第438話:ヒルデグリム
何物をも粉砕する巨神の一撃。
だが、もはやロードに躱すという選択肢はなかった。
バーンがそうしたように、真っ向からぶつからなければならないと、そう思ったから。
そうしなければ、その男を救えないと。
だから彼は――――
「はぁぁあッ……!」
既に手帳から……"彼女"を引き抜いていた。
「"大英雄の一撃"ッ!!」
『うぉッ……な、なぁッ!?』
魔銀の義手が握るは大英雄の棍棒。
かつて竜王ヨルムンガンドを叩き伏せたその究極の一撃が、巨拳を真正面から捉えて尚唸りを上げる。
「ッ……あぁぁぁぁぁッ!!」
『あ、あり得ッ……!』
瞬間、この世のものとは思えない轟音を響かせ、巨神の拳が弾かれて天を向いた。
『うッ……おッ……!』
全力で振り抜いた拳を弾き返され、巨神の身体が大きくのけぞる。
「こ、こっちに倒れるぞッ!」
「逃げろぉぉおッ!!」
「いやぁぁぁぁあッ!?」
そして、倒れまいと浮き上がったその足が、逃げ惑う人々の頭上に――――
「アイギィィィスッ!」
「はいなマスタァァァァ! 女神の絶対防御ッ!!」
『ッ!?』
直後展開された女神の絶対防御。
その巨大な足を、光の結界が受け止める。
ロードはヘラクレスを振り抜く前、既に彼女をそこへと投げていた。
そして、それは彼女1人だけではなかった。
『うッ……おぉッ!?』
アイギスによって更にバランスを崩した巨神は、踊るように新たな地面を再度探し求めた。
そうして踏み抜かれることが決まったのは、未だ多くの人々が逃げそびれていた集合住宅群。
踏み抜かれれば、多くの人々が犠牲となるであろうその屋根の一つに、1人の男が腕を組んで立っていた。
「俺の頭は……」
そして、巨大な足が一直線に彼の頭へと迫る。
だが、彼は微動だにしなかった。
それは、絶対的なある一つの自負。
『な、なぁッ!?』
「この世で一番……硬いんだぜぇッ!?」
踏み抜かれる筈の家屋は、倒壊するどころか軋み一つすることなく存在し続けていた。
『ゴ、ゴッドロバートの足が……浮いてッ!?』
男は腕を組んだまま、全ての衝撃を頭だけで抑え切っていた。
それこそが、伝説の兜である彼の力。
「我が名はヒルデグリムッ! 神が創りし伝説の兜なりッ! この頭を砕けるやつぁ……誰一人としておらんでなぁッ!」
―――――――――――――――――――――
ヒルデグリム 剛兜
神が生み出した伝説の兜。
頭部に対する全ての攻撃を無効化する力を持つ。
かつてこの兜を着けた英雄ディートリッヒは、上空から降り注ぐ竜族の息吹をことごとく跳ね除け、多くの命を救ったという。
武具ランク:【SS】
能力ランク:【S】
―――――――――――――――――――――
「た、助かったの……?」
「すげぇ……」
「感心しとらんで早く逃げんしゃい! 全部が全部守れる訳じゃないでなぁ!」
「あ、ああ!」
「あ、ありがとうございます!」
「……さて」
山吹色の兜から覗く鋭い眼光が、避難する民衆から真上へと移動する。
それが動けば即座に移動するつもりだったが、彼の頭に乗った巨大な足は、そのまま微動だにすることなくそこにあった。
「なーにを考えちょるんかのう……ま、俺はロードん指示通り、守れるもんを守るだけじゃが」
片足をヒルデグリムの頭に乗せたまま、巨神はロードをじっと見つめていた。
対するロードもまた動かなかった。
いや、正確に言えば動けずにいたのだ。
理由は二つ。
一つは当然、ここでまともに戦えば、周りに甚大な被害を及ぼしてしまう為である。
それを回避する為に、ロードは二人の武具に生命を与えたのだが、それはあくまで応急処置に過ぎなかった。
そして二つ目の理由。
それは、アガートラムとヘラクレスの融合技が、巨神の拳を砕けなかったこと。
打ち勝ちはしたが、その拳は未だ健在であり、それは同時に、その二つの武具を用いてもロバートを守る胸の装甲を破壊出来ないということに他ならなかった。
「デュラッ……いや……!」
