第326話:応
「じゅ、重量級の2人だね……分かった」
メルはページをめくり、巨大な曲刀のドラグヴァンディルと、やはり巨大な棍棒であるヘラクレスを呼び出す。
ロードはその2人を受け取ると、いつものように魔力を込めた。
「ヘラクレスとしては、女子と当たらずに済んで良かったというところか。まぁ、運も実力のうちと言うしな」
トライデントが言うように、ヘラクレスには"女性を攻撃することが出来ない"という制約がある。
つまり、この後の試合で女性の武具だけが勝ち残った場合、その時点でヘラクレスの敗退が決まってしまう。
「ですね。まぁ、恐らくヘラクレス様は、少しでも戦えればそれでいい……といったお気持ちなのではないでしょうか」
「で、あろうな。それにしても、相手がドラグヴァンディルとは……ふふ……」
そうして現れた2人の巨人が、ロードを挟んで無言のまま睨み合う。
ドラグヴァンディルの身長は約3メートル。
対するヘラクレスの身長は約4メートル。
「うひゃ……」
その2人が放つ静かな威圧感に、メルは思わず唾を飲み込んだ。
「……所持者よ、よくぞ引き当ててくれた。感謝する」
数秒の後、ヘラクレスは視線をそのままに、そう言って口角を吊り上げる。
彼女が最も望む戦いとは、力と力をぶつけ合う純粋な白兵戦。
それが叶う相手として、ドラグヴァンディルはまさに理想そのものであった。
「継承者よ、儂からも礼を言おう。この魂の震え……形容し難い高揚感……この一戦に巡り会わせてくれただけで、万の戦に力を貸す……借りが出来たわ」
ドラグヴァンディルもまた、そう言ってニヤリと笑う。
互いが互いに理解していたのだ。
目の前の存在が、まごうことなき好敵手であると。
「……じゃ、2人とも中央へ」
ロードは無言で頷いた後、2人にそう声を掛ける。
"やり過ぎないように"や、"危険だと判断したら止める"、といった言葉を掛けようとしたのだが、それらが無粋であると判断したのだ。
もはや言葉は不要であり、ただ見守るだけだと。
両雄が試合場の中央に立つと、空気は更に重くなり、ロードは息苦しささえ覚え始める。
無音だった。
嵐の前の静けさとはまさにこのことであると、ロードはそう思いながら右手を空へと向ける。
それと同時、両者の武器を持つ手の筋が……より一層深くなった。
「始めッ! ぐッ!?」
直後、ロードの身体に比喩ではない本物の衝撃が走った。
全身が揺さぶられ、鼓膜を通して伝わった振動が脳の中で暴れ狂う。
「ぬぅぅッ!」
「かぁぁぁぁあッ!」
驚愕の邂逅。
それは、己が身を両手で握り、互いに上段から振り下ろしただけであった。
技も駆け引きもない、ただひたすらに純粋な力のみの一撃。
それが空気を破裂させ、ロードの身体を仰け反らせる程の衝撃を生んでいた。
そうして交差した棍棒と曲刀はせめぎ合い、一歩も譲らない両者の筋肉が、爆殺しそうな程に震えながら隆起していく。
そして――――
「ぬうぅ……らぁぁぁぁあッ!」
「おおッ!?」
ヘラクレスは鍔迫り合いの状況から棍棒を一気に振り抜き、ドラグヴァンディルの巨体を後方へと吹き飛ばす。
単純な力と力の勝負は、ヘラクレスの剛腕に軍配が上がった。
「ぬッ……くッ! な、なんたる膂力ッ……!」
よもや自身の巨体が吹き飛ばされるなどとは思ってもいなかったドラグヴァンディルは、態勢を立て直しながらヘラクレスの力に驚愕し、そして称賛する。
それと同時に、心の中に喜びの感情が湧き上がるのを感じていた。
「おぉぉぉッ!」
「これこそがッ……!」
雄叫びを上げ、己へと猛進するヘラクレスに対し、彼は笑みを浮かべながら魔力を練り上げる。
「ぬうッ……!」
「儂が求めた……戦なりッ!」
ドラグヴァンディルから溢れ出る膨大な魔力。
代々受け継がれてきたその力により、ヘラクレスの放つ渾身の一撃を、片手で握った曲刀が受け止める。
「こ、これは……先ほどよりッ……!」
「純粋な力比べはぬしの勝ちよッ! だがッ!」
「うおぉッ!?」
彼はヘラクレスの腰布を片手で掴むと、そのまま上へと持ち上げる。
魔力による身体能力の向上。
それは、4メートルを超える巨体のヘラクレスですら――――
「我が力はッ……紡がれしこの魔力なりッ!」
その咆哮とともに、ヘラクレスの身体が大地に叩きつけられた。
「がッ……!」
瞬間大地が揺れ、地鳴りが響く。
それだけで、その衝撃の凄まじさを見る者全てが理解した。
「ぬぅえいりゃぁぁぁぁあッ!」
続けざまに振り下ろされる継承剣が、ヘラクレスの頭部へと迫る。
「ぐッ……!」
間一髪で棍棒を盾にし、それを防いだヘラクレスだったが、凄まじい衝撃に顔が歪む。
更に身体は地面に沈み、両腕の筋肉が悲鳴を上げていた。
「ふんッ!」
「ぐッ……おッ……!」
容赦のない追い討ちの曲刀が、大地を背にしたヘラクレスへと何度も振り下ろされる。
起き上がることすら許されず、彼女の額からは大量の汗が吹き出していた。
「ド、ドラグヴァンディルつよっ!」
「こうなってしまっては……」
「ふふふ……確かに……これは勝負ありといったところなのだろうな。まぁ、相手がヘラクレスでなければ……だが」
「えっ?」
「あっ!」
メルの声に導かれ、レヴィの視線が試合場へと移る。
「なッ!?」
その時彼女が見たものは、ドラグヴァンディルの剛剣を左の前腕に食い込ませ、そのまま立ち上がろうとするヘラクレスの姿であった。
「わ、我が剣を生身でッ……!」
「……見事だ。持ち上げられ、叩きつけられたことも、ここまで打ち込まれたことも……いくら遡っても記憶にない。連綿と受け継がれし伝説の剣……継承剣ドラグヴァンディル。その名に恥じぬ至高の力、しかと味わわせてもらった」
「ちぃッ……ぐッ!?」
抜けなかった。
引こうが、押そうが、捻ろうが……継承剣はヘラクレスの腕と一体化したかの如く、彼がどれだけ力を込めようが一切微動だにしない。
それどころか、彼女の腕からは血の一滴も流れていなかった。
「ならばッ! このヘラクレスもッ……!」
「おッ……おおッ!?」
完全に立ち上がったヘラクレスは、剣を食い込ませたまま、その左腕をゆっくりと上げていく。
そして、それを握るドラグヴァンディルの身体が……地面から離れた。
「な、なんというッ……!」
「全力で……応えねばなるまいッ! はぁぁぁぁあッ……!」
そうしてヘラクレスは、持ち上げたドラグヴァンディルに向け――――
「つえぃりゃぁぁぁぁぁあッ!」
右手に握った伝説を……全力で叩き込んだのだった。




