第246話:巨樹
「わ、私と……ゆっくり……ですか?」
レヴィ……めちゃくちゃ驚いてる。
よっぽど意外だったんだね……。
「う、うん……ずっと戦い詰めだったからさ……どうかな?」
レヴィは俯いた後、スカートをぎゅっと握って顔を上げる。
その顔は――――
「……嬉しいです。ロード様は頑張り過ぎでしたから……本当に嬉しいですっ!」
そう言って彼女はニコッと笑った。
……可愛い。
「武具様達の願いを叶えながら、というのも素敵ですね。楽しそうです」
「だろ? まぁ、まずはこのギリシアからだね」
「ですね! ふふっ!」
……レヴィが嬉しそうでよかった。
いっぱい心配させちゃったからな。
少しは返さないと。
「おっ……!」
「あ、この地響きは……」
背後から聞こえてくるそれに振り返ると、建物と建物の間から青草色の鎧に包まれたその巨体がぬっと現れた。
自身である巨大な槍を背負った彼は、10メートルを超える大きな身体を揺らしながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その両肩に、自身の身体よりも大きな木材を乗せて。
「おお、あやつか。随分評判がいいぞ。なんでも持ち上げちまうし、無駄口を叩かずに働き続けるとな」
「そうですか。初めて呼んだ時はあまりに大きいんで驚きましたけど、復興にはピッタリの人でしたね」
やがて俺達の前まできた彼は、担いでいた木材をゆっくりと地面に下ろした。
「お疲れ様。マルテ」
「うん。あ、ろーど……みすてぃるていんがよんでる。おれ、これをはこぶとちゅうだったけど、すこしやすめっていわれた」
「ミスティルテインが? なんだろう……分かった。ありがとうマルテ。少し休んでくれ」
「あい」
「あ、マルテはよく働くって評判らしいぞ。ありがとな」
「そか……よかった」
フルフェイスの兜を着けている所為で表情は分からなかったが、その声は少し嬉しそうだった。
可愛いなぁ……。
「お疲れ様ですマルテ様。お紅茶はいかがですか?」
「もらう」
「かしこまりました」
「レヴィ、俺はミスティルテインのとこへ行ってくる。ここで待っててくれ」
「はい、ロード様。お待ちしております」
「よし、儂ももう一働きしてくるかの。レヴィ、美味い紅茶をありがとう。おかげで身体が休まったわい」
「ふふっ……よかったです。ヴォルクスファング様、また」
「じゃ、ヴォルクスファングさん、また後で」
「おう。またな」
――――――――――――――――――――――
「うお……こりゃ凄いな。もうこんなに成長したのか……」
ギリシア城がある中心部から少し南に行くと、そこにはミスティルテインの力で生えた巨樹が何本も生えている。
奥に見える壁よりも高いから、1本が4、50メートルはあるだろうか。
町の中にこんな大きい木があるのは、なんだか不思議な光景だ。
崩壊する前のギリシアの町は、全て白鋼石というここが原産の鉱石で造られていたのだが、まずは町の機能を取り戻すことが先決ということになり、一番調達がしやすい木材での建築をメインとすることになっていた。
そこで俺はフリードリッヒ様にミスティルテインのことを話し、こうして町の中に材料となる木を生み出す場所を作ることになったのだった……のだが……。
「というかこれ……」
「あ、ロードくん! こっちこっち!」
「ん、ああ、今い……く……けど……」
ミスティルテインは緑色の髪を1本に束ねた三つ編みを揺らし、手を振りながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。
あの葉っぱだけの服装はどうにかならないのだろうか……目のやり場に困る……。
「急に呼び出してごめんね! ちょっと困ったことになってさぁ……」
「困ったこと? どうしたんだ?」
「えっとねー……えへへ……育て過ぎちゃった」
ああ、だと思ったんだ……。
これじゃ切り倒すのも難しいだろう。
「あ、ロード殿。来てくれたんだね」
「ん、お疲れ様。デュランダル」
相変わらずかっこいいデュランダルには木材の切断をお願いしていた。
ちょっと申し訳ないとは思ったのだが、彼も快諾してくれたし、何しろ一瞬で正確に切り揃えてしまうので非常に助かっている。
「今あっちで林業関連の作業員と話し合っていたんだが、どうにも策がなくてね。私なら切ることは出来るのだが、どう倒しても何かしらの被害が出てしまう。なんとかならないだろうか?」
「ごめんちゃい……褒められて調子に乗りました……」
急にしおらしくなるミスティルテイン。
……反省はしているんだな。
「はは……まぁ、そう落ち込むな。きっと何か方法が……」
「あらぁ、これはまた立派な木ねぇ」
う……こ、この声は……。
「こ、こんにちは……スパルうぐッ!?」
振り返った瞬間目の前に大胸筋がッ!
