第373話:素材
準決勝終了後、公平を期す為に取られた1時間の休憩。
そんな、空白の時間。
「……」
コスモは医務室で横になったまま、1人天井を見つめていた。
無理に限界を超えた代償は大きく、両腕は勿論のこと、全身に深いダメージが残り、最後の攻防で顎を打ち抜かれた彼は、満足に喋ることすら出来ない状態となっていた。
完全なる敗北。
だが、彼の心は不思議と落ち着いていた。
無論、全てを出し切ったからというのもあったのだろう。
ただ、一番の理由は、直接手合わせした上での敗北が、今まで世間の評価だけで上下を決められていた彼の憤りに、"納得"という名の免罪符を与えていたからに他ならない。
「……?」
彼が天井を見つめながら、今後のことを思案していたその時、不意に部屋の扉がノックされる。
応えられない彼は、視線だけを扉へと向けた。
すると、そこから現れたのは――――
「ッ!?」
「やぁ。あ、そのままそのまま……って、もともと動けないか。ははっ!」
それは、本来こんな場所に来る筈のない人物。
それ故に、コスモの思考は疑問符で埋め尽くされていた。
「ん、察するに……"何故あなたがこんな所に来るのですか?"といったところかな? 確かに確かに。いかに君がオリンポスからのゲストとはいえ、私が直接見舞いに来ることなど、通常ならばあり得まいよ。ただね、今回は先を越されたくなかったのだ。他の4人も優秀だから欲しかったのだが、あのアヴァンとかいう冒険者に邪魔されてしまったからね……で、私が直接動くことにしたのだよ。その方が確実だからね。しかし、実に残念だったなぁ……みんないい素材になったろうに。まぁ、君が手に入ったからよしとしよう」
"欲しかった"。
"いい素材"。
"手に入った"。
不気味な言葉の連続に、コスモの額から汗が滲み出る。
だが、今の彼には何も出来ない。
「フフ……そう怖がらんでもよろしい。あ、いや、今だけか。怖がれるのも。そのうち何も感じなくなるのだしね。今のうちに感情を持てる幸せを感じたまえ。それにしても、ブランスには感謝せねなばなるまい。多少弱らせてくれれば御の字だったのだが、まさかここまでとは……さすがは黄金世代の1人に数えられることはある。あれも欲しいが……現状では難しいかな。さてそろそろ……おい」
「「……は」」
男がそう言うと、2人の男女が部屋の中へと入ってくる。
そのうちの一方、赤く長い髪をした少女がコスモに近付き、その汗ばんだ頭にそっと触れた。
「……ッ!」
「あ、そうだ。因みに、ザディアックはこのことを知らんよ? あれは自分のおもちゃを他人に譲るほど、よく出来た人間ではないからね。それに、君が選ばれたのはあくまで偶然だよ。闘技大会の話を持ちかけて、君ら5人のうちの誰かが来てくれればそれでよかったのだ。だから……彼を恨まないであげてくれ」
「……ッ…………」
コスモの意識が遠のいていく。
何も出来ぬまま、何も分からないまま、彼は静かに目を閉じた。
「……意識を失いました」
コスモの傍にいた少女がそう告げると、男はもう1人の従者に無言で指示を出す。
大柄なスキンヘッドの男は、気を失ったコスモを担ぎ上げ、そのまま部屋から出ていった。
「あ、確か彼には付き人が数名いたね」
それを見届けた後、男は思い出したように口を開く。
「はい。闘技場内にいることを確認しています」
「ふむ……あのオリンポス騎士団の団員だし、多少は使える素材かもしれない。よし、彼の怪我が予想以上に酷くて、ここでは治療出来なかったことにしよう。我が国お抱えの回復魔法使いに当たらせるとね。で、あそこに誘導して、そのまま捕らえてしまいなさい」
「かしこまりました」
