第536話:真髄
腕力を強化し、心肺機能や動体視力も全て魔法によって引き上げている。
無論、ただ闇雲に振り回しているわけではなく、相手の動きを読み、微かなフェイントや、視線の誘導、また両手の武器による攻撃だけではなく、蹴りや当て身も駆使し、反撃の隙も与えぬ、文字通り完璧な連撃を彼は放ち続けていた。
だが、当たらない。
かすりもしない。
まるで、あらかじめそこへ来ることが分かっているかのように、彼が打ち込もうとした次の瞬間には、彼女はすでに回避行動を取り始めていた。
放った大剣の袈裟斬りは空を切り、一瞬も間を開けず繰り出された巨斧による切り上げも、そこから手首を返して放たれる打ち下ろしも、彼女は全て紙一重でかわしていく。
「……ッ! ぬぅえぃッ!!」
振り下ろした巨斧をそのまま地面にめり込ませ、ズィグラッドは手首を捻りながらそれを掬い上げる。
刹那、大量に巻き上がった土埃が、レヴィから視界を奪った。
「うッ!?」
彼女は手でそれを拭いながら、強く地面を蹴って後方へと跳び、微かに肩で息をするズィグラッドから距離を取った。
そうして、2人の間に一時の静寂が訪れる。
「ふー…………いけませんね」
レヴィは、深く息を吐いた後にそう呟いた。
今彼女は、ロードから禁止されていたその力に、足を踏み入れつつあった。
いや、実際には、踏み入れていたと言った方が正しい。
ズィグラッドの猛攻に対抗すべく、レヴィの心は無意識にそれを求め、漏れ出た力によって彼女は死地を脱したのだ。
距離が離れ、それを自覚した彼女は、強靭な精神力でその力を押さえ込んでいた。
しかし、果たしてそれがいつまで持つかと、彼女は心の中で眉を顰めた。
「ちッ……」
一方で、ズィグラッドは己の浅慮を恥じていた。
"何が底が見えた"だ、と。
それどころか、彼は打ち込みながら全く逆の印象を受けていたのである。
「あの力はいったい……ぬっ?」
その時、彼女が胸元から何かを取り出し、スッと口元に当てた。
「通信魔石か……」
戦闘中に、何度か光っているのはズィグラッドにも見えていた。
彼は"まぁ、よいか"と呟きながら、自身も髭に埋め込んだ魔石へ向けて指示を出し始めた。
今のうちに自身も、という考えも当然あったが、何よりも間を取りたかったのである。
この先の展望を思案する、その間を。
『レヴィ! よかった……やっと繋がった!』
魔石から聞こえてくる友の声に、レヴィの表情が自然と和らぐ。
「アスナ……久しぶり。助けに来てくれたんだね……」
『うん……今度は、私たちがあなたたちを助ける番だからね』
「ふふっ! ありがとう」
『どういたしまして。で、ズィグラッドは大丈夫?』
「今のところは……とにかく、あれは私がなんとかするから」
『……分かった。あ、カルサさんはギブライとバーメディに集中するから、他をお願いって。私は今からカサナエル軍を抑えにいく』
「カサナエルを……?」
『うん。このままだと結界が持ちそうにないからね。あ、南は多分大丈夫。シェリルとカレンが行ったから』
「そっか……みんな、強くなったんだね。あ、ティアにはびっくりしちゃった。でも、来てくれたのが分かって嬉しかったよ」
『あははっ! あ、それで"仕込み"はどう?』
「あ、聞いたんだね。多分もうすぐ……さっき連絡があったから」
『了解。レヴィ……無茶しないでね』
「……しないよ。私は、私に出来ることをする。じゃ、また後で」
『うん……後でね!』
光が消えた魔石を少し見つめた後、彼女はそれを胸元にしまった。
「話は終わったかの?」
武器を両肩に担ぎ、ゆっくりと彼女へ近づいていたズィグラッドはそう言った。
死地は脱したが、状況が好転したわけではない。
レヴィは1つ息を吐くと、いつも通りに構えをとった。
「……失礼いたしました。では、続きを」
「ふん……見てみい」
ズィグラッドに促され、レヴィはそちらへと視線を移した。
「く……」
レヴィは本当の意味で眉を顰めた。
そこに、諸国連合軍を吸収したレア本軍総勢5万が、もう間近まで迫っているのが見えたからである。
「中央はご覧の通りガラ空きじゃ。もはや、端にこだわる必要もない。歩兵ばかりでちと再編成と移動に時間がかかっておるが、これで終わりじゃよ。これでもまだ……それはどうかと言えるかの?」
「ええ」
目を見て、はっきりと即答するレヴィに、ズィグラッドは苦笑で返す。
だが、内心は逆。
己ですら読み切れず、何を企てているかが分からないという不気味さに、開戦当初に感じた心の中のもやが晴れない。
唯一、思い当たるのは────
「それほどか……ロード=アーヴァインとは」
「はい」
再びの即答に、ここでズィグラッドは確信した。
彼以外にも、何かがあると。
「フッ……では、本気でやろうかの」
故に、そうすることを決めた。
「ッ!」
レヴィは無意識に構えをとっていた。
咄嗟に身体が反応したのだ。
────その、凄まじい殺気に。
「先刻も言った通り、ワシはお主の命なんぞ微塵も興味がなかった。ただ邪魔をさせぬよう、抑えるだけでよいとな。しかし、やはり駄目じゃな。お主はあまりにも……危険すぎる」
彼がそう決めた理由は2つ。
1つは、今彼が言った通り、レヴィから感じた底知れぬ何かに対し、放置してはならないと判断したため。
そしてもう1つは、何を企んでいるのか分からない以上、自身が本軍を直接指揮し、それを確実に対処するためである。
「────よって、今ここで確実に……殺す」
「……ッ!」
レヴィの頬を汗が伝う。
彼女は今、誰よりも深く理解していた。
この目の前にいる男が、決して虚勢を張るような人間ではないということを。
「ぬんッ……!」
もはやいつ以来か、彼自身でも思い出せないほどであった。
全力全開の、魔法の行使。
身体能力を引き上げるというのは、この魔法においては最も程度の低い使い方。
この魔法には、さらにその先があった。
それこそが、"身体能力極化魔法"の真髄。
「ぬぅぅう……かぁぁぁぁぁぁあッ!!!」
それは、単純な身体能力の強化ではない。
脳を、肉を、骨を、血を、神経を。
細胞の一つひとつを全て極限まで強化することにより、彼は今までとは一線を画す、別次元の存在へと昇華する。
「…………待たせたのぅ」
見た目はそう変わっていない。
だが、レヴィはひしひしと感じていた。
その、あまりにも圧倒的な────
「さぁ……参ろうかッ!」




