第243話:絵画
クラウンさんが神からメルを受け取っている以上、神がこの世界に来られるのは間違いない。
それはいい。
ただ、神は……人間の味方をしてくれているんじゃないのか?
だって、ヨルムンガンドに力を貸すということは……。
『当時の我にもその疑問は浮かんだが、正直に言ってそんなことはどうでもよかったのでな……あまり深くは考えなかった。ハデスも多くは語らず、我に力を与えた後すぐに消えたしな。それよりも、今まで我を愚弄したあの2匹を潰し、竜族をまとめ上げ、そして我らの悲願であるヴァルハラを手に入れることの方が重要だった』
確かに……当時のヨルムンガンドならそうなるだろうな。
『更に我には、"敵意の逆転"とは別にもう一つ力があった。ハデスに教えられたそれは"血脈の継承"……簡単に言えば、喰らった竜の力を己のものに出来る、といったものだ。で、我は寝ていた2匹を殺し、その血肉を我が物とした。全てを消し去る黒炎と、魔力を糧にして爆発的な身体能力を得る力は、その2匹がそれぞれに持っていた力なのだ。そして、力を得た我は竜族の前に姿を現し、冥界の魔力を黒炎に変え、身体能力を極限にまで向上し、全ての敵意をねじ伏せた。やがて奴らはこうべを垂れ、そうして我は……竜王と呼ばれる存在になったのだ』
「そういうことか……」
『最初こそ力でその地位を得たが、それだけではまた敗れるだろうと判断した我は、出来るだけ他の種族との対話を重ねた。長い年月を掛けてわだかまりを解いていき、やがて我ら竜族は一つとなる。そうして、再び侵攻する日に向けて力を蓄えたのだ。その中で、よく力を得た日のことを思い出した。ロード……貴様が抱いた疑問は間違っていない。何故なら我に力を貸すということは、それ即ち人間へ危害が及ぶ可能性が高まるということになるからな。我はそこに……神の歪みを感じた』
「神の……歪み?」
『そうだ。我は全ての神が人間に味方していると思っていたが、神の中にはそれをよしとしない者もいる……という結論に至ったのだ』
「そ、それって……」
『……冥界の神であるハデスが我に力を貸したのは、最初から人間を攻撃させる為だった……そう考えられる』
「そんな……いや、でも……」
そう考えるのが自然……か。
そもそも神って……どういう存在なんだ?
魔法を授けてくれるから味方だと勝手に思っていたが、神が人間をどう思っているかなんて考えたこともなかった。
それ以前に、俺はハデスという名前も初めて聞いたし、他にどんな神がいるのかも、その名前すらもろくに知らない。
ハデスと聞いて思い出したのは、冥界の兜であるハディスくらいなものだ。
名前からして似ているし、恐らくハデスが創ったとみて間違いないだろう。
そういや……今思い出してみても、両親や町の人達が神について話しているのを聞いた覚えがないな。
神殿に行った時ですら、神官の人は「偉大な神が……」としか言ってなかった気がする。
いることは間違いない……けど、よく分からない。
旅を始めた最近だって、他の町で神の話を聞いたことは……。
「……あ」
「ロード様? ……どうされました?」
「レヴィ……覚えてるか? 前にニーベルグでグングニルが言った言葉を。神についてなんか言ってたろ?」
「グングニル様が……? ええっと……あ……確か……"私を創った神はもういない"でしたっけ……?」
「そう……それってつまり、神が死んだってことかな……みたいな話をあの時にしたろ? 今思い出したけど、トライデントも似たようなことを言ってたんだ。レヴィを助けにインヘルムへ向かう途中で」
あの時、トライデントはこう言った。
海の神は……名ばかりの存在になってしまったと。
その表現だと、もう存在していないとも取れる。
これは後で聞けば分かるが、恐らくそういうことなんじゃないだろうか?