手帳を開き、万物を断ち切る神剣の名を呼びかけたロードだったが、それをやめて再び思考を巡らせる。
あらゆる魔力を無効化する装甲。
いかにデュランダルとて、断ち切れない可能性が高い。
ここまでの連戦で魔力をかなり消費していたロードに、もはや全てを試している余裕はなかった。
『なるほどね……やはり君は甘いッ!』
「ッ!?」
片足をヒルデグリムに預けたまま、巨神がその左拳を振り上げる。
相手の嫌がる行為を実行する。
戦において、それは定跡の一つであった。
だが、彼はこの国の王である。
それでも尚、彼は倫理も、道徳も、感傷も何もなく、まるで自動的に動く人造魔石機兵のように、その選択肢を選んでいた。
『おおかた町が壊れるのを……いや、愚民どもが気になって仕方ないんだろうッ!? だったら僕が……!』
「や、やめッ……!」
『取り払ってあげるよロードくぅんッ!!』
狂気の笑みは、分厚い装甲によってロードには見えない。
だが、愉悦を含んだその声が、それを彼に分からせた。
そうして振り下ろされた巨拳が――――
『ぬうッ!?』
「え!?」
逃げ惑う人々の頭上で、ピタリと止まった。
『な、なぜ動か……ッ!? き、君は……!』
驚愕するロバートの前方。
その男は静かに、巨神の中にいる彼を見つめていた。
『ウルフリック……!』
シュメール冒険者ギルドのギルドマスター、ウルフリック=ブローウィング。
空中に浮かぶ彼は、片手を前に出し、黙ったままに切ない表情を浮かべていた。
「残念です……陛下」
彼はシュメールに生まれ、シュメールで育ち、シュメールの為に戦ってきた。
そのシュメールの象徴である国王が、己だけではなく、全てを裏切っていた。
怒りの感情はなかった。
ただただ、悲しかった。
『……いつから気付いていた?』
その落ち着いた様子に、ロバートはそう尋ねた。
「……あなたが関わっている可能性、そこに至ったのは、本当につい最近のことです」
『そう……ということは、異常自体はもっと前からという訳かな?』
「……ええ、推論にもならない、不確定なものでしたが」
『つまり、オルグレンだね?』
その問いに、ウルフリックの眉が微かに動いた。
「……そう考えていただいて結構です」
『そう……で、彼は?』
「あれはあなたに触れられません。なので、民衆の避難へ」
『ふふ……なるほどなるほど。あくまでも中立を貫く訳だ』
オルグレンは冒険者ギルドのグランドマスターであり、形式上オリンポスに属している。
他国の内乱に関わることは許されない。
ロバートはそれを確認し、薄暗い操縦席の中で微かに笑った。
『なら、君は?』
そして、冒険者ギルドの運営に携わる者達もまた、如何なる理由があろうとも、中立の立場でなければならなかった。
だからウルフリックは――――
「私は既に……私人だロバートッ!」
『ぬぅッ!?』
猛り狂う風が、国王との決別を表していた。
「ギルドマスターはもう辞めたッ! ここから俺は一介の冒険者……なんの縛りもなく、貴様の敵となるッ! はぁぁあッ!」
「きゃ、きゃあッ!?」
「うお……こ、これっ……!」
「ウ、ウルフリックさん何をッ!?」
吹き荒れる強風。
それが近くにいる民衆を包み、空中へと舞い上がらせた。
「か、風ッ……これがウルフリックさんの……!」
「我が名は"王翼"のウルフリック! この字名は、王の翼という意味ではないッ! 翼を持つ者の……空の王という意味だッ!」
空中に浮かんだ民衆達が、彼の手に合わせて巨神から離れていく。
彼の魔法は"暴風魔法"。
風を操る魔法の中で、最高位に位置する魔法である。
「ロード! 民衆達は俺が受け持った! お前は何も気にすることなく……奴を討てッ!」
「ウルフリックさん……!」
「国とは人だ! 人さえいれば、またいずれ立ち上がれるッ! たとえ……王がいなくなろうともッ!」
ウルフリックの魂の叫び。
悲しみが混じったそれに、ロードのヘラクレスを握る拳が、より強くなっていた。




