第400話:最終確認
「止まれ」
シュメール城の正門へと近付いた1台の馬車が、門を守護する兵士達に止められる。
時刻は、間もなく夜の7時を迎えようとしていた。
「何用か?」
馬車を操っていた初老の男性は、綺麗に染まったオールバックの白髪頭をペコリと下げた後、やはり白に染まった立派な口髭に手で触れながら、門を守る兵士達へと向けて口を開いた。
「ブライトシャフト家の者です。本日は、我が主人が陛下と謁見させていただくお約束を……」
「ああ……話は聞いている。悪いが念の為、中を改めさせてもらうぞ」
「かしこまりました。今お開けします」
ビウスは馬車から降りると、守衛が見守る中、主人に断りを入れた後にそっと客車の扉を開ける。
中には、ブライトシャフト家の長であるグラットンと――――
「失礼しますグラットン様……毎度のことで申し訳ありませんが、これも規則なので」
「うむ。荷はこれ一つだ。一応言っておくが、それは陛下に献上する貴重な品……くれぐれも慎重にな」
グラットンはそう言って、自分の横に置いてある豪華な装飾のなされた少し大きめの木箱を指差す。
「は……おい」
守衛長であるその男は、別の兵士に命じてそれを馬車の外へと運ばせる。
そして、馬車の中にいたもう1人へと視線を向けた。
「ところで……その者は?」
「ああ……実は、そこのビウスに少々暇をやろうと思ってな。まぁ、長年執事頭として尽くしてくれた礼……といったところよ。で、こやつがその間の代わりとなる……」
「レベッカと申します。以後、お見知り置きを」
白銀の髪に褐色の肌をしたメイド……レヴィは、そう言って頭を下げた。
「今後、しばらくはこやつを共にするでな。陛下にお目通ししておきたいのだ」
「そういうことでしたか……分かりました。こちらからもお伝えしておきます」
「隊長」
「む、ちょっと失礼……」
部下に呼ばれ、守衛長の男が馬車から離れた直後、グラットンは胸元からハンカチを取り出し、前髪に隠れていた脂汗を一気に拭った。
「……大丈夫ですか?」
「え、ええ……ふぅ……しかし、生きた心地がしませんな……」
グラットンがそんなことを言うのも無理はない。
彼にとって、これは人生始まって以来の大博打。
平静を装うだけで精一杯だった。
「ご安心ください。あなた様は……何があろうと私がお守り致します」
だからこそ、バーンは彼の補佐にレヴィをつけた。
メンバーの中で、彼女が最も"その場"に合っており、また実力も折り紙つき。
これ以上の適任はいなかった。
「はは……よろしく頼みます」
レヴィが笑顔で頷いたその時、客車の扉が再び開いた。
「お待たせ致しました。特に問題ないようですので、このままお通りください。また、新しい従者の方の魔力も登録させていただきました。今後は断りをいれなくても結構です。では、今から部下に先導させます」
「ん、ありがとう」
木箱を積み直した後、兵士の先導に従って馬車が動き出す。
グラットンは門を通過したのを確認すると、木箱を開けて中を覗いた。
そこには、敷かれた藁に包まれるようにして置かれている魔導具があった。
グラットンはそれを取り出して自身の膝に置くと、敷かれていた藁をどけ、その下の板を指でなぞる。
「……開けられた形跡はないですな。どうやら、無事バレずに済んだようです」
「そうですか……まずは一つ、ですね」
「ええ。まぁ、陛下へ献上するものに、触れられる度胸などないのが普通ですから。藁の下にある……この二重底に気付けないのも無理はありますまい」
この木箱には、ある仕掛けがあった。
グラットンが急いで作らせたそれは、上部と下部を分ける板が真ん中にあり、彼の魔力を注ぐことで開閉出来るというもの。
藁が敷かれた上部には、シュメール王へ献上する古代の魔導具。
そして、その下には――――
「まさかこれが役に立つ日が来るとは……この仕事をしていてよかった」
グラットンはそう言いながら、木箱の下部に収められていたそれに触れる。
青銅で作られた円盤。
その中央には、銀色に輝く魔石が埋め込まれていた。
「あとは、ガラッドとエバンスが上手くやることを祈りましょう」
「ええ、そうですね……ただ、お2人の身に何も起こらなければよいのですが……」
「なに……あの2人なら大丈夫。自慢の息子達ですから。それに、かの英雄"神殺し"のバーンさんが立てた作戦……間違いなく上手くいきますよ。いやぁ、そう考えたら、なんだかワシも楽になってきました」
「ふふっ……それはよかった」
「はははっ! さて、ワシらはワシらの仕事に集中せねばなりませんな」
