第347話:後世
シュメール闘技場には、普通の観客席とは別に、特別な地位にある者達が観戦する為の個室が備えられている。
それは観客席の上部に設置されており、快適な空間の中で、試合が行われる舞台全体が見渡せるよう配慮されていた。
今回の闘技大会においては、各国要人や貴族、または財を成した一部の豪商などが、その個室へ足を踏み入れることを許されている。
また、その中には、今回の闘技大会に参加するSランク以上の冒険者達の姿もあった。
彼らにもその個室がそれぞれに与えられ、Aランク以下の試合を観戦するもよし、カーテンを閉め、午後から行われる己の試合の為に集中するもよし、という待遇を受けている。
「どうでしたか?」
「ん、ソフィアならもう大丈夫。思ってたより……ずっと強くなってたよ」
その一室に、ロード達の姿もあった。
特例措置として、パーティメンバー、及び参加者の親族の同室が許されているが、試合中は当然のこと、試合外でのサポートも一切禁止であり、破った場合は即失格。
更には、冒険者資格の永久剥奪という、重い処分のおまけ付きである。
「そうですか……よかった……あ、ブランス様とはもうお会い出来ないようです。念の為、係りの方に尋ねておきました」
「そっか……まぁ、当然だよな。一緒に見られないのは残念だけど。あ、念の為にもう1回……」
「どうぞ」
「……さすがだね」
ロードは、すかさず手渡された紙を受け取ると、それに視線を落とした。
―――――――――――――――――――――
シュメール闘技大会ルール
1、気絶や負傷を含む、戦闘続行不可能となった者は、即敗退となる。
2、場外に出た者は即敗退となる。
3、魔石、及びアイテムの使用禁止。それを破った者は、即敗退となる。
4、誰かを殺めた場合、即敗退となる。
5、他者からのサポートを受けた者は、即敗退となる。
6、正々堂々、相手に敬意を払うこと。過剰な攻撃、及び見るに耐えない非道な行いは、断じて許されない。運営側がそう判断した場合、その者は即敗退となる。
7、項目4、5、6を破った者は、その冒険者資格を永久に剥奪するものとする。また、5の場合、サポートをした者にも罰が与えられる。
以上
―――――――――――――――――――――
「やっぱり、だいたいニーベルグと同じだな」
「ええ。多少ニーベルグより厳罰が重い箇所もありますが、概ね同じと言ってよいでしょう。まぁ、そう大きく変わるものでもないですしね」
「うん。あとは試合形式くらいか……」
「はい。それは開会式で発表されるようです。あ、そういえば、Sランク以上は人数がかなり少なかったみたいですね。予選がないみたいですし」
「らしいね。開会式とはまた別に、午後から個別に選手紹介するって話だし……まぁ、そんなに数もいないからな」
「そうですね」
Sランクで約1000人、SSランクで約100人と、人数はちょうど10分の1ずつ減っていき、最高ランクであるSSSランクに至っては、たった10人しかいない。
因みに、今現在、冒険者の総人口はおよそ5万人。
その中には、開店休業状態の者も多く含まれてはいるが、それでもその割合が示す通り、Aランク以下とSランク以上には明確な壁が存在していることが分かる。
「それに、Sランク以上の方は、冒険者として大成されていると言えます。依頼をこなすだけで生計は立てられますし、賞金目当てという意味合いが薄れますからね」
「うん。あるとすれば単純な腕試しか、更に上を目指す為に名を売りたいとか……今回参加しているのも、多分そういう人達だろう」
「ですね。それにしても、優勝賞金の額には驚きました。Aランク以下の部で500万ゴールド、Sランク以上で1000万ゴールドとは……」
「うん……ニーベルグは副賞もあったけど、賞金は500万ゴールドだったからね。2位以下の賞金も含めれば、シュメールの方が多いんじゃないかな?」
「それだけ力を入れているということでしょう……あ、ロード様、そろそろ始まるみたいですよ」
闘技場は楕円形であり、その尖った方の両端には、それぞれ映像魔石が接続された巨大なガラス板が設置されている。
片方の下には通常通りの観客席が広がっているが、もう片方の下にはバルコニーのようにせり出した空間があった。
そこにはいくつかの豪華な椅子が設置されており、またその先端には、声量を増幅する魔石がついた台座が置かれていた。
