第403話:想定外
あれは次兄の――――
「エ、エバンス……!」
間髪を入れず、グラットン様の声が食堂内に響き渡る。
「何事かッ! 陛下は会食中であるぞ!」
それに続き、リナリアの怒号のような声が響く。
エバンス様は跪いて頭を下げた後、すぐに顔を上げて口を開いた。
「承知しておりますッ! ですがッ……火急の案件にてッ!」
「だから何が……ッ!」
「……何があった? エバンス」
更に何かを言い掛けたリナリアを制し、ロバート王は落ち着いた声でそう尋ねる。
「いや……ここでは……」
エバンス様はちらりとグラットン様を見た後、ロバート王に向けてそう言った。
「構わぬ。申せ」
「……かしこまりました。この城に……侵入者が」
「なんだと!?」
途端に食堂内が騒めきに包まれていく。
シュメール城の守備隊に身を置くエバンス様が来た段階で分かってはいたが……始まったか。
「落ち着きたまえリナリア君。で、現状は?」
「は……つい先程、どのような手段を用いたかは不明ですが、城の防衛機能が一斉に止まり、それに合わせ、西門と東門の兵士達との連絡が一斉に途絶えました」
防衛機能を止めたのは、守備隊隊長を務める長兄のガラッド様だろう。
そして、ロード様は伝説の武具様の力を借り、誰にも気付かれないように潜入する手筈だったから、二つの門を制圧したのは恐らくバーン様とあの方……どうやら、作戦は上手く進んでいるようだ。
問題はこの後……。
「ふんふん……それで?」
騒つく周囲をよそに、ロバート王は終始落ち着いた様子を見せる。
それにより、だんだんと周りが落ち着きを取り戻し始めていた。
……さすがは一国の王といったところか。
しかしこうなると、不用意に魔法は使えない。
今使おうとすればあらぬ疑い……いや、あらぬではないが、とにかく彼らに不信感を与えてしまうだろう。
あと一歩だったのだが……仕方ない。
「はっ……すぐに兵を向かわせ確認したところ、両門にいた兵士達が全て倒れているのを発見。また、城内にいる衛兵達とも次々に連絡が途絶えております……下から上へと向けて。このことから、これはかなり綿密に計画された襲撃で、賊は少なくとも2名以上。また、かなりの手練れであると推測されます。そして……」
「狙うは……余の首か」
そう言って、ロバート王は首を撫でる。
……微かに笑みを浮かべながら。
「……間違いないかと。ですので、すぐに私室へお戻りくださ……」
「なりません陛下」
エバンス様の言葉を遮り、リナリアはそう言った。
「どういうことかな? リナリア君」
「陛下、これはエバンスが言ったように、用意周到に準備された計画だと考えられます。本来ならば、城の防衛機能を止めることすらまず不可能であるのに加え、我が国の兵がこれほど容易く突破されている以上……この賊は並ではない。よって私は、襲撃犯がティタノマキアである可能性を提示します」
…………やはり恐ろしい方だ。バーン様は。
「ティタノマキア……か。なるほど……あり得なくはないね」
「はい。奴らは力のある豪商や、各国の政府高官、果てはアルメニアのように国そのものなど、次々と権力者を暗殺、ないし虐殺しています。恐らく、自分達の力を誇示することで、強引に世界を動かそうとしているのでしょう。数ヶ月前に王が暗殺されたラトビアがよい例です」
ラトビア……ニーベルグ闘技大会の際、バーン様が仰っていたあれか。
それにしても、ここまで読み切ることが可能なのか?
