第441話:三下
ロードは勿論、使い手であるロバートですら、そんな力があることなど知る由もない。
だが、重要なのはそこではなかった。
結果として巨神は命を吹き返し、それどころか数段強化されたことが重要なのである。
『キヒッ……キヒヒヒヒヒヒッ!』
何が起こったのかなど分からぬまま、ロバートは狂ったように笑い出す。
自分はやはり正しかったのだと、これでこの世界を変えられると、その喜びを爆発させるように。
『……ロードくぅん!』
「ッ!」
ぐにゃりと首を傾けて、巨神の顔がロードへと向く。
その異様な姿と悍しい声に、ロードは微かに重心を後方へと移した。
『これ……君の所為だよぉ?』
「え……?」
『ほらぁ……町がこんな壊れちゃってさぁ……君が避けるから。もしかしたら……まだ人がいたかもしれないのに』
「う……」
狂人の戯言。
まともに受けてはならないそれを、ロードは正面から受け止めてしまう。
彼はどこまでも優しすぎた。
しかし――――
「バカっ! 何うろたえてんのよ! 壊したのはあいつ! あんたは間違ってない!」
「ガンバンテイン……」
それは、ロードが1人だけならの話。
彼には、その手帳のページの数だけ仲間がいる。
「ありがとう……ガンバンテイン」
「ったく……あんなイカレ野郎の言葉をまともに聞くんじやわないわよ!」
『キヒッ! ひどい言い草だなぁ……まぁいいや。どうせ勝つのは……僕なんだしぃ!』
「ッ! ブリューナク!」
地響きとともに、巨神の身体が跳ね上がる。
そのまま繰り出された左の上段蹴りが、先刻までロード達がいた空間をなぞった。
『ちッ……速い速い……これじゃ、いくらやっても無駄かなぁ?』
「くッ……!」
その巨体には似つかわしくない速さで繰り出される攻撃は、巨大な足と手も相まって広範囲に及ぶ。
事実、ロードは咄嗟にブリューナクを呼び、それによって紙一重で難を逃れていた。
もはや巨神の攻撃は、ロードにとって躱そうと思えば躱せるものではなくなっていた。
更に――――
「ぐ……はぁッ……はぁッ……!」
「ロード!」
『キヒッ! 苦しそうだねぇ……魔力切れかな?』
ガンバンテインを呼び出したことで、彼の魔力は限界を迎えようとしていた。
手にしたブリューナクと、空を走る為のタラリアの能力を使用するだけで手一杯となるほどに。
『皮肉だね……僕の魔力切れを狙っていたのに、まさか逆に君がそうなるなんてさ。いや、まぁ仕方ないか。僕は神なんだもの。神に逆らうことなど許されないのさ……さて、それじゃ、神に逆らった君に天罰を与えることにしよう』
そう言うと、巨神はロードから視線を外した。
向いた先はやはり――――
「や、やめろ!」
ロードの叫びが、それがどこかを示していた。
『分かったんだ。君を倒す為に、どうすればいいのかがッ……!』
直後、巨神の身体が赤い魔力に包まれる。
胸の魔石を介して巡るそれは、悍しい殺気を漂わせていた。
そしてそれは明らかに、避難した人々がいる方向へと向けられていた。
『まずは君の心を折る……この拳でねぇッ!』
どれだけ強力な魔力を放っても、ガンバンテインの前では意味を成さない。
故に、ロバートはそれを全身に巡らせた。
先程のように、その拳で全てを破壊する為に。
「くッ……!」
考えるよりも早く、ロードの身体は自然とレヴィ達の方へ向かって駆け出していた。
ロードが何処にいようが関係なく、ロバートは避難した人々を攻撃する。
故に、それを迎え撃つしか方法はなかった。
「正解よ……ロード」
並ぶようにして空を飛ぶガンバンテインもまた、それしかないと考えていた。
「ガンバンテイン……だけど……!」
ロードには、もう魔力がほとんど残っていない。
伝説の武具に生命を与えることはおろか、今使用しているタラリアを維持することすらギリギリの状態だった。
「大丈夫……」
2人がレヴィ達の前へ立ち、再び巨神と相対した直後、ガンバンテインはそう言ってロードの手を強く握った。
「ガ、ガンバンテイ……うおおッ!?」
瞬間、握られた手から――――
「これッ……は……!」
流れ込んできたのは膨大な魔力。
ガンバンテインは吸収したその魔力を、所有者に還元する力を持つ。
