第420話:揉む
「えっ……ええっ!?」
「な、なんでここに!?」
「……決まってるじゃない」
シェリルは振り返り、2人に笑顔を見せる。
「友達を……見捨てる訳ないでしょ」
「シェリル……」
「んっふっふっふっ……感動の再会、ってとこかな?」
その声に、再びシェリルは前を向く。
視線の先には、リナリアとエミーナに守られるようにして立つ――――
「あなたがこの国の……」
「そうだよ……僕が王だ」
そう言って、シュメール王ロバートは笑みを浮かべた。
しかし、その笑みがそのままの意味を持たないことを、シェリルは勿論、彼の前に立つ2人ですら理解していた。
口元は笑っていても、目が笑っていない。
加えて、抑えきれない怒気が、微かに王の声を震わせていたから。
「……陛下、お下がりください」
「なんで? 引く訳ないでしょ。小娘が1人……増えただけで」
もはや王は制御不能。
そう判断した2人は、半歩前に出ながら魔力を放出する。
シェリルはその魔力だけで、彼女達の実力をある程度察知した。
「……降伏しなさい。ここに来たのは私だけじゃ……」
「んっふっふっふっ……バーン君ならもういないよ?」
「えっ!?」
まともにやり合えないと判断し、言葉による制圧を選択したシェリルだったが、ここで思わぬ反撃を喰らう。
最高戦力であるバーンの存在が露見していた上に、それを排除したという宣言。
それはシェリルにとって、想定外のことであった。
「残念だったねぇ……ここにいるエミーナ君が片付けてくれたんだ」
「そんな……!」
「ま、他は分からないけどね。嘘は言ってないよ。2人も聞いてたし」
ティアとアスナから反論はない。
それ故にシェリルは、それが真実であると認めざるを得なかった。
「さて……」
「ッ!」
王は、その動揺を見逃さない。
「どうやってここまで来られたかは知らないけど、追い詰められてるのは君なんだ。分かる? 仲間は来ない。独断先行……ま、そのおかげでその子達は助かった訳だけど、状況は何一つ変わってないの。君1人じゃ、この2人は倒せない。僕としては、逆にありがたいくらいだよ。おもちゃが一つ……増えたんだから」
「……ッ!」
じりっと、リナリアとエミーナが少しずつ前に出る。
だが、王が思っているよりも、状況は遥かに複雑であった。
当然、シェリルは2人の魔法を何も知らない。
だが、それ故にシェリルは、余計な情報に囚われることなく……というより、半ば諦めにも近い感覚で行動が出来る。
それに対し、リナリアとエミーナは少し違う。
シェリルの詳しい能力は勿論分からない。
ただ、エミーナの魔法を振り切り、誰の目にも止まらぬ速さで3人を救出した、という事実が、2人の足を重くさせていた。
"もし仮に、その速さで王を攻撃されていたら?"
"もし仮に、今それをやられたら?"
2人がそう考え、いつも以上に慎重になるのも無理はなかった。
「……ちッ」
「ふー……」
実力も経験も遥かに劣ると自覚しているシェリルは、戦闘に入るのをどうしても避けたかった。
かといって、3人を抱えて逃げ切れるかと自分に問えば、それもかなり難しい。
だが、リナリアとエミーナも、王の命が危険に晒されている以上、迂闊には行動出来ない。
場は、完全な膠着状態へと陥っていた。
それを破ったのは――――
「う……うわぁぁぁぁあッ!」
「ッ!? ちょっ……!」
走ったのは、今まで沈黙していたソフィア。
既に手枷はアスナの手によって外され、彼女は自由の身になっていた。
彼女は怒りのままに、シェリルの横を駆け抜けて王に牙を剥く。
それだけの理由が、彼女にはあった。
だが、それは蛮勇と呼ぶことすら出来ない愚行。
「雑魚が……引っ込んでいろッ!!」
「ぎッ……!?」
リナリアの左拳が、虫を払うように空を切る。
刹那、ソフィアの身体が、まるで横から何かに激突されたように折れ曲がっていた。
「くッ!」
意を決し、シェリルは魔力を練り上げる。
そして、己の胸に手を当てた。
「0.5秒ッ……!」
そう唱えた次の瞬間、彼女の姿が消え失せた。
「うぇッ!? 消えッ……!」
「ッ! 右だッ!」
エミーナが慌てて右へと視線を移すと、空中で気を失ったソフィアを抱えるシェリルの姿が映る。
更に次の瞬間――――
「0.5ッ……!」
2人の視界からシェリルは再び消え、瞬きする間も無く、元の位置へと舞い戻ったのだった。
「しゅ、瞬間移動!?」
「やはりッ……! コスモと同じ類の能……なッ!?」
「シェリル下がって!」
