第440話:無風
「こ……れは……!」
"見てらんないから手を貸してあげるわ"
その声は、若く、可憐で、どこか高飛車な少女を連想させるものであった。
「君は……あのっ……!」
"いいから! さっさと私の名前を呼びなさいよ!"
「あ、いやだから……名前……」
"……か、勘違いしないでよね!? あんたが私の名前を知らないことなんか知ってるんだから! っていうか何よその態度! せっかくこの私が力を貸してあげようと……!"
「ご、ごめん! と、とにかく早く名前ッ!」
『さぁ、見るがいいッ!』
巨大な魔石から魔力が溢れ出し、シュメールの町が赤に染まっていく。
大気が鳴動するほどのそれは、見ていた全ての者を絶望の淵に追いやる程のものであった。
ある者は泣き崩れ、ある者は膝から崩れ落ち、またある者は我が子を抱いて地に伏せる。
その様に、ロバートの顔は愉悦に崩れ、一切の躊躇なく、そのスイッチを押し込んだ。
瞬間、大気の震えが止まる。
それはまるで、嵐の前の静けさのように。
『これが神となった僕の究極の一撃ッ……!』
「は、早く!」
"あーもう! しまんないわねぇ! よく聞きなさい! 私の名前は……!"
『神の……怒りァァァァア!!』
ロバートの絶叫と絶頂が折り重なった刹那、破壊のみを求めた赤い魔力の閃光が放たれる。
巨神よりも巨大なその閃光。
それに抗う術はなく、死という未来だけがそこにあった。
ただそれは、手帳の中にいた……その伝説がいなければの話である。
「こいッ……!」
魔銀の右手に持った手帳を胸の前で開き、ロードはその伝説を掴むために左手を差し出す。
それはかつて、グングニルと同じ神に創られ、そしてその神の力を与えられた伝説の杖。
その名は――――
「ガンバンテインッ!!」
ロードの呼びかけに応え、現れたのは白銀の杖。
赤い閃光が迫る中、ロードは刹那ガンバンテインに魔力を込めた。
「ぐ……あッ……!」
残しておいた魔力が一気に抜き取られていく感覚に、ロードの顔が苦悶に歪む。
伝説中の伝説は、膨大な魔力を彼に要求する。
だが、それに見合った力を彼に与えようとしていた。
込められたロードの全魔力は、瞬時に彼女を人の身へと誘う。
白銀の長い髪は金色の髪留めで一つに括られ、身に付けた白いドレスは足の先までを覆っていた。
そうして、まるで突如満月が地上に現れたかのような眩い光の中、人の世界に顕現した伝説はゆっくりと瞼を開き、その身を風で空に浮かせながら、己が本体である白銀の杖を天に掲げた。
「いくわよ……"嵐を鎮めし無風の神域"ッ!!」
直後、巨神の放った赤い閃光は、ガンバンテインを中心に展開された銀色の結界に阻まれ、その進撃を封じられていた。
『なッ……なんッ!?』
鋼を刃で削り取るかのような金切音が、夜のシュメールに鳴り響く。
通常の魔法使いであれば、何百人分にも至るその魔力の奔流を、ガンバンテインは杖一つ振りかざしただけで打ち消していた。
これが、本物の神の力。
「す、凄い……!」
「ふんっ! あったりまえでしょーが! 我が名はガンバンテインッ! 嵐の神……オーディンの力をこの身に宿す無魔の杖なり! つまり! 私の前では……全ての魔法が意味をなさないってわーけ!」
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ガンバンテイン 無魔の杖
嵐の神オーディンが半身である伝説の杖。
あらゆる魔法を無効化し、更にその魔力を吸収する力を持つ。
その絶大な力の代償か、この杖には攻撃能力がない。
しかし、最強の矛であるグングニルと、最強の盾であるガンバンテインを持つオーディンは、神々の中でも最高位に位置する神であったという。
武具ランク:【EX】
能力ランク:【EX】
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『こ、こんなッ……!』
握った操縦桿に渾身の力を込めながら、ロバートは軋むほどに歯を食いしばる。
だがそれでも――――
『こんなッ……馬鹿なぁぁぁぁあぁぁぁあッ!!』
赤い閃光は1ミリたりとも前へは進まず、やがてガンバンテインの前で霧散した。
