第426話:掌握
「なッ!?」
『思ってた通りッ……ハハハッ!! 思ってた通りだッ!』
鋼の巨人が、王の笑い声とともに一歩を踏み出す。
それだけで、まるで近くで大砲が放たれたかのような衝撃がロードを突き抜けた。
「うッ……くッ!?」
手足に繋がれていた数多のコードを引き千切り、巨人はロードに向かって更に一歩を踏み出す。
振動とともに鳴り響く轟音が、ロードの心臓の鼓動を否が応でも早めていた。
『今まで何人も試したッ! とにかく魔力が強い者を核にしてね! でもコイツは動かなかった……あのコスモでもだ! となると、もう魔力だけの問題じゃあないってことさ! つまり意思だよッ! コイツを動かすには、何よりも強い意思が必要だったんだッ!』
今までこの巨人に入れられた者は、全てリナリアの魔法によって精神を制御されていた。
意思を持たぬ……人形として。
だが、それでは駄目だったのだ。
手足に入れられた数十の人間達。
彼らを操り、巨人の一部として機能させる為には、核となる者が脳としての機能も果たさなくてはならなかった。
そして、その条件を満たすのは……この世にただ1人。
『もちろん!? ただ強い意思があるだけじゃ駄目さ! ただ、僕は魔力だけは人一倍あるしねぇ!?』
「魔力だけは……や、やっぱりあなたは!」
『なんだいなんだい!? 気付いていたのかい!? そうさッ! その通りだッ!』
王の声が狂喜に彩られていく。
追い詰められ、逃げ込んだ鉄の塊の中で、やっと見つけたその光明。
夢にまで見た全能感が、彼の精神状態を振り切らせた。
だから叫んだ。
かつて、彼の父しか知らなかったその事実を。
『僕はね……"無能"なんだよッ!!』
「ッ!」
纏っていた王の衣が、狂喜によって剥がれ落ちていた。
誰にも話せなかった絶対の秘密。
唯一その事実を知っていた前王である彼の父は、既に彼自身の手で口を封じている。
『しっかしどこで漏れたのかねぇ……あのクソ親父からは絶対に出ない筈なんだけどな。母親さえ知らなかったからね! 気付かれた時は酷かったよ! "1人息子でさえなければ殺していたものを"……分かるかい!? 実の親に面と向かってそう言われる恐怖と絶望ッ……それが何十年だよ!? 表面状は取り繕って、2人きりになれば罵倒の嵐さッ! 毎日死にたかった……けどね! 僕は負けなかったッ! そして……奴を超えたんだ! いや、今は奴だけじゃない……この世の全てを超えたんだ! 君達のおかげでね!』
「あなたはッ……!」
『君が優しい人間でよかったよぉ? 話を聞いてくれる……優しい馬鹿でねぇッ!』
そう、全ては時間稼ぎの為。
長く"無能"であったロバートは、魔力を放出することはおろか、練り上げることすら出来ない。
だから繋いだ。
大量のケーブルを身体中に刺し、無理やり魔力を巨人に送る。
そして、巨人を操る魔石を飲み込んだ彼は、まさに一体となったのだ。
大地を揺るがし、天を衝く巨人と。
『そして、馬鹿だけど君はラッキーだよ! 僕の新たな天地創造……その最初の一撃を受けるがいいッ!!』
「まずいッ……!」
巨人の拳が振り上げられる。
ロードはすぐさま黒い手帳を開いた。
『死ねぇッ!!』
「"女神の絶対防御"ッ!」
『ぬぅッ!?』
全てを防ぐ光の壁がロードを包み、巨人の一撃を受け止める。
だが――――
「くッ……うッ……!」
神の盾をもってしてもその全てを防ぐことは叶わず、ロードは押し潰されるような感覚を覚える。
100メートルを超える鋼鉄の巨体は、それだけで最強の矛となり、神が創りし伝説をも越えようとしていた。
『す、すごいね君はッ! まさか受け止めるとは……けどッ! コイツの力はこんなもんじゃないよぉッ!』
続けざまに放たれる左の巨拳。
轟音が表すその衝撃に、女神の絶対防御に亀裂が走る。
「まず……いッ……!」
『まだまだいくよぉッ!』
「くッ! フェブズルングッ!」
『あッ!?』
奇術の神靴がロードの足を包み込んだ刹那、彼の姿が忽然と消える。
更に、気配も匂いも魔力も消え去り、シュメール王は完全にロードを見失った。
『……逃げたか。まぁいいや。どうせ地下からは出られない。んっふっふっふ……いやぁ……楽しいなぁ! これが強者の目線ってやつかぁ! いろいろ予定は変わっちゃったけど……今はいい……今はいいさ! それじゃッ……!』
再び巨拳が唸りを上げ、轟音とともに大穴が開く。
『あははッ! すごいすごい! さぁ、進撃だッ!』
大量の瓦礫が崩れ落ちる中、巨拳が繰り出す衝撃音と王の笑い声がこだまする。
壁を粉砕しながら、巨人はゆっくりとその穴の中へ消えていった。
そして、その背後で――――
「……エクスカリバー」
姿を現したロードは手帳から聖剣を引き抜き、生命の魔力を彼女に与える。
やがて人の姿となった聖剣は、ロードに寄り添うように肩を並べた。
「どう……思う?」
