第383話:準優勝
「す、すいませーん……あのー……」
「あら? いらっしゃい……って、ふふっ! どうしたの? 顔だけ覗かせて」
「あ、いやっ……もう終わっちゃったかなって……」
「ああ、そういうこと……大丈夫よ。どうぞ入って」
「あ、ありがとうございます! 入っていいって!」
笑顔で振り返ったティアの元気な声が、暗い町の中に響く。
どうやら間に合ったようね。
「お邪魔しまーす!」
「失礼しまーす」
「あらあら……これはまた可愛い冒険者さん達ねぇ」
私達が中に入ると、受付に立っていた女の人がそう言ってニコッと笑う。
綺麗な人だ。
歳は……二十代前半くらいかしら。
「すいませんこんな遅くに……」
「大丈夫大丈夫。といっても、依頼の受注は終わっちゃってるけど」
「あ、違うんです。実は……」
アスナが受付嬢さんと話している間に、ギルド中を見回すと、少し離れた席に男の人が1人で座っているのが見えた。
赤と黒を基調とした鎧にマントを身につけたその人は、手にしたグラスを傾けながら、こちらを向かずにじっと机を見つめている。
それにしてもあの人……。
「……おいシェリル」
「ええ……凄いわね」
どうやらカレンも気付いたらしい。
あの人……相当な使い手だ。
ティタノマキアの人達と一緒にいたから分かるけど、漂う魔力や雰囲気が常人のそれじゃない。
あの人達の中にいても全く遜色ないレベル……こちらを直接見てはいないけど、間違いなく私達を警戒してる。
女で、しかもまだ若い私達に対し、全く油断していない……いったい何者かしら?
「という訳なんですけど……」
「うん、いいわよ。ちょうど4人部屋が空いてるし、そういうことなら泊まっていきなさい。冒険者じゃない子は……まぁ特別ね」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございますっ!」
「よかったぁ。助かります」
こちらは首尾よくいったようだ。
野宿は回避ね。
「いいからいいから。その為の冒険者ギルドだもの。困った時はお互い様よ」
その時――――
"ぐぅぅぅ〜"
ティアの中にいる獣が、雄叫びを上げた。
「ひゃっ!? こ、これは違くて……!」
何が違うのかは分からないが、ティアは耳まで真っ赤にしてお腹を抑えている。
本当に可愛い子ね……同い年だけど。
「あっはっはっはっ! なぁにぃ? ご飯食べてないの?」
「あはは……町に着いたのが遅くて……」
「うふふ……いいわ。何か作ってあげるから、適当に座って待ってなさい」
「えっ!? そ、そんな……いいんですか!?」
「簡単なものでよければね。あなた達は?」
「じゃ、じゃあお願いします……すいません」
「あたいも頼むわ。腹ペコでどうにかなりそうだからよぉ」
「あ、私もいただきます」
実は私もペコペコだった。
まさに地獄に仏……いや、女神ね。
「おっけー! それじゃ……あ、バイザー!」
「……気にするな」
彼女に名前を呼ばれた男の人は、口に含んだものを飲み込んだ後、呟くようにそう応えた。
というかバイザーって……なんかどこかで聞いたような……。
「ん……あ、お水はまだそこに……そう、その樽。グラスはこれ使って」
「はーい!」
「それじゃ……あ、自己紹介がまだだったわね。私はシュメール冒険者ギルドで受付を担当してるミュンっていうの。よろしくね」
「よろしくお願いします! 私はティアっていいます!」
「アスナです。お世話になります」
「あたいはカレン」
「シェリルです。よろしくお願いします」
「みんな可愛い名前ねぇ。うん、覚えたわ。それじゃ、ちょっと待っててね」
そう言い残し、彼女は奥の部屋へと消えていった。
受付の中をちらりと見ると、綺麗に整頓された書類が積まれている。
恐らく、もうほとんどの仕事を終え、もう少しであの男の人と帰るところだったのだろう……2人の邪魔をしてしまったようね。
「いやー! いい人でよかったね!」
「そうだね。泊めてくれるだけでもありがたいのにご飯まで……」
「うんうん! あ、そだ。あのー……」
ティアに声を掛けられ、男の人が初めてこちらを向く。
「ごめんなさい! 私達の所為で帰るのが遅く……」
「……それがあいつの仕事だ。お前達が気に病む必要はない」
「そ、そうですか……でも! ありがとうこざいます!」
「フッ……まぁ、のんびりしていけ」
「はいっ!」
「ありがとうこざいます」
男の人……バイザーさんは、片手を上げてそれに応えた後、再び視線を机へと向け、グラスを口に運んだ。
どうやら悪い人じゃなさそうね。
さて……。
「じゃあ、今のうちに明日の予定を組みましょう。とりあえず、先立つ物がなければどうしようもないし、お礼のことも兼ねて依頼を受ける……で、いいわね?」
「あ、それなんだけどさ、さっきちらっと見えたんだけど……ほらあれ」
そう言いながら、アスナが受付の方を指差す。
そこには、1枚のポスターが貼ってあった。
「冒険者……闘技大会?」
ティアがそれを読み上げた直後、バイザーさんの方から"カラン"……と、氷がグラスを叩く音が聞こえてきた。
あ、ひょっとしてバイザーさんも出るのかしら?
