第437話:琴線
どこまでも伸びるその光は、目の前に存在する全てを飲み込み、ただ一直線に進み続けた。
土も、岩も、鉄も、そして空間さえも、その全てが光の中に消えていく。
やがてそれは地表を突き抜け、地上にあった巨大なシュメール城を全て飲み込みながら、暗い夜空へと吸い込まれていった。
「ふぅ……」
やがて回転しながら降ってきた2本の大剣を受け止めると、バーンはそれを背中に収めて息を吐いた。
「うわ……」
バーンの吐息に合わせるように、ロードの口から溜息にも似た声が漏れる。
それも無理からぬことだった。
彼が見上げる数百メートル先の天井に、巨大な穴がぽっかりと空いていたのだから。
そこから何も落ちてはこず、また崩壊が止まっていたことから、バーンの放ったそれが何もかもを消し去って、遙か地上まで続いていることをロードに分からせた。
「す、凄すぎる……これどうなって……」
「文字通り、消しとばしたんだよ。違う世界とぶつけてな」
バーンの放った"究極の破壊神"は、自身の魔力と血が練り込まれた剣を依代とし、普段は自分の身体の大きさ程度にしか開けない時空間への扉を大幅に拡張させ、今いる世界とは別の世界を召喚する魔法。
その光が通った場所は、世界が2つあるという矛盾に耐え切れず、完全に消滅する。
これがかつて、誰にも討伐不可能と言われ、世界を滅亡させかけた神獣を打ち破った、バーン最強の一撃。
その功績を称えられ、彼は"神殺し"と呼ばれるようになったのである。
「とりあえずこれで崩落は避けられたな。穴の横から崩れる可能性はあるが……まぁ、しばらくは大丈夫だろう。かなり削ったしな」
「そ、そうですね……これなら……」
「じゃ、あとは任せるぜ。あー、どっこいしょっと」
そう言うや否や、バーンは地面に座り込んだ。
「え、あ、バーンさ……」
「さすがに魔力を使い過ぎた。ちっと休まなきゃ動けねぇわ。ロード、ちゃっちゃと終わらせてこい」
そう言って、微笑むバーンの目を見たロードは――――
「……分かりました。あとは俺がやります」
力強く頷き、地上まで続く巨大な穴へと視線を移すと、雷神の槍を手に空へと走り出した。
「さて……あんたはどうする?」
ロードの姿が見えなくなると、バーンはそう言って彼女の方を見る。
その視線の先にいたリナリアは、微かに笑ったあと――――
「ごぷっ……あ……」
大量の吐血とともに、仰向けのまま地面に倒れた。
「限界を超えた魔法の行使……その代償か」
バーンとの戦いが終わった時点で、既に彼女の肉体は死んでいた。
そこに加えて行われた人造魔石機兵達への魔法行使。
彼女の命は、もはや幾ばくもなかった。
「ま、満足……だ……もう……」
血に汚れた口角を吊り上げ、リナリアは笑う。
「あ、あの人造魔石機兵達は……きっと陛下っ……へ、陛下の役に……」
「あんた……本当は分かってたんじゃないのか?」
「あ……?」
「自分の主人が、間違ってるってよ」
その言葉が、リナリアの瞳に再び力を呼び戻す。
「ふざっ……けるな……! 陛下は正しい! げふっ……へ、陛下の御言葉が全てでありっ……それ以上もそれ以下も……ないっ……!」
静寂を取り戻した巨大な地下空間に、リナリアのかすれた怒号だけが響く。
バーンは暫し沈黙した後、二度三度と首を縦に振った。
「そうかい……なら、それでいい」
「…………そうだ……それで……いい……」
再び沈黙が戻った。
バーンはただ前を見つめ、リナリアは巨大な穴をじっと眺めていた。
「……あの娘」
「ん?」
その沈黙を破ったのは、リナリアだった。
「ソフィアという娘に……つ、伝えてくれ……」
「ソフィア……ああ、ロードと行動していた……」
「へ、陛下は嘘をついた……あの娘を苦しめるために……お、お前の両親は……北に送られていない……こ、ここにいる……と……」
「ここに?」
「あ、あの娘の両親は……新型の人造魔石機兵の実験に……か、核を2つにする……それ……で……の、能力向上っ……するか……と……」
「……失敗だった訳だな」
「そ、そう……そうだ……期待した効果は……だ、だが、廃棄され……ず……作業用としてっ……」
「分かった……伝えよう」
"何故それを?"
バーンはあえて聞かなかった。
聞くのは無粋だと、そう思ったから。
その時、リナリアの身体がビクンと跳ねた。
それは、彼女の最期の時を表していた。
「へ、へい……へいかぁ……わ、わたし……お先に……ま……」
それを最後に、リナリアの口が二度と動くことはなかった。
バーンは無言のままに立ち上がると、血と涙で濡れ、開かれたままの彼女の瞳をそっと手で閉じる。
そして、両手を胸の上で組ませると、エミーナを隣に寝かせ、彼女の手も同じようにし、2人の上に自身のマントをそっとかけた。
「……次の人生で、報われるといいな」
バーンはそう言った後、彼女達の骸を背に、ゆっくりと歩き出した。
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『…………』
地下から這い出したロバートは、じっと動かずに、ただじっと己の国を眺めていた。
明確な理由は分からない。
ただ何故か、どこか違う世界に来たような感覚を覚えたのは確かだった。
『……なんだこれは』
足下では、地下から彼が這い出した衝撃で崩れた家屋の残骸が散らばり、それに加えて動かなくなった多くの国民達の姿があった。
また、からくも惨劇を回避した者達は、叫び声を上げながら必死で逃げ惑う。
『……醜い』
しかし、彼の意識はそこになかった。
彼が見ていたのは、毎年のように増築し、歪に広がった自身の国。
時が経つにつれ、足下から町の明かりが灯っていく。
それによって浮かび上がった町の形がまた、彼の琴線を掻き毟った。
『はは……なるほど……まずはここから変えなきゃ駄目なんだ。灯台下暗しとは……いやはや……』
彼は完璧を求めていた。
それは、彼自身が自分を不完全な存在であると卑下し続けていたからに他ならない。
"国王"でありながら"無能"。
一方は光の世界に、もう一方は闇の中に。
相反する称賛と侮蔑の只中で、彼の精神は捻じ曲がってしまった。
だから父を殺した。
自分を"無能"だと知るのは、先代国王しかいなかったから。
七影の力を持ってすれば、それはあまりにも容易いことだった。
そうして彼は玉座につく。
そして今――――
『世界を……創生しなければ……!』
彼は、彼の中で神になった。
だから創り変える。
己が正しいことを、証明する為に。
『これがそのッ……!』
巨神の足が高々と上がる。
ロバートの顔は、愉悦に歪んでいた。
『第一歩……ッ!?』
その時、彼の背後に、光の柱が現れた。
『な、なんだッ!?』
振り向いた彼の目に、今まさに目の前で消失していく己の居城が映った。
そして、すぐに理解する。
『おのれ……』
なんの臆面もなく、部下を見捨て、泣き叫びながら、全力で逃げ出した相手。
終わったと、そう思っていた彼の足に、地底から湧き上がる死の影がまとわりつく。
だが、強すぎた恐怖が逆に、彼の心の中に……強い怒りを覚えさせた。
『なんで君らはッ……!』
やがて光が消え、一瞬の静寂が生まれた。
そして、国の中心に出来た巨大な穴の中から――――
『僕の邪魔をッ……するんだぁぁぁぁぁあッ!!』
「ロバートッ……王ぉぉおッッ!!」
姿を現したロードに向け、巨神の拳が振り抜かれた。




