第421話:収容所
「うきゃあッ!?」
「ティアッ! アスナッ!」
背後から胸を揉みしだかれ、エミーナは錯乱状態に陥っていた。
結果、制御不能となった魔法が暴走する。
「エ、エミーナァッ! その程度で何をッ……魔法を止めろォッ!」
「いやぁぁぁッ! ひぃぃぃッ!」
リナリアの声も届かず、エミーナは手をバタつかせながら魔力を放出し続け、辺りに散らばっていた様々な破片が浮かび上がり、ティアやアスナ達の身体とともに宙を舞う。
それらは縦横無尽に飛び回り、加えて空間自体にも歪みが発生している為、誰もその場から動けない程であった。
ただし――――
「きっ……きゃあぁぁぁー!」
「よっとぉ!」
「あっ!?」
その男には、何も関係がない。
「間一髪だったね! いやぁ、予想以上に上手くいったわ!」
地面に激突しかけたティアを受け止め、男はそう言ってにこっと笑った。
「あ!シェリルちゃん! そっち行ったよぉ!」
「あ、はいっ! 2秒ッ……!」
男はシェリルに指示を出しながら、リナリアを牽制するように視線を送った。
「はっ!? き、貴様はッ……!」
そこで彼女は思い出す。
不適に笑う、その男の名を。
「んー……悪いね! オイラ、ロリコンじゃないから!」
「ッ! このッ……!」
そうして、2人を回収したシェリルが彼に近付くと――――
「よっしゃ! さっさと逃げんべ! 掴まって!」
「はいっ!」
「えっ? あのっ……シェリルこの人っ……!」
「大丈夫! 味方よ!」
「いっくよぉ!」
「えっ!? うわぁっ!?」
「ま、待てッ!」
「さいなら〜!」
4人の身体が、一気に地面へと吸い込まれていく。
リナリアの魔法も間に合わず、彼らはそのまま姿を消した。
「くッ! ま、まさか奴までいるとは……!」
「お、おっぱい! おっぱい触られたぁあ!」
「えぇいッ! この……間抜けがァッ!」
「はぶッ!?」
リナリアの魔法が、エミーナの顔面に炸裂する。
その瞬間、歪んでいた空間は元に戻り、宙に浮いていたものが一斉に地面へと落ちていった。
「いった……! な、何するんですか!」
「この馬鹿がッ! 生娘でもあるまいに! 乳を揉まれたくらいで我を見失いおって!」
「だ、だって……っていうか! 私は生娘ですから!? は、初めて男の人にッ……うわぁーん!」
「いい加減にッ……!」
「……もういいかな? お2人さん」
「「ッ!」」
背後から聞こえた王の声に、2人は慌てて振り返り、そのまま片膝を突いてこうべを垂れた。
「も、申し訳ありません陛下ッ……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「はいはい。謝罪はもういいから。で、エミーナ君」
「はひっ!」
「空間は閉ざしてるんだよね?」
「ひゃい! 地下から出ることは出来ない筈です!」
「出来ない筈……ってことは、可能性はゼロじゃないのね?」
「え、えぇっと……私と同じような魔法とか……空間自体が耐えきれないような何かが起こらない限りは……あ、あと! 私が死んだ場合も……」
「なるほどなるほど。まぁとにかく、ここで呑気に話してる場合じゃ……ないってことだね」
優しい口調。
しかし、王の目は笑っていなかった。
「お、仰る通りです……!」
「ん……で、リナリア君」
「はっ……」
「さっきの男、君は知ってたみたいだけど……あれは誰?」
「はい……奴は、バーンと同じ黄金世代の1人、SSランク冒険者の……」
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「じゃ、じゃあ! あなたがあの……"空白"のスカークさん!?」
「そだよー。てか、オイラってば有名人?」
耳が隠れる程度の長さの赤い髪に、微かに黒い肌。
そして、橙色の鮮やかな鎧を身に纏ったスカークは、まるでルビーのように紅い瞳を細めながら、嬉しそうにそう答えた。
「そりゃ有名……だし! ちょっと前まで私、あなたを探してたんですよ! ディンさんと一緒に!」
「は? 親父と? なになになんでよ?」
「あ、いや……それは話すと長く……」
「す、すいませんスカークさん。その話は後で。今は、とにかくロードさん達と合流……」
