第374話:永遠
今は人間達の住むこのヴァルハラ大陸が、かつて魔族と竜族によって支配されていた頃、魔族には魔族の、竜族には竜族の英雄がいた。
それらは、のちに人間が神から魔法を与えられるまで、この大陸の頂点として君臨することとなる。
中でも、竜族の英雄として名高い2匹の竜がいた。
魔法や伝説の武具を与えられた人間に敗れはしたが、その2匹に人間達は最後まで苦戦し、結局最後まで仕留めることは叶わなかった。
そうして、2匹はヴァルハラのどこかに身を潜める。
竜の誇りが、ドラゴニアに行くことを拒んだのだ。
2匹がまだヴァルハラにいることを掴んだ人間達は、幾度となく討伐隊を組み、その2匹を追っている。
だが、結局痕跡すら見つけることが出来ぬまま、長く平和な月日が流れ、やがて2匹を追う意味を見出せなくなり、自然と追うことをやめたのだった。
しかし、その存在があまりにも大きかった為か、2匹の竜は人間達の間で伝説の存在として語り継がれ、様々な書物に名を連ねることとなる。
無論、人間の英雄に敗れる敵役としてではあるが。
ただ、それらの伝記や物語では、常に最大の強敵として描かれ、そして必ず挿絵が入っていた。
それは、その存在を決して忘れてはならないという、先人達の戒めだったのかもしれない。
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「ね、ねじれた4本角……」
観客席にいた1人が、ポツリとそう呟く。
竜族にとっての"角"とは、人間でいうと髪型に近いもの。
所謂一つの個性である。
生え方は様々だが、通常は多くても2本。
中には角がないものもいる。
それ故に、その竜がもつ"角"は一際目立った。
そして、誰もが幼い頃、ある時は絵本で、ある時は親の言葉で、その竜の姿を目にし、または耳にしていた。
鱗は青より深い蒼色。
天竜種の特徴を捉えつつも、100メートルを優に超える巨体。
そして、まさに髪のように、頭部から後方に伸びる……ねじれた4本の角。
誰もが知っていた。
その竜の名を。
『……バ…………バハムー……ト……?』
永遠竜バハムート。
最古にして、最強の一つに数えられる竜である。
そして、コスモに与えられたもう一つの任務。
まさにそれこそが、このバハムートに関するものであった。
シュメールとの国境付近にあるオリンポス領の町から寄せられた、ねじれた4本の角を持つ巨大な竜の目撃談。
平常時ならば"見間違い"と捨て置かれる話だったかもしれないが、先にあった竜族の侵攻が、オリンポス王にそれを許さなかった。
そうして、オリンポス領からシュメール方向へと飛んでいったバハムートらしき竜の真偽を確かめる為、仮に遭遇しても"逃げ切れる"者として、コスモが向かうこととなったのである。
とはいえ、この目撃談を聞いた他の臣下はもちろんのこと、任務を与えたオリンポス王ですらが、内心では"恐らくいないだろう"と、そう考えていた。
バハムートが猛威を振るったのは、今から1万年も昔の話。
死骸が見つかっていないだけで、きっとどこかで朽ち果てているだろうと。
だが、いたのだ。
伝説は、色褪せることなく。
「ロード……!」
ブランスの額から、滝のような汗が流れ出ていた。
「はい……分かってます」
もはや彼に、ロードのことを"アヴァン"と呼んでいる余裕はなく、それはロードとて同じこと。
空中に佇むバハムートが放つ存在感と魔力は、間違いなくそれが本物であると示しており、2人は瞬時に己の役目を悟っていたのだ。
すなわち、この場にいる全ての人々の為に、この伝説に立ち向かわなければならないと。
そしてまた、2人は同じことを思う。
確かに竜王ヨルムンガンドも、凄まじい存在感を持つ竜だった。
しかし、バハムートのそれはまた別。
"この世のものではない"。
そんな言葉が、両者の頭の中に浮かび上がるほどに。
だが、臆す訳にはいかないと、2人が剣に手を――――
『待て』
「「ッ!?」」
瞬間、2人の動きが止まる。
静かに、しかし力強く、バハムートから放たれた"待て"という言葉。
それは、あまりにも美しい……女性の声だった。