「あとは知らぬ存ぜぬでいい。ザディアックはなんとでもなるからね。いやー……闘技大会は大成功だなぁ。あとは決勝戦を観覧して、締めの言葉で終わりだね」
男はそう言ってニコニコと笑う。
年齢とその立場からは考えられぬほど、無邪気に。
「はい。あ、コスモが追っていた、もう一つの任務はどうされますか? 捨て置けるものではないかと」
「ああー……あれね」
男は顎に手を当て、視線を上へと向ける。
今回コスモが与えられた任務は二つ。
一つは当然、シュメール闘技大会に参加すること。
そして、もう一つは――――
「しかし、本当なのかな?」
「あのオリンポスが本気で言っているのならば」
「まぁね。でも、おとぎ話の世界だよね。それが本当にいるならさ」
「確かに。私も幼少の頃、よく絵本で……」
「ふふっ!」
「……なんですか?」
「あ、いや、ごめんごめん。君が"幼少の頃"とか言うとさ……ふふっ!」
「怒りますよ?」
少女の姿をしているが、彼女は既に成人している。
いかに主人とはいえ、そこを突かれるのは面白くないのだ。
「だからごめんって! ま、とにかくさ! とりあえずは放置でいいんじゃない? なんかあれば対処するってことで」
「……かしこまりました」
「っていうか、その話使えるじゃん。コスモはその真偽を確かめる為に来ている訳だし、傷が治ったらすぐ出ていったって言えばいいじゃない?」
「まぁ……辻褄は合いますね」
「はい、決まり! いやーついてるね! ラッキーラッキー!」
表の顔と裏の顔。
あまりにかけ離れたそれに、何か心に病を抱えているのではないかと、赤い髪の少女は口にこそしないが、常々そう思っていた。
実際、何かが壊れているのだろう。
でなければ、軽々に人の人生を奪うことなど出来はしない。
「さぁて、そろそろ戻ろうかな。じゃ、首尾よく頼むよ?」
やはり無邪気に笑う男に、少女はただこうべを垂れる。
そして――――
「お任せください……陛下」
彼を、そう呼んだ。
―――――――――――――――――――――
『さぁッ! 遂にやってきましたッ! シュメール闘技大会ッ……決ッ! 勝ッ! せェェェェえんッ!』
「「「「ワァァァァァァァァアッ!!」」」」
休憩時間が終わり、闘技大会は最終局面を迎えていた。
既に両雄が試合場に立ち、観客達のボルテージは最高潮へと達していた。
「ロー……じゃねぇ、アヴァン。本気で来いよ?」
「もちろんです。ブランスさんも」
「おうよ。アプルが見てるんでな……負けてやる訳にはいかねぇ。あ、やる前に礼を言っとくわ。俺がぶん殴った女、治してくれてサンキュな。さっき聞いたぜ。アプルのことも含めて、お前らにゃ世話になった」
「いえ、俺達も色々助けてもらいましたから。あ、でも、コスモさんには会えませんでした。なんでもお城で治療するとかで……」
バイザーを始めとする他の参加者達は、皆控え室からその様子を眺めていた。
無論、コスモを除いて。
「そっか……あいつはあいつで真っ直ぐな奴だったよ。次はまともに話せりゃいいんだがな。まぁ、それはともかくとして……早速始めるか」
「……ええ」
『それではお2人ともッ! 準備はよろしいでしょうかッ!?』
「おう」
「いつでも」
『わッかりましたァッ! シュメール闘技大会の初代王者を決めるこの試合ッ! 歴史に名を刻むのは、名実共にシュメールの英雄となったブランス選手かッ! はたまたッ! あのバイザー選手を破ったアヴァン選手かッ! はたしてどちらになるのかッ!? では参りますッ! シュメール闘技大会決ッ……ん?』
その時、絶えず降り注いでいた日の光が、何かによって遮られた。
『…………へっ?』
全員が空を見上げていた。
そして、全員がすぐには理解出来なかった。
唐突に現れた……その巨大な影の正体を。