「う……む……」
ロードが彼女を呼んだのは、戦力としてはもちろんのこと、何か助言を求めてのことであった。
しかし、聖剣もその答えを持ち合わせてはおらず、2人の間に沈黙の時が流れる。
打ち倒すには、あまりにも巨大過ぎる相手。
加えて――――
「実は……生命を……感じられなかったんだ」
「ぬ……生命を?」
「ああ。あの口ぶりだと、外で操っているってことはないだろう。だから、確かに中にいる筈なんだ。なのに生命は感じられない……つまり、あの巨人には魔法が……」
「……意味をなさないと?」
「多分……」
「ますますもって厄介な……」
「うん……あ、手帳の中は?」
「うむ、皆で見てはいた……が、とにかくあの巨体だ。御するにはあまりにも……ふと思ったのだが、アレは打ち倒すというよりも、他の方法を考えた方がよいのではないか?」
「他の?」
「うむ。例えば、アレは魔力で動いているのだろう? それが切れるのを待つというのは……」
「いや、それは駄目だ」
「な、何故だ?」
「あれは確かに魔力で動いてる……でも、さっきティアから聞いたように、その動力源は人間だ。つまり、あれの魔力が切れるということは、中にいる人達が多分……」
「……理解した。ならばどうする? 物理的にとなると……恐らくヘラクレスでも不可能だろう」
「かもね……けど、やるしかない。とにかくいろいろ試してみよう。みんなの力を合わせればきっと……」
聖剣は無言で頷き、ロードはそれに頷き返した後、前へと足を踏み出した。
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「い、今の揺れはまさかッ……!」
「よそ見とは余裕ですね」
「ッ! がッ!?」
レヴィの拳がリナリアの腹部を捉える。
小さな身体は跳ね上がり、そのまま数メートル吹き飛んで地面に叩きつけられた。
「ぐッ……お、おのれぇ……!」
「そろそろ降参されてはいかがですか? あなた様では……私に勝つことは不可能です」
「ふざッ……けるなぁッ!!」
リナリアは倒れたままに手刀を振り下ろす。
もちろんそこにレヴィはいない。
だが、彼女の魔法はそれでも意味を成す……筈だった。
「……無駄です」
「ッ! また……!」
レヴィは目に見えないそれを躱し、悠然と前へ進む。
もはや彼女には、全てが"視え"ていた。
「確かに、恐ろしい魔法です。ですが、種が割れればどうということはありません。あなた様の使う……"掌握魔法"は」
「ッ!?」
"掌握魔法"。
それは、魔力を送り込んだ周囲にある全てを、己の意のままに操ることが出来る魔法。
体内に魔力を送り込めばその身体を、空中に放てばその空間を、自身の支配下に置くことが可能となる。
魔力が見えない限り、この魔法から逃れることはまず不可能。
だが、レヴィは違う。
「な、何故私の魔法をッ……!」
「私の魔法は"鑑定魔法"……あらゆるものを、見抜く力ですので」
レヴィには全てが"視え"ている。
リナリアの身体の状態も、その能力も、そして……流れる魔力さえも。
漂う魔力を避ければ、リナリアの攻撃は永遠に当たらない。
そして、身体能力はレヴィがリナリアを圧倒している。
故に勝てない。
「か、鑑定……!」
「はい。では、そろそろ終わりに致しましょう」
物事には相性というものがある。
そういう点では、先に対峙したミルミルの方が厄介であった。
小手先ではない、純粋な格闘能力と圧倒的な身体能力。
レヴィはそういった相手を不得手としていた。
鑑定魔法が意味を成さないから。
しかし、リナリアのような搦手を使う魔法は別。
弱点さえ分かれば、レヴィはそこから勝利への道筋を辿るのみ。
つまり、現状が表している通り、リナリアは……絶対にレヴィの上を取ることは出来ない。
「う……くッ……!」
リナリアの視線が、エミーナに助けを求めるように移動する。
しかし、彼女は彼女でスカークで手一杯となっていた。
「いやぁぁぁぁあッ……こないでぇぇえッ!!」
「なっはっはっはっ! 揉ませろよねぇちゃん!」
「ちぃッ……!」
能力的に言えば、エミーナのそれはスカークを凌駕するだろう。
だが、こちらも相性が悪い。
それは魔法というよりも、人としての相性。
「ご安心を。私が掛け合いましょう……同じ牢の中で、と」
「ふッ……ふざけッ!?」
「ッ!?」
レヴィとて、その揺れには気付いていた。
しかし、先に向かったのは、他の誰でもないロードである。
故に、リナリアを仕留めることのみに集中していたのだ。
主人のことを信じて。
だが、その揺れは間隔を狭め、尚且つすぐ側まで迫っていた。
いや、それはもはや――――
『うぇいやぁぁぁあッ!!』
「なッ……あッ……!」
「おいおい嘘だろッ!?」
円状の空間の中央を通る円柱を粉砕し、その巨人が……レヴィ達の前へと現れていた。




