第399話:皮肉
アスナは床へ落ちた手枷を拾うと、手を背中に回して壁に寄りかかる。
ティアもすぐさま彼女の隣に座り、同じように壁を背にした。
そして、アスナがティアの手枷に触れ、力を込める。
すると、やはり"カチリ"と小さな音を立て、それは枷の役目を失った。
階段を下りる二つの足音が、段々と大きくなっていく中、2人は顔を見合わせ、無言で同時に頷く。
"チャンスがあれば"。
2人の意思は、言葉を交わさずとも通じていた。
「そちらです」
そうして聞こえてきたのは、知らない女の声だった。
そして――――
「ん、ああ……こんばんは」
顔を覗かせるようにして現れたのは、やはり彼女達の知らない男。
ティアもアスナも、現れた2人に襲われたのかどうかすら分からなければ、その男がシュメール王であることも知らない。
五大国家の王ならまだしも、他国の王を見る機会は限られている。
2人が彼の顔を知らないのも無理はない。
また、2人は今が夜だということをこの時知った。
「ふふっ……怖い顔をしているね。ま、当然か」
長く伸びたブロンドの髪を後ろに束ね、眉は鋭く綺麗に揃えられていた。
瞳は青。
彫りが深く、端正な顔立ちをしている。
見た目は30代前半でもおかしくない。
そして、濃い紫色の生地に金の刺繍が入った服に、純白のズボンと、まるでどこかの貴族のような服を着た男は、そう言ってニヤリと笑う。
その笑顔を見て、2人は思わず顔を強張らせた。
気持ち悪いと……そう感じて。
また、隣に立つ少女の方も、無表情なのがなんとも不気味であり、2人は自然とより身体を密着させていた。
「どっち?」
「栗色の髪をしている方です」
「ふーん……よく分かんないや。ブロンドは駄目なの?」
「いえ、そちらも基準値は大きく超えています。ただ、栗色が圧倒的なだけです」
「へぇ……ま、僕に言えるのは……どっちも可愛いってことだけかな」
「「ッ!」」
2人の肩がビクンと跳ねる。
それを見て、男はやはり笑みを浮かべるのだった。
「お戯れが過ぎます……陛下」
「……えっ?」
"陛下"。
それは、人が王を呼ぶ際に使用する言葉。
彼女達2人の背中に、冷たい汗が流れた。
「んっふっふっ……やっと声が聞けたね。大丈夫、君達に変なことする気はないよぉ。そういうのは間に合ってるから」
「陛下……」
「分かったからそんなに睨まないでよ……っていうか、そっかぁ……君達は僕のことを知らないんだ? じゃ、自己紹介しておくよ。僕の名はロバート……ロバート=ヴィラニウス=シュメール。この国の第7代国王を務めている者だよ……よろしくね」
迷いなく、真っ直ぐに、ロバートは自分が王だと2人に告げる。
それだけの自信があるのだ。
絶対に……生きては返さないという自信が。
「こ、国王……って……嘘……」
「シュメールの……? な、なんで――――」
「……"なんで国王が人なんか攫うのか"、ってとこかな? それはねー……あ、この2人はいつ?」
「明日にでも。例の大型の二機目がちょうど完成したらしく、栗色はそれに使うようです。ブロンドはそのついでに」
「ああ……アレね。それなら僕も見たいし、明日また来るよ。その時に話してあげる。君達可愛いから特別だよ?」
「陛下、明日はブライトシャフトとの会食では?」
「んあっ!? そうだったなぁ……あ、じゃあさ! その後にしてもらおう! 会食の! ちょっと遅くなっちゃうかもしれないけどさ!」
「……では、そのように」
「うんうん! じゃ、また明日ね……ゆっくりお休み」
そう言い残すと、ロバートは2人に背を向け、螺旋状に続く階段へと向かう。
その瞬間、ティアは咄嗟に動こうとした。
だが――――
「……今、死にたいの?」
「ッ!」
リナリアが放つ魔力が、それを止めた。
「リナリアちゃーん? 行くよー?」
「はい……ただいま」
そうして、リナリアもその場を去り、階段を下りる足音が段々と遠ざかっていく。
やがてそれが聞こえなくなった頃、2人は大きく息を吐いた。
「ごめん……動けなかった……」
絞り出すようなティアの声に、アスナはそっと彼女の頭を撫でた。
「ううん……私も同じ……あれは無理だよ」
リナリアの実力は本物だった。
仮に2人が万全の状態であっても、勝てるかどうか分からないほどに。
