第327話:念
「ごッ……!」
瞬間、巨体が跳ね、そして消える。
「ひぃっ!?」
メルが思わず耳を塞ぐ程の轟音。
人が人を打つ音としては、それはあまりにも異質過ぎた。
「がッ……ぐッ……! がはぁッ!」
ドラグヴァンディルは二度三度と大地を跳ねた後、レヴィが作成した鎖の手間でようやく止まる。
その左腕はどす黒く変色し、負ったダメージの深刻さを、見ていた者全てに一瞬で分からせていた。
「今……一瞬消えたよね……?」
「え、ええ……」
「あり得ないでしょあんなの……剣が刺さったまま持ち上げて……あのおっきなドラグヴァンディルが消えるくらい速く……」
「例外なのだ。ヘラクレスは」
「れ、例外?」
「先に話したであろう。武具の"格"について」
「え? う、うん……あ……」
その時、メルは思い出す。
トライデントの説明通りならば、武具の"格"は神との関わりが強ければ強い程に高くなるもの。
だが、ヘラクレスは――――
「今我らが目にしている武具のヘラクレスは、大英雄ヘラクレスが作った存在だ。つまり、神は一切関わっていない。だが……」
「ヘラクレス様の強さは、他の武具様と比べても圧倒的……いかに"格"が強さに直結しないとはいえ、その観点からすれば……尋常ではないですね」
「そう……故にあれは例外なのだ。大英雄ヘラクレスは、最期まで不敗のままこの世を去ったと聞く。全ては民の想い……念だ。"大英雄は敗れない"。民から見て、神より近い場所にいたが故に、たった1人の人間は、そうして本当に神となったのだ。それが奴の真なる力」
「負けない……力……」
全員の視線が、中央に立つヘラクレスへと向けられる。
古の民がそうだったように、尊敬と畏怖の念を込めて。
「フ……」
そのヘラクレスは、自身の左腕を見ながらニヤリと笑う。
そこに継承剣の姿はなく、ざっくりと開いた傷口から、大量の血が流れ出していた。
「ぬ……ぐ……」
地に伏せていたドラグヴァンディルが立ち上がる。
その右手に、しっかりと己が身を掴んだまま。
「我が一撃を喰らって尚……放さぬか」
ヘラクレスの一撃が迫る中、ドラグヴァンディルは咄嗟に身体を捻り、左腕を犠牲にして致命傷を避けていた。
とはいえ、剣を手放していれば躱せていた可能性は高い。
だが――――
「ふはは……け、剣がこの身を離れた時ッ……それこそが……真の敗北なりッ! たとえ肉体が砕けようとも、それだけは……それだけは魂が赦せぬのよッ!」
故に、ドラグヴァンディルは放さなかったのだ。
それが彼の矜持。
放してはならない……いや、決して放せるものではない。
その強い想いが生んだ力と、ヘラクレス全力の一撃により、継承剣は彼女の手から抜け、今尚彼の手の中で光り輝いていた。
「……見事」
「ヘラクレスよッ!」
ドラグヴァンディルの剣が、真っ直ぐにヘラクレスへと向けられる。
「主人に貰いしこの身体……儂にまだ動けと言っておるわッ!」
声を出す度に、身体中に激痛が走る。
しかし、生まれて初めて感ずるそれが、今は逆に彼を奮い立たせていた。
「……あい分かった」
ヘラクレスもまた、右手1本で握った大英雄の棍棒をドラグヴァンディルへと向ける。
互いに片腕は使えず、残された時間も長くはない。
故に両者は――――
「「いざッ!」」
全力で、ただ前へと足を出した。
「はぁぁぁぁあッ!」
「おぉぉおッ!」
両者は走り、そのまま互いの伝説を振りかぶる。
そうして間合いに入った刹那、両者の踏み込みが大地を揺らした。
「ひっ!?」
再び鳴り響く轟音。
腹の底へと叩き込まれるかのようなそれに、メルの身体が震えていた。
「えっ……み、見えなっ……!」
「凄い……あれだけ巨大な武器がほとんど……」
両者は足を止め、その場で己が身を放ち続ける。
それは、レヴィですら目で追うのがやっとという凄まじい攻防。
剣と棍棒がぶつかり合う音が、その衝撃とともに絶え間なく鳴り続ける。
「ぬえいりゃッ!」
「おッ……あぁぁぁあッ!」
一見すると互角の打ち合い。
しかし、一歩、また一歩と、ドラグヴァンディルの足が後ろへ退がっていく。
ダメージを負っていた所為もあった。
だが、何よりも……。
「さ、更に速く……!」
「もー全然見えないよぉっ!」
ヘラクレスの連撃が、更に回転数を増していく。
背中の筋肉はこれ以上ない程に隆起し、踏み込む足は、まるで踊るように大地を抉っていた。
無論、彼女は最初から全力を出している。
だが、大英雄ヘラクレスはそれ以上を求められた時、いつ何時も……それを軽々と超えてきた。
だからこそ――――
「ドラグヴァンディルよッ……!」
「ぐおッ!?」
継承剣が弾かれ、腕ごと空へと跳ね上がる。
そうして開いた胴体への道。
「がッ……あッ……!」
ドラグヴァンディルの身体がくの字に曲がる。
大英雄の一撃は迷うことなく、その道の上をなぞったのだった。
「お主もまた……強敵であったッ!」
「勝負ありッ!」
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「ドラグヴァンディル……大丈夫か?」
地面に大の字になって寝転がるドラグヴァンディルに対し、ロードは心配そうに声を掛ける。
「なんとかな……しかし、これが痛みというものか。フッ……なかなかに堪えるものよ。それより、ヘラクレスの腕は?」
「大事ない。この程度、放っておけば勝手に治る」
「そうか……儂もしばらく休めば元に戻るだろう」
「うむ……さて、ドラグヴァンディルよ」
ヘラクレスは右手を彼へと差し出す。
「感謝する。実によい戦だった」
笑顔でそう言った彼女に、彼もまた笑顔を見せる。
そして、身体を起こし、その手を強く握りしめた。
「……ああ。儂も滾った。また闘ろう」
「フッ……望むところよ」
「……じゃ、手帳に戻すよ。2人ともまたな」
「うむ。さらばだ継承者よ。また呼んでくれ」
「次があればよいが……まぁ、なくともよいか。十分楽しめたわ。ではな所持者よ……また会おう」
ロードは頷くと、満足気な表情を見せる2人から魔力を抜き、本来の姿へと戻した。
そうして2人を手に、レヴィ達へ向けて歩き出す。
「お疲れ様でした。ロード様」
「うん。メル、2人を頼む」
「はいはーい。んしょっと……それにしても、またまた凄い戦いだったねぇ。闘技場がめちゃくちゃだもん」
「うーん……少し場所をずらした方がいいかもな」
「かしこまりました。ではすぐに」
「頼む。俺はその間に次を引いておくよ。さて、あと残ってるのは、デュランダルにゲイボー、それからガラドボルグとエクスカリバーだな」
「また凄いことになるんだろうねぇ……」
「ふふふ……案外あっさりと終わるやもしれんぞ?」
「えっ? な、なんで?」
「組み合わせ次第だが……相性とはそういうものだ。まぁ、やれば分かる」
そう言って、トライデントは不敵に笑う。
不思議そうな顔をするロードとメルだったが、この後に行われた試合によって、すぐにそれを理解することとなるのだった。




