言を遮るかの如く、1人の男がベンディゴの城壁から飛び降りるのを、ズィグラッドは見逃さなかった。
それは、美しいブロンドの短い髪と、白銀のマントを靡かせながら地面に着地すると、そのまま一気に魔導装甲車へ向けて颯爽と走り出す。
そして、結界の外へと出た彼は、腰に下げた"自分自身"を引き抜いた。
「……5人目か」
彼はレヴィからこう言われていた。
"あなた様が剣を抜くべきだと判断したその時、どうぞ思うがままに戦場へ"と。
「我が名は"天剣"……ガラドボルク。我が剣は……」
そうして、大上段の構えから、白銀の刀身が一筋の軌跡を描く。
そして、それに合わせるかのように────
「主人の道を……切り開く一太刀なり」
遠く離れた場所にあった魔導装甲車が、真っ二つに切り裂かれる。
縦に両断されたそれは、2つに分かれてそれぞれに進んだ後、やがて力なく倒れて止まった。
「ガ、ガラドボルク様……よくぞ…………ん……?」
しかし、レヴィの目に映ったのは、鋭い眼差しで周囲を警戒するガラドボルクの姿であった。
まるで、斬ったものに意味などなかったかのように。
ガラドボルクは既に気づいていたのだ。
その、手応えのなさと、その箱から飛び出した強者の気配によって。
直後、ズィグラッドが静かに笑い出す。
そして────
「見事……と、言ってやりたいところなんじゃがのぉ」
「な……」
不敵な笑みを浮かべながら、ズィグラッドがそう呟くのを聞き、レヴィは再びその背筋を凍らせた。
「ま、まさか……!」
レヴィは慌てて切断された魔導装甲車へと目をやった。
そして、すぐに気づく。
それはどこをどう見ても、中身のないただの箱であるということに。
「あ、あなた様は……いったいどこまでッ……!」
「ほっほっほっ……レヴィよ。ワシはよく、天才じゃぁ、優秀じゃぁ、お主こそ稀代の英雄じゃぁと、そう持て囃されてきた。じゃがな、ワシは自分自身のことを、一度たりともそう思うたことがない。ワシより優れた人間なんぞいくらでもおる。過去にも、現代にも、それこそ星の数ほどおるわい。じゃがのぉ、ワシは人より1つだけ……たった1つだけ、誰よりも優れていると自負しておることがある。それはな、敵と定めた相手に対する……想像力じゃ」
「想像力……」
「そうじゃ。ワシには見えるんじゃよ。深く相手を知り、考え、その先を想像する……読みというよりは、その者に対する予知に近いやもしれん。故に"知っていた"。4人までだったんじゃろう……以前はな」
「……ッ!」
ズィグラッドがロードの力をある程度察していたということは、彼が"駒は既に4つ出ている"と自身に語っていたことから、彼女も当然理解していた。
むしろ、ロードたちは今回のような、いずれ来るであろう決戦に向け、そう思わせるように動いていたのだから、むしろ作戦通りであったと言える。
しかし、ズィグラッドはさらにその先をいく。
「戦場の記録を見ればそれは明らかじゃ。1年前、お主らが戦場に現れ始めた頃、近くにいたにもかかわらず、手が回り切らなかった戦があった。ロードの性格ならば、助けられるなら助けたはず……しかし、そうはならんかった。その時はまだ、4人までだったからじゃろう」
レヴィの頬を汗が伝う。
それは、ひどく冷たい汗だった。
「ところがじゃ、途中から4という数字をやけに誇張し始めた形跡があった。ロードの周りに現れる従者は、最大で4人までと、そうワシらに印象付けるようにな。それでいて完璧に、手の届く範囲の戦は全て勝利を収めておった。最初の頃にあった取りこぼしは一切見られん……つまり、成長したんじゃよロードは。余裕が出来たと言ってもよい。もし仮に、あの時と同じ状況になったとしても、いよいよとなれば5人目を出せばそれで済む、とな。それも込みで、ロードは戦況を見極め、不自然にならぬよう、4つの駒を出し続けた。この戦においても、実に自然に駒を4つ使っておったのぉ。南の巨人と巨大な斧使い、こちらではあの槍使いと押さえつける剣士じゃったな。そして、まるでそれで打ち止めかのように……お主が前に出た。実に見事な演出じゃったよ」