「これが私の力ってわけ。さ、手帳を開きなさい。そして呼ぶの……あいつを倒せる伝説を」
「だ、だけどあれの中には……」
そう。
ここまでロードが攻めあぐねていた最大の理由。
それは他ならぬ、巨神の糧とされている罪なき人々であった。
巨神の防御力は、魔法を無効化するその力により、そもそもが鉄壁を誇る。
加えて中にいる人々が、ロードの踏み込みを一歩も二歩も浅くさせていたのだ。
「分かってる。だけどね、あの子ならそれを突破出来る」
「そ、そんな人が? だけどそんな人……まさか、君みたいな神の……!」
「そう……けど、あんたはあの子を既に呼んでいる」
「え?」
「気付いていないだけなのよ。あんたも……あの子も。いや、あの子に関しては、忘れていると言った方が正しいわね」
「忘れて……」
「呼びなさいロード。私と同じ、嵐の神に創られた伝説の槍……グングニルを」
「えっ!?」
ガンバンテインが告げた意外な名前に、ロードは思わずそう声を上げた。
「だ、だけどグングニルはさっき弾かれて……」
「いいから呼びなさい!」
「わ、分かった……!」
言われるがままに、ロードは黒い手帳を開く。
金属で出来たページを捲っていくと、やがて彼女の姿が描かれたそこへと辿り着いた。
その白銀の槍はいつものように荘厳で、人の身を得た時の幼い彼女を想像することはやはり出来ない。
「力を貸してくれ……グングニル!」
そうして引き抜かれた白銀の槍は、やはりいつもと変わらぬようにロードは感じていた。
「そのまま持ってて」
「あ、ああ……」
「久しぶりね……グングニル」
ガンバンテインは、槍の姿のままのグングニルに語りかける。
すると――――
"……久しぶり……お姉ちゃん"
「グングニル……!」
まるで心に語りかけられたかのように、その声はロードにも聞こえていた。
「どう? 思い出した?」
"うん……少しずつだけど……"
「そう……なら、自分がやるべきことは分かるわね」
"分かる……やらなきゃいけないこと……"
「う……こ、これはッ……!」
その時、グングニルを握るロードの頭に、あるイメージが流れ込んでいた。
それは、長い白髪に立派な髭を蓄えた老人が、グングニルを振りかぶっている姿。
そして、老人はグングニルの名を口にする。
その瞬間、放たれた白銀の槍は――――
「はっ!? い、今のは……」
「そうよ。それがグングニルの真の力……あんた達なら出来るわ。いえ、あんた達にしか出来ないの。私の力じゃ、内包された魔力にまでは干渉出来ない。それに、あいつを倒す力もないしね。だから、あいつを倒せるのは……互いを認め合ってるあんた達じゃなきゃダメってわけ。分かったわね?」
"うん……分かった"
「……ああ」
「ん……さぁロード、グングニルにありったけの魔力を込めなさい。そして全力で投げつけるの。グングニルは……あなたが望むものだけを貫くわ」
「分かっ……ッ!?」
鳴動する爆発的な魔力が身体を叩き、ロード達はその視線を前へと向けた。
「ふん……準備万端ってわけね」
先程までは赤く見えていたその魔力は、いつしかどす黒く変色し、見るもの全てに狂気を撒き散らしていた。
『さぁ……フィナーレだッ!』
右拳を固め、巨神は身体を捻転させる。
更に重心は深く沈んでいき、それに合わせるかのように、全体に纏っていたどす黒い魔力が、その巨拳へと集約していく。
『……あらゆる魔法を受け付けない最強の装甲と、内から湧き出る無限の魔力ッ……そして! この最強の拳ッ! 全てが揃った完全無欠の存在! それが……ゴッドロバートッ! あの世に行って尚後悔するがいいッ!! 神に逆らった……その罪をッ!!!』
「……哀れね」
ガンバンテインは、心底呆れたようにそう呟いた。
『なんだと……?』
「神気取りの三下が……五月蝿いったらないわ」
『……貴様』
それは、これまでロバートが発した言葉の中で、最も短く、最も低く、そして最も殺気を孕んでいた。
だが、ガンバンテインは臆さない。
いや、そんな必要など最初からなかった。
「教えてあげるわ……」
何故なら彼女は、それを知っている。
「本物の……神の力ってやつを」