「はい。では、もう一度確認しておきましょう。バーン様が立てた作戦を」
―――――――――――――――――――――
作戦決行前夜。
ロード達は、作戦の最終確認の為、再びブライトシャフト家食堂へと集まっていた。
「……全員揃ったな」
席に着いた全員の顔を見た後、バーンは静かにそう言った。
今いるメンバーは、バーン、ロード、バイザー、レヴィ、ブランス、シェリル、カレン、バハムート、グラットン、ビウスの10名。
「ん? あいつは?」
1人足りないことに気付き、ブランスがそう尋ねる。
彼が言う"あいつ"とは、バーンが雇っていたもう1人のこと。
昼に一度合流した後、その男は再び姿を消していた。
「ああ……あいつは別行動だ。多分、いつものアレだろ……この町にもあるからな」
バーンは親指を立て、それを3回押す動作をしながら呆れ顔でそう言う。
それだけで全てを理解したブランスもまた、ため息混じりに口を開いた。
「ったく……大丈夫なのかよ?」
「まぁ、作戦は昼に伝えてあるし、あいつも一応はプロだ。やる時はやるさ。仮に変更があれば、俺から連絡しとくよ。じゃ、とりあえず始めよう。大筋は昼に伝えた通りだ。まずは、グラットンさんとレヴィ」
「うむ」
「はい」
「2人はビウスさんと一緒に正門から城へ。この……転送装置を持ってな」
バーンはそう言って、机の上に置かれた2枚の青銅の円盤をコンコンと交互に叩く。
グラットンは、各国から様々な商品を取り寄せ、それを王族や貴族に卸すことを生業とする、所謂輸入雑貨商人であった。
彼が扱う商品は、各国の珍しい食品から始まり、酒、貴金属、調度品など多岐に渡る。
その中で、最も人気が高い物……それが骨董品であった。
古の時代に作られた壺や食器、剣に盾、そして太古の魔導具など、現代ではなかなか手に入らないものほど、金持ちは高い興味を示す。
それは、グラットン自身も同じであった。
彼は自身の仕事を利用し、趣味である骨董収集を行っていた。
特に関心の高い物が、古代の人々が使用していたとされる様々な魔導具。
それを見つけては、仕事そっちのけで集めていたという。
彼がこれまでシュメール王に献上してきたものは、そうやって見つけてきたものであった。
そして今回、リドリーとジグドラを捕らえ、地下の倉庫をそれらしく改装していた際にそれを見つけた彼は、"ひょっとしたら何かに使えるかもしれない"とそう考え、昼間に行われた作戦会議の時にバーンへと進言したのだった。
「こいつのおかげで最大の懸念が片付いた。ロードの杖は行ったことのない場所には転移出来ないし、俺の魔法は俺しか移動出来ないからな。ま、他にも策はあったんだが……とにかく、お手柄だぜグラットンさん」
「はは……お役に立ててよかった」
「つか、それほんとに使えんのか?」
「ああ、昼間実験した。問題なく作動する。こいつがあれば、一気に城の中心へ飛ぶことが可能だ。何人かまとめてな。ただ、その為にはいくつかの課題をクリアしなくちゃなんねぇ。まず一つ目が、城を守る魔障壁だ。大抵の城には必ずあるもんなんだが、シュメールのは特に堅固でな。こいつがある限り、物理的な侵入は勿論、転移も不可能……それに、こいつはブランスの兄貴から聞いたんだが、あの城は魔力の登録を行なってる。仮に正門以外から未登録の魔力が侵入した場合、即座に警報が鳴るらしいんだ。だから、まずはそれらを止める必要がある訳だな」
「んで、それをやるのがうちの兄貴2人……ってことだよな?」
「そういうことだ。流れとしては、まずグラットンさん達が正門から中に入り、それを確認したブランスの兄貴達に、魔障壁と警報装置を解除してもらう。その後、まず俺とあの馬鹿で陽動、ロードは少し間を空けてから姿を消して侵入し、後の連中はレヴィからの合図を待って装置を起動……内部へと突入する。ここまではいいな?」
全員が頷く。
ここまではいい。
だが、問題はここからだった。
「しっかしよぉ……本当にバーンの言う通りになるんかね?」
「絶対とは言えねぇ。だが、そうなる可能性は高い」
「だといいけどよ……」
「……俺達は、やれることをやりましょう。きっと上手くいきます」
全員の視線がロードへと集まる。
その迷いのない眼差しに、意を唱えるものはいなかった。
「よし……じゃあ、作戦を詰めよう。まず……」
シュメールの闇を打ち破る策は、こうして練り上げられた。
シュメール王ロバートは、今日も地下で笑みを浮かべる。
彼はまだ知らない。
上手くいっていたこれまでの日々に、大きな亀裂が入ろうとしていることを。




