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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第6章:木漏れ日の時

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第373話:素材

 

 準決勝終了後、公平を期す為に取られた1時間の休憩。

 そんな、空白の時間。


「……」


 コスモは医務室で横になったまま、1人天井を見つめていた。

 無理に限界を超えた代償は大きく、両腕は勿論のこと、全身に深いダメージが残り、最後の攻防で顎を打ち抜かれた彼は、満足に喋ることすら出来ない状態となっていた。

 完全なる敗北。

 だが、彼の心は不思議と落ち着いていた。


 無論、全てを出し切ったからというのもあったのだろう。

 ただ、一番の理由は、直接手合わせした上での敗北が、今まで世間の評価だけで上下を決められていた彼の憤りに、"納得"という名の免罪符を与えていたからに他ならない。


「……?」


 彼が天井を見つめながら、今後のことを思案していたその時、不意に部屋の扉がノックされる。

 応えられない彼は、視線だけを扉へと向けた。

 すると、そこから現れたのは――――


「ッ!?」


「やぁ。あ、そのままそのまま……って、もともと動けないか。ははっ!」


 それは、本来こんな場所に来る筈のない人物。

 それ故に、コスモの思考は疑問符で埋め尽くされていた。


「ん、察するに……"何故あなたがこんな所に来るのですか?"といったところかな? 確かに確かに。いかに君がオリンポスからのゲストとはいえ、私が直接見舞いに来ることなど、通常ならばあり得まいよ。ただね、今回は先を越されたくなかったのだ。他の4人も優秀だから欲しかったのだが、あのアヴァンとかいう冒険者に邪魔されてしまったからね……で、私が直接動くことにしたのだよ。その方が確実だからね。しかし、実に残念だったなぁ……みんないい素材になったろうに。まぁ、君が手に入ったからよしとしよう」


 "欲しかった"。

 "いい素材"。

 "手に入った"。

 不気味な言葉の連続に、コスモの額から汗が滲み出る。

 だが、今の彼には何も出来ない。


「フフ……そう怖がらんでもよろしい。あ、いや、今だけか。怖がれるのも。そのうち何も感じなくなるのだしね。今のうちに感情を持てる幸せを感じたまえ。それにしても、ブランスには感謝せねなばなるまい。多少弱らせてくれれば御の字だったのだが、まさかここまでとは……さすがは黄金世代の1人に数えられることはある。あれも欲しいが……現状では難しいかな。さてそろそろ……おい」


「「……は」」


 男がそう言うと、2人の男女が部屋の中へと入ってくる。

 そのうちの一方、赤く長い髪をした少女がコスモに近付き、その汗ばんだ頭にそっと触れた。


「……ッ!」


「あ、そうだ。因みに、ザディアックはこのことを知らんよ? あれは自分のおもちゃを他人に譲るほど、よく出来た人間ではないからね。それに、君が選ばれたのはあくまで偶然だよ。闘技大会の話を持ちかけて、君ら5人のうちの誰かが来てくれればそれでよかったのだ。だから……彼を恨まないであげてくれ」


「……ッ…………」


 コスモの意識が遠のいていく。

 何も出来ぬまま、何も分からないまま、彼は静かに目を閉じた。


「……意識を失いました」


 コスモの傍にいた少女がそう告げると、男はもう1人の従者に無言で指示を出す。

 大柄なスキンヘッドの男は、気を失ったコスモを担ぎ上げ、そのまま部屋から出ていった。


「あ、確か彼には付き人が数名いたね」


 それを見届けた後、男は思い出したように口を開く。


「はい。闘技場内にいることを確認しています」


「ふむ……あのオリンポス騎士団の団員だし、多少は使える素材かもしれない。よし、彼の怪我が予想以上に酷くて、ここでは治療出来なかったことにしよう。我が国お抱えの回復魔法使いに当たらせるとね。で、あそこに誘導して、そのまま捕らえてしまいなさい」


