第287話:空白
「ちょ、ちょっと……嘘でしょ!?」
「ティ、ティア! 馬車止めて!」
「あっ! 止まってアトリオン!」
ティアは慌てて手綱を引いて馬車を止める。
アトリオンの嘶きが轟いて尚、灰色の鎧を着た男はうつ伏せに倒れたまま全く動く気配がない。
2人は急いで馬車を降り、その男の下へと駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あのっ! うっ……これもう……」
男を揺すろうと首に手を置いたティアだったが、その身体から伝わる冷たさに、思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
「凄い大きな剣を背負ってるけど、ひょっとして冒険者の人かなぁ……てか、こんな鎧着てたらそりゃ冷えるよ……!」
男の背中には身の丈ほどの大剣が吊るしてあり、身につけている灰色のフルプレートメイルは氷のように冷たくなっていた。
近くには男の所持品と思われる大きめの麻袋が落ちていたが、マントなどの防寒具は見当たらない。
「昨日までは天気が良かったから、私達みたいに甘く考えてたのかも……」
「うぅ……」
「あっ!」
その時、小さな呻き声とともに、男の身体が微かに揺れる。
「この人まだ生きてる!」
「は、早く馬車に! ぐっ……おっもっ……!」
「だ、駄目っ……ビクともしない……! 体格もいいけど、鎧と剣が重過ぎるんだ……ねぇ、ティアの魔法でなんとかならない!?」
「あ、そだね! 今使えるのは……よし、この風で……!」
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あったかい……。
やっぱり焚き火って、見ているだけでなんだか落ち着くなぁ。
「ねぇティア、薪ってあとどれくらいある?」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
焚き火の調整をしていたアスナにそう言われ、私は残っている薪を数えに馬車の中へと入った。
「んー、あんまりないね。一晩は大丈夫だと思うけど……」
料理を作る時に使うから、枯れ木を見かけたら拾うようにはしていた。
でも、こんなことになるとは思わなかったからなぁ……。
「吹雪がやんでくれないとやばいかも。生木を燃やすと煙いし……もうちょっと拾っておけばよかったねぇ」
「んー、この辺りは山も多いし、天気が変わりやすいみたいだね。それにしても、こんなに吹雪くとは思わなかったなぁ。甘く見てたね」
確かに……。
アスナの言う通り、北の大地をちょっと舐めていたかもしれない。
「吹雪がやんだら薪拾いしなきゃ。このおじさんを温め続けてあげないと……」
そう言いながら、アスナは焚き火の側に寝かせたおじさんの方を見る。
ブロンドの短い髪に浅黒い肌、顎には無精髭がびっしりと生え、見た感じ三十代後半くらい。
温める為に鎧を脱がせたら、その下に着ていた服ごしでも分かる程、かなり身体は鍛えられていた。
こんなところにあんな装備で、しかも1人でいたことから考えても、やっぱり私達と同じ冒険者かなぁ。
「私達は平気だけど、おじさんがもたないもんね」
自然魔法で寒さは防げる。
でも、倒れていたおじさんは、冷えた身体を温めてあげないと本当に死んでしまう可能性があった。
「野菜スープでも作ろっか。おじさんが目を覚ましたら飲ませてあげたいし」
「だね! お腹も空いたし! えーっと鍋は……」
「あ! ティア!」
「えっ?」
アスナの声に振り向くと、倒れていたおじさんの目が開いているのが見えた。
どうやら意識を取り戻したらしい。
「ん……お……?」
「あの、大丈夫ですか?」
「え……お、俺は……んぐっ……!」
アスナの声かけに反応し、おじさんは身体を起こそうとするが、冷え切っている所為か上手く動けないようだ。
「あ、まだ寝てた方がいいですよ」
「な、何がどうなって……あれ……鎧……なんだこれ……布?」
どうやら混乱してるみたい。
まぁ、無理もないか。
「鎧は邪魔だったんで脱がしちゃいました。身体が冷えてたので、お湯に浸した布で……」
「身体……冷えて?」
「おじさんね、雪に埋もれて倒れてたんだ。たまたま私達が見つけたからよかったけど、そうじゃなかったら死んでたよ?」
「マ、マジか……ったく、情けねぇ……」
やっと状況が飲み込めたみたい。
んー……それにしても、やっぱりこのおじさんどこかで見たような気がする。
声にも聞き覚えがあるんだけど……駄目だ。思い出せない。
さっきアスナにも聞いたけど知らないって言ってたし、私の気のせいかなぁ?