「……ということは、少なくとも2人の神が死んでいる……その表現が正しいのかは分かりませんが、そういうことですか?」
「多分な。ヨルムンガンドが力を得た約二千年前に、神の中で何かがあったんじゃないか? それこそ神同士の争いとか、そうなる予兆みたいなのが。まぁ、何の為に争うのかもわからないし、争ったりする存在なのかも分からないけど……」
『可能性はゼロではないな。奴らにも格がある。より上に立ちたいと考える者がいれば、そういった争いが起きてもおかしくはない。少なくとも直接会ったハデスからは、そんなことを考えていても不思議ではない邪悪な雰囲気を感じた。己の利権の為には手段を択ばぬ……そんな冷たさをな』
「そうか……とすると、また違う疑問がいくつか出てくるな。仮に神の中で争いがあるとして、それと人間になんの関係があるんだというのが一つ。あとは、大戦が終わった直後に現れたのも気になるし……それから、何故人間を攻撃させたいのかということも分からない。それを望んでいるのなら、何故神が直接手を下さないのかというのも……他にもまだまだあるけどきりがないな……」
人間をどうしたいのかは分からないが、仮に数を減らしたいのであれば、大戦が起きている時点でその願いは叶っている。
それでも現れたということは、数の問題ではなく……例えば……ヴァルハラから排除したかった?
だとしたら大戦が起こる前に行動すればいいだけだが、それが出来ない理由があった?
それとも大戦の時、実は既に動いでいたが上手くいかなかったとか?
神がこの世界に来るのにもなんらかのリスクがあるのか? 自由に来られるのか?
直接手を下せないのか、それともしないだけなのか?
そもそも……神は本当に人間を?
駄目だ……全然分からない。
こんなのは全部推測……いや、妄想と言った方が正しいか。
分からないことが多過ぎる。
そして、あまりにも大き過ぎる。
『残念だが、その答えを我は持ち合わせていない。ただ、全ての神がそうではない筈だ。でなければ、今も人間が魔法を与えられていることと矛盾する』
確かに……。
けど、俺はそこにこそ嫌な気配を感じていた。
今現在、強い冒険者の減少が問題となっている。
つまり、強い魔法を授けられる人が減っているということだ。
そして、無能という存在は――――
『とりあえず、今の我が話せることはこれくらい……あ、もう一つあったな。我らはティタノマキアという連中と手を組んでいた』
「……ッ! やっぱりそうか……」
『フッ……気付いていたか』
「いや、推測に過ぎなかったけどな」
『そうか……といっても、完全な協力関係にあった訳ではない。情報の共有はしていたが、それぞれが己の為に動き、結果として互いに利益が生まれればいいといった程度のものだ。因みに、その関係は戦が始まる前に解消している。また、直接やり取りをしていたのはその中の1人だけだ。名は知らぬが、かなり強い魔力を帯びた女だった。奴らには奴らの目的があって近付いてきたのだろう……我もそれを知っていて手を組んだ。人間の情報は少しでも欲しかったのでな。そのついでに魔族の衰退を知り得た我らは、それもあって今回の戦に打って出たという訳だ』
「なるほどな……」
『以上だ。役に立ったかは分からぬが……』
「……いや、ありがとう。知れてよかった」
『そうか……では、そろそろ我も行こう。竜族を新たな道へと導かねばならんからな』
「ん……あ、そういや飛べるのか?」
『ガタはきているが……まぁ、なんとかなるだろう』
「そっか……あともう一つ気になってたんだが、冥界の魔力を失ったってことは……」
『今までのようにはいかぬだろうな。あれは膨大な魔力を消費する。故に、我だけの魔力では扱えなかったのだ。だが、今の我には他の竜から奪った魔力がある。使える回数は減ったが、能力を失った訳ではない』
「なるほど……なら、大丈夫だな」
『フッ……貴様は……まぁいい。では、さらばだロード、レヴィ。いつの日か……また会おう』
「ヨルムンガンド様……また」
「またな……ヨルムンガンド。次に会う時は……」
『ああ……同じ道を……』
ヨルムンガンドは身体を起こし、その黒き翼を大きく広げる。
直後その顔は天空へと向けられ、彼は大地を蹴ると同時に翼を羽ばたかせた。
巨体はふわりと浮き上がり、更にそこから2、3回羽ばたいただけで、彼は一気に上空へと到達する。
ヨルムンガンドはそこで一度止まり、空を見上げる俺達へと視線を向けた。
「頼んだぞ……ヨルムンガンド」
それが聞こえたのかは分からないが、彼は俺に頷いたような……そんな気がした。
そうして黒き竜王は翼を羽ばたかせ、どこまでも広がる青い空を飛んでいく。
俺にはその光景が、まるで一枚の絵画のように……とても美しく見えた。