だとしたら強敵ね……。
「そんなんがあるんか……って……おいこれ賞金!」
「え? あっ……い、いっせんまんごーるど!?」
「それはSランク以上の部ね。ランクによって二つに分けられてるみたい。私達が出られるのはAランク以下だね」
それなら、仮にバイザーさんが出場するつもりでも当たらないわね。
間違いなくSランク以上だろうし。
ん? じゃあさっきの反応は……。
「それでも500万ゴールドか……それだけありゃ、しばらく金の心配はなくなるな」
「うん。まぁ、優勝出来なくてもある程度の賞金が出るみたいだし、私はともかくとして、ティアなら結構いいところまでいけるんじゃないかなと思って」
確かに……ティアは今Bランクだけど、強さだけで言えばSでもおかしくはない。
もしかしたらもしかするかも。
「はいお待た……あら、どうしたの? みんな揃ってこっち向いて……」
その時、受付の奥から、両手に色々と抱えたミュンさんが現れた。
「あ、手伝いますっ!」
すぐさまティアが立ち上がり、ミュンさんへと走り寄る。
私も動こう。
「こっち持ちます」
「ん、ありがと。ごめんね遅くなって……」
「あ、いやいや! これですこれ。これを見てたんです」
「え? あ……やば。剥がすの忘れてたわ」
「「「「……え?」」」」
それってまさか……。
「ごめーん! これ昨日終わったやつなのよ……」
「えー!?」
……そういうオチか。
「そ、そうだったんですか……」
「ごめんねー……あ、ひょっとして出場考えたりしてた!?」
「あはは……そんな話を今してたんです」
「あちゃー……変に気を持たせちゃったわねぇ……ん? っていうかバイザー! なんであんた言ってあげないのよ!?」
あら……矛先が……。
「え? あ、いや……というか、お前が剥がし忘れたのがいけ――――」
「はぁ!?」
「……お、俺が悪かった」
完全に敷かれている……。
「なんかこう……言い出しにくくてだな……」
「まったく……ほんとにごめんね!」
「い、いえいえいえ! 気にしないでください! まだ出るとか決めた訳じゃなかったんで!」
「ティアの言う通りです。あくまで選択肢の一つ……みたいな感じだったので」
「そ、そう? それならまだよかったけど……」
ん?
ってことは……。
「あの、因みになんですけど、バイザーさんも出たんですか?」
「あ、うん。出たわよ」
「じゃあ、ひょっとして優勝……」
「……しちゃうのかなって、私も思ってたんだけどね」
「え? じゃあ……」
「優勝したのは他の人よ。あいつは準決勝敗退」
こ、この人が準決勝で?
上には上がいるものね……。
「っていうか、バイザーのこと知ってたの?」
「あ、いえ……凄く強い人だっていうのは感じてたので、もしかしたらそうなのかなと」
「へー……結構分かるものなのね。あ、因みに、色々あったけど、とにかく優勝したのはブランスって人よ。知ってる?」
「ブランスって……黄金世代の?」
「そうそう。"箍無し"のブランス。シュメール出身なのよ彼」
なるほど……それならまだ納得出来る。
黄金世代は化け物揃いで有名だし。
「で、準優勝がロー……」
「おいミュン!」
「ッ!?」
び、びっくりした……急にどうしたんだろう……?
「あっ……と……ほ、ほら! あいつ負けてイラついちゃってるから、闘技大会の話はもう終わりで! ごめんね! さ、ご飯にしましょ!」
不思議そうに顔を見合わせる私達を尻目に、ミュンさんは食事の支度をし始める。
なんだったんだろう今の。
まるで何かを隠しているような……ん?
うわ……なんだか凄くいい香りが……。
「はっ!? こ、この匂いは!?」
「じゃじゃーん! 今日のメインは作り置きしておいた……ビーフシチューでーす!」
「やったぁー! ビーフシチューだぁぁあ!!」
「あはは! そんなに喜んじゃう?」
「ビーフシチューはティアの大好物なんです」
「です!」
「あら! だったらちょうどよかったわね。おかわりもあるから、たーんとお食べなさい!」
「いただきまーす!」
「召し上がれー!」
……なんか、上手く誤魔化されたような気がするわね。
でもまぁ……私もお腹ぺこぺこなので――――
「……いただきます」
続きはまた明日考えましょう。
あ……めちゃくちゃ美味しい。




