第539話:イメージ
ケニシュヴェルトが消えた際、剣の姿に戻ったのを当然ズィグラッドも目にしている。
だが、あえてここでは触れなかった。
それは、能力の詳細は分からずとも、そういうものだとさえ理解していれば問題ないからに他ならない。
彼にとって重要なのは、今現れたガラドボルクが、ケニシュヴェルトに代わって出てきた存在ではなく、初めからいたかどうか。
そしてそれは、ロードが未だに姿を現さないことと、狼狽するレヴィの様子から明らかであった。
「……まぁ、長々と語りはしたが、結局のところ実に簡単な理屈じゃ。あのロード=アーヴァインが……成長しないはずがない。ただ、それだけのことじゃよ」
そう。ロードの生命魔法は、未だ成長過程にあった。
この1年で魔法のレベルも上がり、さまざまな制約が緩和され、新たな力も手にしている。
生命魔法の対象が増えたこともその1つであった。
ズィグラッドは、彼がまだ若く、魔法もまだ発展途上であると読み、その伸び代を想像したのだ。
「故に、ワシには予測がついておった。この土壇場で、5人目が出てくることを」
「くッ……」
出てくるならば2台目。
基本的に、人は初めて見たものに対し、いったいそれがどういったものかを判断するため、様子を見ようとする傾向にある。
そして、その強力な一撃を目にし、それが危険なものであることを理解して初めて、同じものが再び現れた時に回避行動を行う。
ズィグラッドは、間違いなくそうなるという確信を持ってそれを送り出していた。
2台目は、本物に似せて作った偽物。
小さな魔石を使用し、まっすぐ走るという能力だけを組み込んだ、他には何もないただの動く箱である。
そして、その箱の中には────
「……謀られた、というわけか」
第3遊撃隊の5名が、彼を囲うように立つ。
箱から飛び出した彼らは、ズィグラッドの指示通りに行動し、彼を抑える役割を遂行しようとしていた。
当然、全員が国を代表する実力者たちである。
「これで駒は抑えた。じゃが、まだいるやもしれん。ならばどうするか? ……ワシならこうする」
彼が合図をした直後、同じものが10台現れる。
そして、全てがゆっくりと走り出した。
「うぅっ……!」
もはや、レヴィにはそれを眺めることしか出来なかった。
ガラドボルクもまた、5人が邪魔をして手が出せない。
そうして段々と速度を上げ、10台はそのまま同時にベンディゴの結界へと直撃した。
「……ッ!」
そのうちの1台が再び凄まじい大爆発を巻き起こし、その衝撃波が戦場へと広がっていく。
やがて噴煙が消えるのとほぼ同時に、ベンディゴの結界が消え────
「……ほう」
その時、消えかけたはずの結界が、力を取り戻すかのように再び展開される。
ベンディゴ自体の結界は消滅したが、事前に仕込んでいたティーターン本国の結界が代わりに発動したのだ。
だが、危機的状況であることに変わりはなかった。
これはあくまで緊急措置であり、ティーターンの結界が肩代わり出来るダメージはそう多くはない。
加えて、レヴィたちベンディゴ側からからすれば、あの爆弾が何発あるかも分かっておらず、そもそもレア本軍がもうすぐそこまで迫っていることを考えれば、あくまで一時の猶予を得たに過ぎなかった。
それでも、ズィグラッドの計算が多少狂ったことに間違いはないだろうと、レヴィは彼の様子を伺うが────
「えっ……?」
その時、彼女は確かに見た。
ズィグラッドが、満足そうな笑みを浮かべているのを。
まるで、予定通りとでも言わんばかりに。
「6人目はいなかったようじゃのう。まぁ、それが分かっただけよしとするか。本軍もまもなく到着することじゃし、どちらにせよ結果は……んん?」
何かに気づいたズィグラッドの視線は、空へと向いていた。
そして、レヴィもそれに気づく。
ベンディゴから見て北東の方角から、大量の翼爪竜種が飛来して来るのを。
「……なんじゃあ?」
「くッ……こ、このタイミングで……!」
多少困惑するズィグラッドとは違い、レヴィはそれが意味するところを瞬時に理解していた。
そして、20頭ほどの翼爪竜種は彼女の想像通り、道中にいる人間たちには目もくれず、ベンディゴへ一直線に向かうと、そのまま結界を激しく攻撃し始めた。
「あー……なるほどの。東にいたアレか」
ズィグラッドは、東の戦場はレア王直属の部隊が指揮をとっていると聞いていた。
彼は当然知らないが、要するにそれはティタノマキアのことである。
フェイクの複製たちが北東から飛来したのは、単純にティアを避けるためであった。
ティタノマキアもまた、彼女の力を恐れたのだ。
「ふん……多少は役に立つみたいじゃのぉ。これならば、もう急く必要はあるまい。さて、長々と待たせてすまんかったな。今……楽にしてやろう」
ゆっくりと迫るズィグラッドに、レヴィは必死に立とうとする。
しかし、身体は言うことを聞かない。
「ふーむ、そうじゃな……やはり、まだ殺すのはやめておこう。ロード=アーヴァインが出てくるやもしれんし、人質にでもしてみようかのぉ。少なくとも大事な部下じゃろうし、もし仮にお主らが良い仲であれば、実に効果的じゃ。とりあえず動けぬよう……砕いておこうか」
「ぐッ……」
「磔にして、ロード=アーヴァインの眼前に晒してやろう。きっと……喜ぶじゃろうて」
ズィグラッドは、そう言って笑みを浮かべる。
レヴィ自身に恐怖はない。
正直な話、彼女は自分がどうなろうとどうでもよかった。
彼女の全ては、ロードのためにあった。
彼女の"今"は、そのためだけにあった。
ふと、彼女は魔王ゼノに捕らえられていた時のことを思い出す。
あの時も、ロードはボロボロになりながら、自分を助けてくれた。
もし仮に、今またそうなれば、彼はまた同じようにするかもしれない。
自分を助けるために、あらゆる犠牲を払うかもしれない。
その結果、彼の道が絶たれるかもしれない。
────全て、自分のせいで。
「……それだけは、絶対にだめ」
彼女は、心の中にある鍵を取り出す。
これはイメージ。
力を解放するトリガー。
この1年の間に会得した、魔王の力を引き出すための儀式である。
そして、鍵を使って開けた扉の先には、光の全く見えない闇が広がっていた。
だが、よく見るとその足元に、微かに階段のようなものが見える。
そうして、階段を1つ下りる度に、身体の奥底から力が湧き上がっていくのを彼女は感じていた。
その力を得ながら、ゆっくりと、確実に、彼女は階段を下っていく。
やがて奥底まで辿り着くと、目の前にやけに古びた、しかしながら荘厳で、自身の身の丈の何十倍もある巨大な扉が現れる。
まるで何千年も閉ざされたままのような、悍ましくも美しいその扉。
「……ロード様、お赦しを」
────そして彼女は、そっとそれに触れた。