「はぁっ……はぁっ……や、やった……!」
銀色のベールに降り注ぐ、無数の赤き小さな魔力の残滓。
どこまでも幻想的なその光景に、その場に居合わせた人間全てが、この厄災の終焉を感じ取っていた。
――――ただ1人、その男を除いて。
『……い……だ…………』
牙は全て折れた。
巨体も、砲撃も、魔力が無ければ意味を成さない。
今の巨神は、ただ立ち尽くすだけの鉄の塊であった。
『…………ん……なの……!』
「うッ!?」
その時、かつてニーベルグの地で起きたことと同じことが起きようとしていた。
あの日、その少女は身を引き裂かれるような怒りによって覚醒し、自身が出せる力を遥かに超えた力を奮い、己が仇を葬らんと暴走した。
負の感情が生み出す力は絶大なものであり、そしてそれは――――
『こんなの……いやだあああぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあッ!!!』
あっけなく、人に限界を超えさせる。
「くッ!?」
「こいつまだ魔力が……!」
違う。
魔力がまだ残っていた訳ではない。
新たに生まれたのだ。
"無能"と父に罵られた男が、本来持っていた力によって。
『あ……あはっ……あっははははははははははははははははははははは!!』
自身から溢れ出るその魔力に、ロバートは笑い声を取り戻した。
気付いたのだ。
いや、改めてそれを確信したと言った方が正しい。
己はやはり、神だったのだと。
「こ、これッ……さっきより……!」
巨神から湧き出る膨大な魔力は、先程放った赤い閃光をも上回っていた。
ガンバンテインによって、枯渇するまで吸収された筈のその魔力。
それを生み出したのは、彼が本来使う筈だった魔法。
その名は"増幅魔法"。
有限を無限へと昇華する、恐るべき力である。
『力が漲るッ……ははッ! やっぱり僕はァッ……!』
微かに残っていた魔力を増幅させ、ロバートは再び巨神を起動する。
そして――――
「ッ! まずい!」
「ちょ……きゃっ!?」
その巨体からは想像もつかない速さで飛び上がった巨神を見て、ロードはガンバンテインの手を引いて一気に後退した。
その、次の瞬間――――
『はぁぁぁぁあッ……があッ!!』
落下のエネルギーを乗せた巨拳が地面に突き刺さった刹那、凄まじい衝撃音とともに大地が割れる。
爆心地となった場所にあった家々は、まるで綿毛のように散りながら宙を舞っていた。
「くッ……うぅ……!」
空にいたロードさえが、その衝撃に耐え切れず吹き飛ばされるほどの破壊力。
それは国全体に波及し――――
「ひぃッ!?」
「きゃぁぁああッ!」
「な、なんなんだよこれぇッ!?」
「わぁぁぁぁあ!?」
地上で戦いを見守っていたシュメール国民達は、激しい揺れと轟音に怯え、恐怖し、叫び声を上げるしか出来ずにいた。
「なんッ……つう……!」
「こ、こんなッ……!」
そんな彼らを避難させ、守っていたレヴィやバイザー達もまた、その強大な力を目の当たりにし、身体を硬直させる。
あまりにも絶望的なその力の前に、彼らですらがそうならざるを得なかった。
「……皆様ッ! 建物から離れてください!」
「ッ! もっと下がるぞ! 急げッ!」
だが、それでもレヴィ達はすぐさま行動を開始していた。
その理由は他でもなく、ロードがそこにいるから。
彼ならば、必ずなんとかしてくれる。
そんな希望が、彼女達の身体を瞬時に動かしていた。
「ッ……く…………」
やがて地響きと揺れが収まり、舞い上がった粉塵が風に流されて消えていく最中、ロードは空中からそれを眺めていた。
彼の眼下にあったもの。
それは、かつて家屋だった大量の瓦礫の中心、町のど真ん中に空いた巨大な穴。
直径200メートルはあろうかというそれは、そのまま巨神の破壊力が増したことを示していた。
「魔力だけじゃない……!」
拳を放つ前の跳躍も、そしてその一撃も、先程までの巨神とは全くの別物。
これもまた、ロバートが本来使用する筈だった"増幅魔法"の力。
それは魔力だけではなく、身体能力などの物理的なもの、更には重力や空気といった概念にまで干渉出来る……まさに究極の強化魔法であった。




