第394話:無言
長らく更新をお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
今日から再開します。
詳しくは活動報告をご覧下さい。
「む、霧が……」
ジグドラが地に伏せると同時、路地裏の一角を覆っていた霧が晴れていく。
その時、背後から近付く足音に、レヴィはゆっくりと振り返った。
「どうやら……保険は必要なかったみたいだな」
「あっという間すぎ」
「バーン様、ブランス様……ええ、流石はロード様です」
彼らの後ろにはバイザーもおり、仮にジグドラが逃げ出していたとしても、同じ結果となっていたのは言うまでもない。
更に――――
「出番なしかよ……つまんねぇの」
「……」
そうぼやきながら、路地を形成する建物と建物の間からゲイボルクが、その反対からは、無言のままにフラガラッハが姿を現わす。
もはや、局地的な天変地異でも起きない限り、誰であろうがどうすることも出来ない鉄壁の布陣。
ただ、それ以前に、ロードがシェリルの後ろにいた時点で、彼らは既に詰んでいたのではあるが。
「シェリル、怪我は?」
「あ、大丈夫……です……」
自身が霧に覆われてから、僅か数秒の出来事。
シェリルは驚愕していた。
そして、同時にこう思う。
自分達が手も足もでなかった相手。
事前情報があったとはいえ、かなりの手練れである彼らを容易く……あまつさえ、ほぼ無傷で捕らえてしまった。
いったい――――
「あっ! もういいわよ……カレン」
「……ん」
シェリルにそう声を掛けられ、カレンは乱れた髪を手櫛で整えながらゆっくりと起き上がる。
既に、シェリルとカレンは、アスクレピオスの力により完全に回復していた。
シェリルがふらついていたのも、カレンが気を失っていたのも、全て演技である。
そうして、顔を見合わせた2人は、互いに同じことを考えていることに気付いた。
「凄いわね……」
「……ああ」
"自分達とロードに、いったいどれほどの差があるのだろう"。
2人は地面に座ったまま、同い年の英雄を静かに見上げていた。
「レヴィ! そいつもこっちに! グレイプニルでまとめて縛ろう!」
「はい! ただいま!」
冥界の兜を手帳に収めながら、ロードがレヴィにそう指示を出す。
その時、シェリルがあることに気付いた。
「あ、あの……ロードさん?」
「ん?」
「なんで目を……?」
そう、ロードは終始目を閉じていたのだ。
それは無論――――
「ああ、それはこの剣……オートクレールの力だよ。この剣を握ると、一時的に視力を失う代わりに、全てを感じられるようになるんだ。だから、霧の中でも相手を見失わずに済んだ」
「じゃ、じゃあ……今も見えてるんですか?」
「見えてはないよ。ただ、2人が座ったまま、俺を見上げているのは分かる」
「はぁー……さっきの兜といいそれといい……いいもん持ってんなぁ」
「……俺は、運がよかったんだと思う。まぁ、世間一般的には、"無能"だった時点でそうじゃないのかもしれないけど、全てを諦めた後に、この力と、ある人から託された想い、それと……意味を貰えたから」
「意味……?」
「うん。生きる意味」
薄暗い路地裏を、気持ちのいい風が通り抜けていく。
2人はやはり見上げたまま、ロードの次の言葉を待った。
「俺達は……この世界においては非常識な存在だった。足を出せば歩けるように、見上げた空が青いように、美味しいものを食べれば笑顔になるように……そんな当たり前のことと、同じように存在する魔法が使えなかったから。"無能"になった時点で世界は閉ざされ、どんなに踠いても前には進めない。それが、この世界の"常識"だ。けど、実際は違った。俺達は、最初から魔法を持っていたんだ。知らなかっただけで。そして、それをよしとする何者かがいる。"無能"と呼ばれた人達が、苦しむことをよしとする何者かが……俺は一度死を選んだ。でも、その先で出逢った2人のおかげで、俺はまた……歩くことが出来た。そして、今はこう思う。あの時、俺が死ななかったのは……いつかその何者かを倒し、"無能"と呼ばれる人がいない世界にする為だって」
「"無能"と呼ばれる人が……いない世界……」
「そいつはぁ……いいねぇ」
2人は、自分の過去を思い出していた。
どうしようもないくらいに理不尽で、どうしようもないくらいに凄惨だったその日々を。
だからこそ、ロードの言葉が胸に沁みた。
"そうなってほしい"、"そうなるべきだ"……と。
「きっと……今も苦しんでいる人がいる。俺や、君達2人がそうだったように。それに、今はそれだけじゃない。世界がよくない方向に進んでいるんだ。俺達はそれを知ってしまった……だから、止めなくちゃならない。まずはこの国からだ。ティアとアスナは勿論、この国を……」
ロードはオートクレールを手帳に収め、2人に向けて両手を差し出す。
そして、その瞼をゆっくりと開け――――
「救おう……みんなで」
笑顔で、彼はそう言った。
シェリルとカレンは、差し出された手を無言で掴み立ち上がる。
そして、力強く頷いたのだった。
―――――――――――――――――――――
「ん……お……?」
目覚めたリドリーは、まだ霞みがかった意識のままに辺りを見回す。
薄暗い部屋。
ぼんやりと光る、机に置かれた一つのランプ。
それに照らされた、冷たい印象を受ける石レンガの壁と床。
「ぐッ!?」
ここがどこで、どうしてこんな場所にいるのかを理解出来ぬまま、咄嗟に動こうとした彼であったが、その身体は縄で椅子に固定されていた。
戸惑いつつも、彼は右手で左の腕を掴み、転移を試みたが――――
「ま、魔法が……!」
「よう……お目覚めかい?」
「ッ!?」
その時、暗闇から1人の男が現れ、彼へ向けてゆっくりと近付いていく。
「え、お、おまッ……お前はッ……!」
リドリーは彼を知っていた。
いや、むしろ知らない者の方が少ないだろう。
その世界に生きる者ならば……尚更。
「バ、バーン……アルティメイト……!」
「フルネームでどうも。どうやら、お互いに自己紹介は必要ないみたいだな……リドリー=バルシース」
「ッ! な、な、なんでお前がッ……お、俺になんの……はッ!? ジグドラ……ジグドラはどうした!?」
「……まぁ落ち着けって。俺はなリドリー……ちょっとあんたに聞きたいことがあるだけなんだ。正直に答えてくれれば、お互いに面倒がなくなるんだが……どうかな?」
リドリーの思考が、段々と現実に追いついていく。
思い出してきたのだ。
ここで目覚める前のことを。
「……そ、そうか……あれは、お前だった訳だ……」
「いや、お前をぶちのめしたのは俺じゃあない。あれは俺の仲間だよ。今そいつは、別室でジグドラを……な?」
「うぅッ……!」
大粒の汗が、彼の頬を幾度も伝う。
それは、彼が全てを理解したという証だった。
「状況は理解してもらえたようだな。じゃ、そろそろ聞かせてもらうぜ? まずはそうだな……」
バーンは両手を膝につき、震える彼の顔面へと顔を近付ける。
そして――――
「あんたの……雇い主の話からにしようか」
そう言って、ニヤリと笑った。