「それより、あいつらが言ってたこと……どう思う?」
陛下。
基準値。
大型。
使う。
普通にある言葉が、今はただ……恐ろしく聞こえていた。
「私にはよく……アスナは?」
「私もちゃんとは分からないけど……基準値云々は魔力のことだろうね。栗色の方が圧倒的って言ってたし、それはティアの魔力が凄いってことだと思う」
「なるほど……っていうか、私の魔力ってそんなに多いの?」
「めちゃくちゃにね。気付いてなかったの?」
さすがにロードほどではないが、ティアの魔力量もまた、常人のそれを遥かに超えていた。
いずれSSSランクになると言われていたあのコスモに匹敵するほどなのだから、当然といえば当然である。
また、リドリーとジグドラが言っていたように、シェリルのそれも常人の枠にには収まらない。
"無能"と呼ばれた者が本来持っている魔法は、その強力な効果に比例し、魔力消費量が多くなる傾向があった。
その為、それに耐え得る魔力が自然と備わっていくのだと考えられる。
カレンも今は普通だが、やがて彼女達と遜色ないレベルになるだろう。
「そうなんだ……全然知らなかった」
「はぁ……ティアらしいというかなんというか……まぁそれはいいとして……あの女の子さ、ブライトシャフトって言ってたじゃない? なんか、どっかで聞いたことがたるような気がするんだよね……ティア分かる?」
「え? んー……ブライトシャフト……うーん……確かにどっかで……」
そう、2人はその名前を確かに一度目にしていた。
彼女達が読んでいた情報誌の中で。
2人が特に熱心に見ていた、竜族とギリシアに関連する記事に、ブランスの名前が載っていたのだ。
因みに、世間的には、ヨルムンガンドを倒したのはズィードで、それに協力したのがディー、ルッカルルカ、ヴォルクスファング、そしてブランス……ということになっている。
「ごめん……思い出せないや」
「謝らなくていいってば。私も思い出してみるから、ティアも何かわかったら教えてね」
「分かった」
「で、こっからが一番あれなんだけど……大型とかついでとか言ってたじゃない? あと……"使う"って」
「あ、うん……」
「……多分だけど、私達その……何かに利用する為にここへ連れてこられたんじゃないかなって……」
「え……そ、それって……例えば実験……的な……?」
「……うん」
「うぅっ……」
ティアの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
薬の実験台にされていた……あの忌まわしい記憶が。
アスナはそれを察し、ティアをぎゅっと抱き締めた。
「……逃げよう。手枷は外せた。あとはその鉄格子だけ……きっとなんとかなる。ね?」
「アスナ……うん……がんばる」
「ん……じゃ、早速始めよう」
2人は立ち上がり、その太い鉄格子に触れる。
がっちりと地面に突き刺さったそれは、多少力を込めたくらいではビクともしなかった。
「こっちは普通の鉄格子だね……鍵も……私のスキルじゃどうしようもない」
「分かった……私の魔法でなんとかやってみる」
「お願い。私は一応周りを見ておくね」
「うん……ねぇ、アスナ」
「ん?」
「これだけ叫んでダメだったんだからさ……シェリルとカレンは逃げ切れたってことだよね?」
自分とアスナが同じところに入れられていたのだから、もし2人が捕まっていれば、やはりここのどこかに入っている筈であり、返答がない以上、2人は捕まっていない。
ティアはそう考えていた。
「……多分ね。あの霧に包まれた時、私達とあの2人には距離があったし、捕まらなかった可能性は高いと思う」
「だよね! 心配してるだろうなぁ……」
「きっとね。だから、早く抜けださなくちゃ。がんばろティア!」
「うん! よぉし……!」
人の手が加わって出来た石レンガは、ティアの力を持ってしても微かに動くのみ。
それでも2人は諦めなかった。
並の少女達なら……いや、仮に大の男であっても、こんな状況にさらされれば、その不安と恐怖で取り乱すか、そうでなくとも絶望し、抗うことをやめていただろう。
しかし、彼女達は並ではない。
2人がかつて経験した、文字通り地獄の日々。
皮肉にも、それが彼女達を何倍も強くしていた。
その日、普段は無音の地下の牢獄に、2人の少女が出す……微かな音が鳴り続けた。