「やぁん! ロードちゃん! 相変わらずカッコいいんだからぁ! マスクしててもすぐ分かっちゃうわよぉん? この綺麗な……ひ、と、み、で」
ぐ、ぐるぢい……!
「ズ、ズバルダグズざんッ……!」
「あらやだ! ごめんなさいねぇ……思わず抱きしめちゃった!」
「ゲホゲホッ……! い、いえいえ……」
あ、危なかった。
一瞬意識が持っていかれそうに……アガートラムがビクともしなかったぞ……。
「そ、それよりなんでここに?」
「ああ、それは……あ、あらッ!? そっちの黒い彼!」
「へっ!? あ、わ、私のことですか?」
あ、やばい。
「あなたも……超イケメンじゃなぁぁぁぁあい!?」
「ひぃッ!? ちょ、待たれよ御仁! わ、私はぐばぁッ!?」
刹那デュランダルは筋肉に包まれ、俺の視界から消失した。
「あわわ……」
ミスティルテインが怯えている……!
あ、いや、そんなことより! このままだとデュランダルが死ぬ!
あ、そうだ!
「ス、スパルタクスさん! お願いがあります!」
「え? 私にお願い?」
「ぶはぁッ! はぁッ……はぁッ……な、なんという力だ……!」
「だ、大丈夫? デュランダルぅ……」
「な、なんとか……」
……危ないところだった。
スパルタクスさんの前でデュランダルは二度と出すまい。
「で、ロードちゃん? お願いってなぁに?」
「あ、はい! えっと……この木のことなんですけど……」
――――――――――――――――――――――
「で、ではいきますよ?」
『いつでもいいわよぉ。ちゃぁんと支えてるから、早くぅ……イっ、ちゃっ、てん』
「ひぃ……」
デュランダルが震えている……!
「はわわ……」
ついでにミスティルテインも……!
「い、いきます……はぁッ!」
強い踏み込みと同時、デュランダルの黒い刃が巨樹の幹へと吸い込まれ、彼は恐怖を振り払うかのように一太刀でそれを切断した。
さすがだ。
『おっと……ん、オッケーよ。どこに置く?』
「あ、じゃあ壁に沿って……」
『はいはーい』
巨大化したスパルタクスさんはそう言うと、自身の身体と同じ大きさのそれを軽々と持ち上げ、俺の指し示した場所へとゆっくり置いてくれた。
さすが……です……。
『これでいいかしら?』
「あ、完璧です。ありがとうございます。スパルタクスさん」
『いいのいいの。じゃ、どんどんいきましょ』
その後、スパルタクスさんのおかげで全ての巨樹を無事に切り倒すことが出来た。
最後の1本を切った瞬間、デュランダルは風のように切り倒した巨樹へと向かい、一心不乱に枝を切り落とし始める。
ごめんな……デュランダル……。
「ふぅ……あら? デュランダルちゃんは?」
「いやその……そ、そんなことより! スパルタクスさんはなんでここに?」
「あらやだ。すっかり忘れてたわ。私、あなたを探してたのよ」
「お、俺を……!」
「あわわ……はわわ……」
こ、今度こそ万事休す……か。
ごめん……レヴィ……!
「陛下があなたとレヴィちゃんを呼んでるの。だから、一緒に来てもらってもいいかしら?」
「へ? フ、フリードリッヒ様が……?」
「そうよ? ほんとはジルが命じられたんだけどぉ……会いたいから……来ちゃった」
「ひっ……」
ま、まるで背中に大量の氷を入れられたようなッ!
これが……悪寒……!
「す、すすすすぐに行きます! 場所は仮の本部ですか!? そうですか! 分かりました!」
「……まだ何も言ってないんだけど」
「ミスティルテイン! 二度と育て過ぎないように!」
「はいッ! 二度とやりませんッ!」
「よし! デュランダルと一緒に頑張ってくれ! 任せたぞ!」
「はいぃッ!」
「あ、スパルタクスさん! 俺はレヴィを呼んでそのまま行くんで! では!」
「え、ええ……」
俺は全力で走った。
今ならブリューナクにも勝てる気がする。
そう思える程……俺の足は次の地面を早く求めた。