まるで――――
「ラトビア王が暗殺されるまで、あの国は旺盛の極みにありました。ですが、あれによりラトビア政府は事実上消滅。現在は、裏稼業の連中が蔓延る暗黒の国と化しました。奴らはそれを狙っていたのだと言われています」
「らしいね。じゃ、リナリア君はあれかな? ティタノマキアは、今度はシュメールをそうしたいと……言いたい訳だね?」
「はい」
バーン様が描いた……シナリオ通りに……。
「話を戻します。防衛機能が停止させられた以上、賊はこの城のことを知り尽くしていると考えるべきです。となれば、むざむざ私室に行くことなど……自ら死地に飛び込むのと同義。愚策も愚策です」
「話は分かった。じゃ、例の場所に?」
「そこも100パーセント安全とは言えませんが、少なくともここよりは……いざとなればアレも使えます」
「ん、ならそうしよう」
事が……運んでいく。
「は……エバンスッ!」
「は、はッ……!」
「陛下の守護は我ら7人で行う。これより陛下を安全な場所へと護送するが、貴様達がその場所を知ることはまかりならん。下手をすれば、賊に情報を渡す結果になるやもしれんからな。とにかく、貴様達は一刻も早く賊を討てッ! ガラッドにもそう伝えろッ! いいな!?」
「か、かしこまりましたッ!」
「あー、エバンス」
「はッ!」
「君のお父様を逃がしてあげなさい。申し訳ないが、これから向かう場所は最重要機密でね。この国でも、ごく限られた者しか入れない場所なんだ。ま、賊の狙いは余のようだし、仮に遭遇しても恐らく見逃してもらえるだろう。グラットンは今後のシュメールに必要不可欠な人材だ。もちろん、君達兄弟もね。よろしく頼むよ」
「は、ははッ!」
「ではなグラットン、レベッカ君も。また会える日を楽しみにしているよ」
「は、はい……陛下、どうぞご無事で……」
「うむ」
「陛下、参りましょう」
そうして、ロバート王はリナリア達とともに部屋を去っていった。
やがて兵士や給仕達もいなくなり、食堂には私とグラットン様、そしてエバンス様だけが残された。
「ふー……いやしかし、まさかここまで上手くいくとは……」
エバンス様は小首を傾げながら、半ば信じられないといった表情を浮かべる。
私も同じ気持ちだ。
「ああ……バーン君から作戦を聞かされた時は半信半疑だったが、リナリアからティタノマキアという名前が出た瞬間、心臓が跳ね上がったよ。まさか本当に全て読み通りに……恐ろしい人だ」
"まず間違いなく、親衛隊はティタノマキアの犯行という線で動く"。
昨日の夜、バーン様は私達にそう語った。
そして、必ず地下へ向かうだろうと。
そこを叩く。
別に彼らを尾ける必要はない。
向かってくれさえすれば、ロード様は既に……ロバート王の生命の色を一度見ているから。
「ですね……さて、我々も動きましょう。エバンス様、グラットン様、後は手筈通りに。私は合図を送った後、ロード様と合流します」
「分かった」
「了解だ。くれぐれも慎重にな」
「ええ……お二方も」
2人を見送った後、私は通信魔石へと魔力を込めた。
何度かの点滅の後、魔石は淡い光を放つ。
『……俺だが』
「あ、ブランス様。レヴィです」
『ん、ああ……つか、光らせるだけじゃなかったのか? あんまり長いから一応出たけど』
確かに、当初の計画では、通信魔石を光らせるだけだったのだが――――
「申し訳ありません。今周りに誰もいませんし、色々と話しておいた方がよいかと思いましたので。掻い摘んで説明を」
私は今の現状、転移装置の在り処、七影の実力などを伝えた。
『なるほどな……了解だ』
「私はこれからロード様と合流します。次の連絡は、地下への通路の発見時に。では……」
『あー、ちょいまった。実は……こっちも話さなきゃなんねぇことがあってだな……』
「……何か問題でも?」
なんだろう……凄く嫌な予感がする。
『正直、かなりやばいかもしんねぇ。気付けなかった俺らが悪いんだが――――』
「――――え?」
そうして聞かされたそれは、まさに想定外の出来事だった。