「え!? え!? や、やっぱりロードさん来てるの!? 嘘じゃないよね!?」
「あー! なになにそういう感じぃ!? たっはー! やっぱりあいつ色男なんだねぇ! まぁ、カッコいいもんなぁ……羨まし」
「あーもー! ティアもスカークさんも! 今はそんなこと言ってる場合じゃ……というか、さっきからですけど、大声出して平気なんですかこれ!?」
「へーきへーき! だいぶ深く潜ってるもーん! オイラの"透過魔法"を信じなさいよ!」
彼らは今、通常進むことの出来ない場所にいた。
そこは地下の地下。
つまり、地面の中である。
「それにしても凄い魔法ですよね……なんだか不思議な感じがします」
「うん。なんか全部透けて見えるというか……てか、なんで見えるんだろ? 灯りもないのに……」
「オイラもそこらへんはよく分からんのよ。学者に言わせると、透過の力が視界にも干渉してるとか、魔力発光によるものだとか……まぁ、とにかく便利な魔法ってことで!」
「水の中のような……あ、空飛んでる時に近いかなぁ……でも、確かに感触があって、普通に歩ける……うわっ!? 今なんかパイプを擦り抜けた……」
「視界が変な感じになるわね……」
スカークの使う"透過魔法"は、物体の透視から始まり、あらゆる物体、果ては魔法の無干渉化など、擦り抜けることに特化した魔法である。
その力により、彼はこれまでに、全ての依頼をほぼ無傷でこなしてきた。
そうして付いた二つ名が"空白"。
それはつまり、彼のいる地点は、この世にとって存在しない場所、という意味である。
「オイラは慣れっこだけどねー。なんでもかんでも擦り抜けて、好きなところに好きなだけーってね。あ、絶対オイラから離れないでよ? その瞬間埋まっちゃうからさ。気絶してる2人も、手を離した途端……永遠に気を失ったままになるからね」
「わ、分かってますよ。ところで、これはどこに向かってるんですか?」
「このまま一気に地下施設を抜けて、一旦地上に戻るつもりだよ」
「えっ……で、でもまだ……!」
「シェリルちゃんはまだいいけどね。ティアちゃんだっけ? 君とその2人は……怪我もしてるし、地下にはいない方がいい。で、君はその側にいるべきだ。違う?」
「それは……」
要するに、足手まといになる……と、彼はそう言っているのだ。
実際、その判断は間違っていない。
シェリルはまだ戦えるとしても、ティアは地下施設内では力を発揮出来ず、アスナとソフィアは戦力外。
これ以上、地下にいる理由はどこにもなかった。
「後はオイラ達に任せなよ。君らは地上で待っ……んッ!?」
その時、先行していたスカークの動きが、言葉とともに突然止まる。
「ど、どうかしたんですか?」
「……あの子、凄い使い手だったみたいだね。殺した方がよかったかも」
「「え……」」
突如出た物騒な言葉に、シェリルとティアは少し驚き、互いに顔を見合わせた。
「あ、あの子って……エミーナって人ですか?」
「そう。んとね……この先、空間が断絶してる。触った感じで分かるんだけど、丸く……球状になってるね。多分、地下施設全てを覆うように、あの子が空間を切り取ってるんだろう。これはオイラじゃ破れない」
「それって……」
「うん、地上には戻れないね。このまま地面の中を通ろうが、普通に上がっていこうが……どっちもダメだと思う。地下から出す気はないって訳だ。となると、あの子をどうにかするしかないね。もしくは、この魔法と似た力で打ち破るしかないけど……まいったな。バーンならどうにか出来ると思うけど……」
「あ、あの……バーンさんはなんか、空間に閉じ込めたって……エミーナって人がそう……」
「マジ!?」
「あ、はい! な、なんか、何重にも異空間を作ってそれに入れたとかなんとか……」
「かー! あの馬鹿……オイラ遠回りしてから行ったのに、いないからおかしいと思ったんだよなぁ……」
「え? 遠回り?」
「ん、ああ……捕らえられた人を探してたんよ。一応、収容所っぽいところはあったんだけど……」
「やっぱり……ということは、あの人を倒さないと、そこにいる人達も地上には……」
「あ、いや、その……誰もいなかったんだ。だから、収容所っ"ぽい"……なんだよ」




