第270話:背後
ロードはハルパーに生命を与える。
すると、湾曲した剣は宙に浮かび、白い光を放ちながら人型へと姿を変えた。
「……どうも」
現れたのは、白い服を着た色白の青年。
彼はか細い声でそう言うと、ブロンドの短い髪を揺らしながら、ロード達に向けてぺこりと頭を下げた。
「よろしくなハルパー」
「はい……よろしくお願いします」
一見礼儀正しく思えるその姿。
だが、色々な意味で希薄だと、ロードはそう感じた。
何故なら今まで彼が会ってきた武具達からは、語らずとも溢れ出る"何か"があったから。
それは抽象的なもので、例えば過去の英雄達を想像させる威圧感だったり、尋常ならざる魔力であったり、または魂から迸る強い想いだったりするのだが、今対面するハルパーからは、およそそういったものを感じない。
威圧感も、魔力も、想いすらも。
「ハルパー、一つ聞いてもいいかな?」
「はい? なんでしょうか?」
「君が参加した理由って、やっぱり戦いたかったから?」
ロードの問いに、ハルパーは小首を傾げた後、視線を上へと向ける。
「はぁ……まぁ、そうですね。後は誘われたからというのもありますけど」
「そっか……分かった」
「おっしゃあっ! やるぞハルパー!」
「はい」
「じゃ、中央へ」
対照的な2人を引き連れ、ロードは闘技場の中央へ立つ。
両者は数メートル離れて向かい合い、申し合わせたかのように同時に剣を腰から抜いた。
ウルフバートはやはりフラついており、本人的には真っ直ぐ構えているつもりなのだろうが、剣先が明後日の方向に向いている。
対するハルパーは、その特殊な剣をだらりと持ち、静かにウルフバートを見つめていた。
「2人ともいいな? じゃあ……始めッ!」
「いくぞぉぉぉお!」
開始と同時に走り出すウルフバート。
ハルパーは動かず、やはりじっと彼女を見つめ続ける。
「おりゃぁぁぁあ!」
そうして振り下ろされた曲剣が――――
「あっ!?」
空を切った直後だった。
「……なんで止めるんですか?」
「動くなよ……ウルフバート」
「へっ!? あ、え……い、いつの間に!?」
ハルパーの湾曲した刃がウルフバートの首に触れる寸前、ロードの銀の手がそれを止めていた。
何も感じなかったハルパーから漏れた……凄まじい殺気に反応して。
本当なら魔法を解除して止めるつもりだったのだが、それよりも早く身体が勝手に動いていたのだ。
だが、そうしなければウルフバートの首は間違いなく飛んでいただろう。
「ハルパー……一応聞くけど、止める気はあったか?」
「え? なんでですか?」
「なんでって……これはあくまで試合なんだ。殺し合いじゃない」
「よく分かりませんが、僕はこれしか知らないので。どうやったら首を狩れるのか……それだけです」
悪意のない殺意。
ハルパーは、ただひたすらに純粋だった。
首を狩るというただ一点に全ては注がれ、それ以外は彼の中に存在しない。
果たしてそれが最初からそうだったのか、それともかつての使い手によってそうなったのかは分からないが、それを感じたロードは一つ息を吐いた後に口を開く。
「そうか……危険だと判断し、この試合は両者敗退とする。2人ともいいな?」
ウルフバートが負けたことは間違いないが、ハルパーのそれを許す訳にもいかない。
それ故のルールである。
「あ、はい」
「い、いいから剣をどかしてくれよぉ!」
ロードはその場で魔力を抜き、2人を剣の姿へと戻した後、レヴィ達の下へと向かう。
そうして彼は歩きながら、先程のハルパーの動きを思い返していた。
「ああいった奴もいる。あまり気にせぬことだ」
帰ってきたロードに、クラウソラスはそう声を掛ける。
「ん、ああ……ハルパーとはまた話さなきゃだな」
「うむ。我らは使い手に似ることもあるでな。時をかければ開くやもしれん」
ゲイボルグがそうであったように、またヘラクレスに至っては、ほとんど英雄ヘラクレスと変わらない性格をしているなど、武具達が使用者の性格に寄ることは多い。
「それにしても不思議ですね……こう言ってはなんですが、ハルパー様はそこまで……」
「うん。レヴィが感じた通り、ハルパーは速いんじゃない。どうやったら背後に回れるかを知り尽くしているんだ」
レヴィ達の場所から見えた光景は、ウルフバートの剣をひらりと躱し、彼女の背後に回り込むハルパーの姿。
それは決して速い動きではなかったのだが、当のウルフバートが全く気付いていないというのが解せなかて。
だが、近くから見ていたロードは気付いていた。
「ハルパーはウルフバートをじっと見つめてた。多分あれは観察してたんだと思う。どうやれば背後に回れるのか、そしてその首を狩れるのかを探る為に。呼吸や構え、フラつきなんかもそうだけど、多分一番重要なのは……目かな」
「目……ですか?」
「うん。ウルフバートは背後に回られたことに全然気付いてなかった。そんなに速い動きじゃなかったから、いくら彼女が本調子でないとはいえさすがにおかしい。なんせ目の前にいて、しかも剣を振り下ろしてる訳だからな。だからその瞬間だけ……ウルフバートにはハルパーが見えていなかったことになる。でも、ハルパーに姿を隠すような力はない。となると、そういう技術を使っているとしか……レヴィ、目の前に立って俺を見ていてくれ」
「え? あ、はい……」
レヴィは指示された場所に立ち、ロードをじっと見つめる。
その直後。
「えっ……」
「見えた?」
「きゃっ!?」
一瞬でロードが消え、更に突然背後から声を掛けられたことでレヴィが飛び上がる。
「ど、どうやったんですか……?」
「レヴィのまばたきに合わせて移動したんだ。こんなに上手くいくとは思わなかったけど」
「まばたきって……そんなことよく出来ますね……あ、ではハルパー様もこうやって?」
「多分な。俺が上手く出来たのはたまたまだし、そもそもレヴィは立ってるだけだったからね。ハルパーは今の何十倍も難しいことをやってる。斬りかかってくる相手の動きを見ながら、そのまばたきに合わせて背後に移動し、そして首へ……何百何千と繰り返した動きなんだろうな。なんとか止められたけど、本当にギリギリだった」
ハルパーの能力を最大限に生かす為の技。
かつての英雄が生み出したそれは、彼自身のものとなっていたのだった。
「というか……ロードはよく気付いたね」
「最初はウルフバートの死角……右眼の眼帯を利用したのかなって思ったんだけど、よく思い返すとハルパーは逆から回り込んでたんだ。多分、眼帯がフェイクの可能性も考慮してたんだと思う。だからそれしかないかなって」
「よ、よく見てるね……全然分かんなかった」
「凄い技術だよ。実戦じゃまず真似出来ない。だから、今度話す時は色々聞いてみたいな。なんで力を貸してくれたのかも含めて……色々と」
ロードは手に持っていたハルパーへ語りかけるようにそう言うと、ウルフバートと合わせて手帳にしまう。
そして、箱の中へと手を入れた。
「じゃ、次にいくぞ。1人目は……ジュワユーズか。会うのは初めてだな。それと……ん、きたか」
続けて引いた2人目。
ロードは何人かいる優勝候補の中で、この人こそ本命だと思っている武具がいた。
その名は――――
「ガラドボルグ」