『私を知っているようだが、一応名乗っておく。我が名はバハムート。争う気はない。ただ話しがしたいだけだ。ヨルムンガンドを打ち破ったロード=アーヴァイン……お前とな』
「ッ!? お、俺を知って……は、話しに?」
『そう……ただそれだけだ』
やはり静かに、そして透き通るような美しい声で、バハムートはそう語る。
その時、ブランスがある異変に気付いた。
「おい、ロード……」
「え、あ……なんですか?」
「な、なんかよぉ……やけに静かじゃね……?」
「えっ? あ、確かに……ッ!?」
ブランスに言われ、ロードはようやくそれに気付く。
静かだったのだ。異様なほどに。
更に、異変はもう一つ――――
「み、みんな固まって……!」
観客達は、全員が空を向いたまま固まっていた。
まるで、時が止まってしまったかのように。
『ああ……これは私の力だ。騒がれるのは分かっていたからな。故に、お前達以外に……一瞬の永遠を与えた』
「一瞬の……永遠……?」
『その説明は後でもよいかな? あまり長く使えるものでもないのだ。とにかく、まずは場所を変えたい。我が背に乗って……』
「お、おいてめぇ! いきなりんなこと言われて、"はい分かりました"とはならねぇだろ! なんなんだてめぇは!? 何を企んでやがる!」
ブランスの反応は正しい。
いくら綺麗な言葉を並べようが、バハムートはかつての人間達にとって最大の脅威だった存在。
おいそれと信じる訳にはいかない。
だが、バハムートは敵意を向けられて尚、静かに口を開いた。
『何も企んでなどいないよ。言っただろう? 私は話しがしたいだけだ。それが済めば、またここに送ってやろう。それでよいか?』
「そういう意味じゃ……!」
「……分かりました。行きます」
「ッ!? お、おいロード!」
「大丈夫ですよ。この人……じゃなくて、えっと……バハムートさんからは、悪い感じがしないというか……多分、嘘は言ってないと思います。じゃなかったら、場所を変えようなんて言いませんし、最初からそのつもりなら、話しかける前に攻撃している筈です」
「そ、そりゃそうかもしれねぇが……のわッ!?」
2人が話していたその時、バハムートが試合場へと降り立つ。
降り立った際の衝撃と、バハムートの羽ばたきによって生み出された暴風で、2人の身体が激しく揺れた。
『時がない。急ぐぞ』
「わ、分かりました。あの、一つお願いがあるんですけど……」
『聞こう』
「俺の仲間も一緒でいいですか? そこの部屋に……」
『む……あの魔族か。いいだろう。よし、今術を……』
その直後――――
「ロ、ロード様ッ!」
バハムートの術が解けた瞬間、レヴィはすぐに動いていた。
ロードが窓に開けた穴を通り、瞬時に彼の下へと駆けつけると、そのまま彼を庇うように立ち、バハムートを睨みつける。
その肩に、ロードはそっと手を置いた。
「大丈夫だレヴィ。敵じゃないらしい」
「えっ!? し、しかし……!」
『案ずるな魔族の娘よ。私に争う気はない。さて、ロードよ。とにかく移動するぞ。術が解けると、私に怯えた人間達が一斉に逃げ出すだろう。そうなればどうなるか……言うまでもあるまい?』
「ええ……分かってます」
十数万人の観客達が我先にと逃げ出せば、間違いなく大惨事になる。
既にロードもそれを理解していた。
「レヴィも来てくれ。とにかくバハムートさんの話を聞こう」
「わ、分かりました……では、一応これを」
レヴィはそう言って、黒い手帳をロードに手渡す。
「ありがとうレヴィ。あ、ブランスさん、すいませんけど後は……」
「フー……分かった分かった。後はなんとかしといてやんよ。そんかわり、後で話を聞かせろよな」
「はい、必ず」
『話はまとまったようだな。では、早く乗れ』
「分かりました。行こうレヴィ」
「は、はいっ」
バハムートが下ろした翼を足場に、ロードとレヴィはその背中へとよじ登った。
そして、2人が振り落とされないようにと、つかまるところを探していると――――
『ただ座っていればいい。風は私が弾く』
「えっ? あ……うわっ!?」
「きゃっ!?」
「ちょっ!? うおぉぉおっ!?」
2人を乗せたバハムートは一気に上昇し、そしてそのまま彼方へと消えていく。
地上に残ったブランスを……吹き飛ばして。