驚愕も束の間、何かが砕ける音が鳴り響いた直後、彼女達の視界に水の壁が広がっていた。
今の一瞬の攻防の中、ティアは再び貯水タンクに走り、その魔法を発動していたのだ。
「ティアッ……!」
「やぁっと魔法が使えるよッ! 喰らえぇッ!」
「エミーナッ!」
「はいはぁい!」
「んえッ!?」
王を含め、シュメールの3人を飲み込もうとした水の壁が、ピタリとその動きを止める。
更には、それが逆にティア達の方へと向かい始めていた。
「むっ……なかなかやりますねぇ! でも!」
「な、な、なっ!? ど、どうなって……!」
エミーナの魔法は"空間操作魔法"。
それは、空間を操り、転移することは勿論、今いる空間とは全く違う異次元を生み出したり、任意の空間を固定したりと、無限の可能性を秘めた強大な魔法であった。
もし彼女が真っ当に、ただ世のため人のためにと道を歩んでいれば、SSSランクに名を連ねてもおかしくはない、それ程の力。
「うッ……くッ!? 押し戻されッ……やばッ……!」
「ティ、ティアッ! どうしたらッ……!」
ソフィアを抱え、アスナは周りを見渡す。
巨大な人造魔石機兵を中心としたこの空間は、出入り口が一つしかなく、それは王の真後ろにあった。
つまり、彼らを倒さない限り、脱出は出来ない。
「あの人をなんとかしないとッ! 3びょ……ッ!?」
「貴様の相手は私だッ!」
リナリアが、虚空に突き出した拳。
それが、シェリルの顔面を跳ね上げる。
「うッ……あッ……!」
「吹き飛べッ! はぁぁあッ!」
「うッあ……あぁッ!?」
虚空に繰り出された拳の乱舞が、シェリルの肉体を幾度も貫き、吹き飛ばされた彼女はそのまま床へと倒れ込んだ。
「げほッ……はぁッ……はぁッ……!」
「ふん……大した魔法だが、術者がそれに追い付いていないようだな。魔力の練りが遅過ぎる。発動するタイミングさえ分かれば、初動で潰すのは容易。貴様、これまでまともに戦ったことすらないのではないか? よくぞそのザマで、あれだけの大口を叩いたものだ」
「うぅッ……」
リナリアは、今の一瞬でほぼ全てを見抜いていた。
シェリルの魔法が発動するまでのタイムラグから、魔力の練度から察せられる戦闘経験の少なさ。
更には王どころか、自分達にすら積極的に攻撃しようとしない点が、シェリルが戦いに向かない性格であることを彼女に伝えてしまっていた。
「甘いのだよ貴様は。まだ貴様の存在に、我らが気付いていなかった時、何故陛下を討たなかった? 更には、先程あの小娘が先走った際、何故それを見捨てて我らを討たなかった? その結果が今だ。見よ」
「うッ!?」
リナリアが指差す先。
そこには、空中で手足を縛られたように浮かぶ、ティア達の姿があった。
「ごめ……シェリ……」
「ティアッ! 1びょ……あぐッ!」
リナリアの手刀が虚空を切る。
それだけで、なんとか立ち上がったシェリルの身体を、再び容赦なく地に伏せさせていた。
「何度でもやってみるがいい。その度に潰してやる」
「うぅッ……!」
「……リナリア君さぁ」
その時、腕を組み、それを眺めていたシュメール王が声を上げた。
「なんでしょう……陛下」
「うん。1人やっちゃおうか」
「ッ!?」
「そうしないと分からないでしょ、その子」
つまり、王はこう言っているのだ。
人質は3人。
1人殺せば、大人しくなるだろう、と。
「……仰せのままに。エミーナ!」
「はぁい。どの子にします?」
「や、やめてッ……!」
「栗色は使う。金髪にしろ」
「お願いやめてぇッ!」
「はぁい。じゃ……捻じっちゃいますね」
「ぎッ……あぁぁぁぁぁあッ!?」
エミーナがパチンと指を鳴らした瞬間、アスナの顔が苦悶に歪む。
そうして、ゆっくりと確実に、アスナの身体が捻れていった。
「ア、アスナァァァァアッ!」
「いやぁぁぁぁあッ!」
広い空間に、少女達の絶叫がこだまする。
それを、王は満足そうに眺めていた。
涎を垂らし、歯茎まで見える……満面の笑みを浮かべて。
「……いい趣味してんねぇ。ほんと」
「ッ!」
その時、突如聞こえた男の声。
「新手ッ……どこからッ!?」
「えっ? えっ? どこにも……!」
声は聞こえど姿は見えず、その場にいた全員が困惑する。
その、次の瞬間――――
「あばッ!? ちょおッ!?」
「あー……いいねあんた。いいデカさだ。ちょうどいい。オイラの趣味ドンピシャだわ」
「おっ、おっ、おっ……おっぱい……いーやぁぁぁぁあッ!」
瞬間、空間が歪んだ。