「よく分かんねぇが……どうやら助けられちまったみてぇだな。ありがとよ嬢ちゃん達。おかげで死なずに済んだ」
うん……顔は怖いけどいい人っぽい。
まぁ、悪い人だったらまた埋めちゃうけど。
「いえいえ。とにかく無事でよかったです。あ、私はアスナで、こっちはティアです」
「よろしくね! で、おじさん名前は?」
「ああ、俺は……あー……ベルグだ。よろしくな」
ベルグさん……知らない名前だ。
私を見ても何も言ってこないし、やっぱり気のせいだったかな?
「ところで、嬢ちゃん達はこの辺に住んでるのか?」
「いえ、一応私達冒険者でして。北の方に用事があるんですよ」
「こんな時に……依頼でも受けたのか?」
「あ、いや、個人的な理由です。ちょっと人を探してまして」
「へぇ、そいつは奇遇だな。俺も似たようなもんだよ。人のこと言えた義理じゃなかったな」
「あ、そうなんだ。じゃあ、ベルグさんも冒険者?」
「え? あー……そうそう。俺も冒険者だ。ちょっと依頼を受けてな」
んー……なんだろ。
さっきからなんか様子が……まだ頭がはっきりしてないのかな?
「つか、さっきから気になってたんだが……ここはどこなんだ? 洞窟にしては妙に明るいが……」
「私の魔法で作った雪のドームの中だよ」
風を操ってベルグさんを馬車に乗せた後、私達は道から森に入り、焚き火が出来る場所を探した。
でも、近くに洞窟なんかもなく、結局見つかったのは、木が倒れて出来た少し広めの空間だけだった。
時間もなかったし、仕方なく自然魔法で雪を操り、子供の頃に読んだ絵本に描いてあった雪の家を作ったのだった。
「へぇ、じゃあ雪魔法……あ、それとも物質操作系か?」
「ん、まぁそんなとこかな」
本当は違うけど。
イストを出る前、ガガンさんに何度も言われたからね……自分の魔法を簡単に話すなって。
特に、初対面の人には。
「お、煙突もあるのか。なるほど……これなら火を焚いても問題ねぇな。地面に敷いてあんのは木の葉っぱと皮か」
「うん。雪で木が倒れてたからね。丁度よかったんだ」
「馬も馬車もまるごと入る広さか……大したもんだ。ティアはかなりの使い手みたいだな」
「え、えへへ……それほどでも……」
「ふふっ……じゃ、私は食事の支度をするね。ティア、焚き火とベルグさんよろしく」
「はーい」
馬車へ向かうアスナと入れ替わり、焚き火の側に腰掛ける。
ふとベルグさんを見ると、なんだかさっきより真剣な表情で天井を見つめていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……ちょいと依頼のことを考えててな」
「そっか。大事な依頼なんだね」
「ああ……まぁな」
「そういえばさ、ベルグさんも人を探してるって言ってたよね? なんて人なの?」
「ん、ああ……スカークって奴を探してるんだ。北の方にいるってのは分かったんだが、どこにいるかまでは分からなくてな。とりあえず北に向かってたんだが、この吹雪にやられちまったって訳だ」
「スカーク……どっかで聞いたような……」
「有名っちゃ有名だからな。SSランク冒険者で、又の名を"空白"。"神殺し"のバーンと同じ……黄金世代の1人だよ」