そして、先程まで誰もいなかったその空間に、続々と護衛の兵士が並び始め、やがて1人の男が悠然と姿を現す。
直後、歓声と拍手の音が闘技場を包み込んだ。
「あれが……」
「ええ。あの方こそ、第7代シュメール国王……ロバート陛下です」
シュメール国王、ロバート=ヴィラニウス=シュメール。40歳。
ここ数年で、シュメールを強国と呼ばれるにまで繁栄させたのは、間違いなく彼の手腕によるものであった。
その実績に加え、端正なルックスや気さくな人柄も相まって、国民からの支持は非常に高い。
また、早くに父を亡くし、若くして王になったという点が類似していたこともあってか、オリンポス国王であるザディアック=オリンポスとの親交が深く、それも今日のシュメール躍進に繋がったと言われている。
「身体が大きい……かなり鍛えてるみたいだね」
「ええ。それに、見せかけではないようです。しかし、国王自らとは……あ、始まりますね」
シュメール王が壇上に上がり手を挙げると、段々と歓声が鎮まっていく。
やがて生まれた静寂の中で、シュメール王は優しく微笑んだ後、ゆっくりと口を開いた。
『皆、ありがとう。今日という日を無事に迎えられたこと、心より嬉しく思う。シュメールにおける初の闘技大会開催……これは、私1人では到底成し得なかったことだ。まずは、この素晴らしい闘技場を建設してくれた腕のいい職人達に、そして、私の想いを受け止め、力を貸してくれたシュメール国民全てに対し、改めて感謝を述べたい。本当にありがとう』
深々と頭を下げる彼に対し、再び大きな歓声が沸き起こる。
『さて、今回参加してくれる冒険者達は、総勢252名と聞いている。これだけ多くの冒険者達が集まってくれたこともまた、このシュメールが一つ上の段階へ至った証だと、私はそう思う。冒険者という存在は、もはやこの世界になくてはならないものだ。先の竜族による侵攻も、最終的にはかの英雄……SSSランクのズィード氏が、竜王ヨルムンガンドを打ち負かしたことで決着している。故に、我らはより知らなければならない。冒険者という、誇り高き存在のことを。さぁ、迎えよう……我らの英雄達を!』
その声に合わせ、ファンファーレの音が闘技場に鳴り響いた。
再び大きな歓声が上がると同時、シュメール王の対角線場にある入場口がゆっくりと開いていく。
そして、そこから200を超える冒険者達が姿を現すと、歓声がより一層大きくなっていった。
「なんか懐かしいな。あの時は下にいたけど」
「そうですね……って、ロード様も後で出るんですよ?」
「あ、そうだね。ちょっと気を抜き過ぎかな?」
「ふふっ……さてソフィアは……あ、いましたよロード様!」
「え? どこ?」
「一番後ろに! ふふっ……あの子らしいです」
歓声を浴びながら、試合場へと向けて進む冒険者達。
その最後尾に、ソフィアの姿があった。
「あ、ほんとだ。確かにソフィアらしいね。でも……」
「はい……心配ないみたいですね」
彼女は下を向くことなく、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
そして、遠くからでも分かるその強い眼差しを見て、2人は自然と笑顔を浮かべる。
「頑張れ……ソフィア」
そう呟くレヴィの背に、ロードはそっと左手を添える。
その姿は、まるで我が子を見つめる両親のようであった。
そんな2人が見守る中、やがて縦横100メートルの試合場が冒険者達によって埋まると、ファンファーレの音が途絶え、再びシュメール王が手を挙げる。
『冒険者諸君ッ! 良き日、良い時に我らが恵まれたことを、まずは共に喜ぼうではないかッ! そして、今日という素晴らしい日は、間違いなくシュメールの歴史に刻まれ、永遠に語り継がれることとなるだろうッ!』
先程民衆に語りかけたのとはまた違う、強く激しい王の声。
その言葉に、冒険者達の顔つきはみるみる変わり、その拳が強く握られていく。
そして、彼らの身体から、魔力と闘志が迸り始めていた。
『諸君らは今ッ! 後の世の英雄譚の中にいるッ! さぁ舞台は出来たッ! 我らという語り部もいるッ! 残るは……諸君らが紡ぐ物語だけだッ!』
「「「「うぉぉぉぉおおぉぉぉおッ!!!」」」」
自然と上がる雄叫びが、闘技場全体へと波及する。
これもまた、王の力。
この場は既に、彼の言葉の中にあった。
『よろしいッ! では始めよう英雄達よッ! 私はここにッ! 第1回シュメール闘技大会の開催を宣言するッ!!』