「かしこまりました」


「あとは知らぬ存ぜぬでいい。ザディアックはなんとでもなるからね。いやー……闘技大会は大成功だなぁ。あとは決勝戦を観覧して、締めの言葉で終わりだね」


 男はそう言ってニコニコと笑う。

 年齢とその立場からは考えられぬほど、無邪気に。


「はい。あ、コスモが追っていた、もう一つの任務はどうされますか? 捨て置けるものではないかと」


「ああー……あれね」


 男は顎に手を当て、視線を上へと向ける。

 今回コスモが与えられた任務は二つ。

 一つは当然、シュメール闘技大会に参加すること。

 そして、もう一つは――――


「しかし、本当なのかな?」


「あのオリンポスが本気で言っているのならば」


「まぁね。でも、おとぎ話の世界だよね。それが本当にいるならさ」


「確かに。私も幼少の頃、よく絵本で……」


「ふふっ!」


「……なんですか?」


「あ、いや、ごめんごめん。君が"幼少の頃"とか言うとさ……ふふっ!」


「怒りますよ?」


 少女の姿をしているが、彼女は既に成人している。

 いかに主人とはいえ、そこを突かれるのは面白くないのだ。


「だからごめんって! ま、とにかくさ! とりあえずは放置でいいんじゃない? なんかあれば対処するってことで」


「……かしこまりました」


「っていうか、その話使えるじゃん。コスモはその真偽を確かめる為に来ている訳だし、傷が治ったらすぐ出ていったって言えばいいじゃない?」


「まぁ……辻褄は合いますね」


「はい、決まり! いやーついてるね! ラッキーラッキー!」


 表の顔と裏の顔。

 あまりにかけ離れたそれに、何か心に病を抱えているのではないかと、赤い髪の少女は口にこそしないが、常々そう思っていた。

 実際、何かが壊れているのだろう。

 でなければ、軽々に人の人生を奪うことなど出来はしない。


「さぁて、そろそろ戻ろうかな。じゃ、首尾よく頼むよ?」


 やはり無邪気に笑う男に、少女はただこうべを垂れる。

 そして――――


「お任せください……陛下」


 彼を、そう呼んだ。



 ―――――――――――――――――――――



『さぁッ! 遂にやってきましたッ! シュメール闘技大会ッ……決ッ! 勝ッ! せェェェェえんッ!』


「「「「ワァァァァァァァァアッ!!」」」」


 休憩時間が終わり、闘技大会は最終局面を迎えていた。

 既に両雄が試合場に立ち、観客達のボルテージは最高潮へと達していた。


「ロー……じゃねぇ、アヴァン。本気で来いよ?」


「もちろんです。ブランスさんも」


「おうよ。アプルが見てるんでな……負けてやる訳にはいかねぇ。あ、やる前に礼を言っとくわ。俺がぶん殴った女、治してくれてサンキュな。さっき聞いたぜ。アプルのことも含めて、お前らにゃ世話になった」


「いえ、俺達も色々助けてもらいましたから。あ、でも、コスモさんには会えませんでした。なんでもお城で治療するとかで……」


 バイザーを始めとする他の参加者達は、皆控え室からその様子を眺めていた。

 無論、コスモを除いて。


「そっか……あいつはあいつで真っ直ぐな奴だったよ。次はまともに話せりゃいいんだがな。まぁ、それはともかくとして……早速始めるか」


「……ええ」


『それではお2人ともッ! 準備はよろしいでしょうかッ!?』


「おう」


「いつでも」


『わッかりましたァッ! シュメール闘技大会の初代王者を決めるこの試合ッ! 歴史に名を刻むのは、名実共にシュメールの英雄となったブランス選手かッ! はたまたッ! あのバイザー選手を破ったアヴァン選手かッ! はたしてどちらになるのかッ!? では参りますッ! シュメール闘技大会決ッ……ん?』


 その時、絶えず降り注いでいた日の光が、何かによって遮られた。


『…………へっ?』


 全員が空を見上げていた。

 そして、全員がすぐには理解出来なかった。

 唐突に現れた……その巨大な影の正体を。


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