第525話:今際
高い魔力を持つルカという存在が間近にいたことで、バフォメットは本能の赴くまま、再び魔力を凝縮させる。
獣は欲望を満たすため、最短の行動を選択した。
「く……そッ……!」
既にバフォメットの喉奥からは光が漏れ、数秒後には死の閃光が放たれる。
広範囲にわたって抉られた大地が表すように、もはやかわすことは不可能だった。
不幸中の幸いは、バフォメットが放つそれの直線上に、ベンディゴの街がないということのみであった。
「やるしか……ないッ!」
『ボォォォォァァァァァアアアアアアアアッ!!』
そうして放たれた青き閃光が、ルカ達を飲み込んだ。
『…………?』
魔力の砲撃を吐き出し続ける中、バフォメットは生まれて初めて困惑していた。
"手応えはあるけど、それがずっと消えない"。
"さっきは少ししたら消えたのに"。
彼の心象を言葉にすれば、おそらくそんなところだろう。
「ぐッ……ウゥッ……!」
ルカは閃光の中で必死に耐えていた。
灼熱の結界を前方のみに集中させ、バフォメットのそれを防いでいたのである。
しかし、それはまさに苦肉の策。
反撃はおろか、動くことすら叶わない、ただ耐えているというだけに過ぎなかった。
それでも、ひとまずこの攻撃をやり過ごし、反撃の糸口を掴むしかないと、ルカはそう考えていた。
だが────
「こ、こいッ……つ……!」
閃光は、一向に止む気配を見せない。
ドラグニスを撃った時は数秒だったものが、既に10秒以上が経過しているにもかかわらず、収まるどころか更に勢いを増し始めていた。
「なんなのッ……こ、この野郎ぉッ……!」
バフォメットは、手応えが消えないことに苛立ちを覚えていた。
故に、それが消えるまで撃ち続けることを選択したのだ。
ルカにとっては最悪のシナリオ。
勝ち目のない消耗戦である。
ルカの魔力量は決して少なくなく、それどころかSSSランク冒険者の中でも上位の魔力量を誇っていた。
しかし、彼女はフェイクの複製体である大量の魔物やドラゴン、更にはジェイド、リセル、チャムリットとの戦闘と、連戦に次ぐ連戦で魔力をかなり消費していた。
残された魔力は、全開時のせいぜい4割といったところであった。
対するバフォメットもまた、元来の燃費の悪さに加え、体内の魔力を吐き出し続けるという非効率極まりないこの攻撃により、魔力は加速度的に減っていってはいた。
しかし、元の魔力量に大きな差がある以上、その差が埋まることは決してなく、このままいけばルカの魔力が先に尽きるのは明白。
「ち……きしょ……」
突き出した彼女の両腕が、ブルブルと震え出す。
魔力はもとより、凄まじい圧力に体力も精神力も削られていく。
終わりのない光の奔流。
永劫にも思える時の中で、もはや彼女の心は限界を迎えつつあった。
「うッ……くぅ……あっ……!」
膝が折れかけ、体勢を崩した彼女の足が、意思とは無関係に後退する。
その時、彼女の背中に、彼の両手が触れた。
「うぅっ……ディーさ……ん……」
振り返った彼女の瞳から、自然に涙がこぼれ落ちる。
虚な表情のまま、彼は未だに魔法を使い続けていた。
ベンディゴを、罪なき民を、そして世界の平穏を。
それら全てを守るため、自らの命をかけて、彼は未だ必死に戦っているのだ。
そんな彼を、ルカは守り続けたいと強く思った。
失いたくない大切な人と、同じ姿で。
「…………なッ……めんなオラァァァァアッ!!」
『ッ!!』
刹那、眩い光とともに、バフォメットの身体が強い力によって押し戻される。
ルカは守ることをやめ、己の全魔力を放出し、最大火力の灼熱の閃光を放つことを選択。
その一撃に、全ての想いを込めた。
「ぐッ……あぁぁぁぁぁぁあッ!!」
『ボ、ボォォォォァァァァァアッ!』
青き閃光を、灼熱の閃光がだんだんと飲み込んでいく。
力だけで言えば、現時点ではバフォメットの方が上である筈だった。
だが、人の力とは、単純な計算では測れない。
「ディーさんッ……わ、私はッ……あなたとぉッ!」
『ギガッ……ガガガッ!?』
何かのために戦う時、人は最大限の力を発揮する。
失いたくない、大切な何かを守るために人は、その限界を超えていく。
「あなたとッ……ずっと一緒にいたいッ!! だからッ……お前はッ! 消えろぉぉぉぉおッ!!!」
『ガッ……ア…………』
──────────────────
「はぁッ……はぁッ……!」
粉塵が舞い上がる中、ルカは地面に膝をつき、その肩を大きく揺らす。
全力を出し尽くした彼女は、もう一歩も動けない程に消耗し切っていた。
その甲斐もあり、間違いない手応えを得ていた。
バフォメットの上半身を消し飛ばしたその感覚を。
そして、それは決して間違ってはいなかった。
いなかったが────
「あはは…………クソったれ」
見事押し合いに勝ち、バフォメットの腰から上を焼き尽くした彼女の前に、完全に傷を癒したそれが立っていた。
無論、バフォメットとて消耗はしている。
だが、それでも、命までは届かなかった。
「……ごめん…………ディーさん……私っ…………勝てなかっ……ぐすっ……うぅ……」
悔しさに震える彼女の前で、バフォメットの口が無慈悲に開かれていく。
今日3度目となるその光に、彼女は思わず天を仰いだ。
そして、今際の際の走馬灯を眺める暇すら与えず、それはあっさりと放たれる。
眼前に迫る死の光。
彼女はそれから目を逸らすように、後ろを振り返った。
「えっ────」
次の瞬間、彼女は彼の腕の中にいた。
彼の胸に押し付けられた耳には、微かに鼓動の音がした。
「……俺の女に、手ぇ出してんじゃねーよ」
青き閃光は、彼の手に導かれるように空へと方向を変え、彼方へと消えていく。
やがて光が消える頃、彼の鼓動もまた、聞こえなくなった。




