第228話:右腕
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いしますm(_ _)m
そうしてファーブニルの口へと急速に魔力が集まり始めた丁度その頃、ギリシアの中心部にはズィードの叫び声が響き渡っていた。
「レヴィィィィッ!!」
その視線の先では、ヨルムンガンドの魔爪に貫かれた腹部から大量の血を流しながら、レヴィの身体が力なく宙を舞う。
その身体を、ヨルムンガンドの手が掴んだ。
『……惜しかったな』
「はー……はー……も、申し訳……ゲホッ……」
「ヨルムンガンドッ!」
手を伸ばしかけたズィードだったが、悔しさを滲ませた表情でそれを止める。
それは、ヨルムンガンドの吊り上がった口角が、何を言わずとも彼にあることを伝えていたから。
「くッ……!」
『クックックッ……どうした? 我を地に落としたければやるがよい。まぁ、そんなことをされたら……うっかり握り潰してしまうやもしれんがな』
「テメェ……!」
『貴様はそこで地べたを這いずっているがいい。感じるぞ……貴様の魔力が弱まっていくのをな。ではな、無気力な英雄よ……また後で会おう』
「ま、待ちやがれッ!!」
ヨルムンガンドはそのまま翼を広げ、ズィードを無視して上空へと飛び上がる。
そうして戦場を見渡せる高さまで到達すると、レヴィを掴んだ手を自身の眼前へと運んだ。
『まだ意識はあるか? 魔族の小娘よ』
「ゲホッ……な、なんの真似だ……」
『貴様とは少し話をしたくてな。急所は外しておいた』
「ぐッ……私には貴様とッ……はぁッ……は、話すことなど……」
『ロードはどこにいる? 何故ここにいない?』
「わ、私がそれに……答えるとでも……!」
『クックックッ……まぁ、そうであろうな。では質問を変えよう。何故貴様はロードと……人間と共にいるのだ? 魔族である貴様が』
レヴィは少し驚いた表情をした後、何かを察したのか口元を緩ませる。
『……何が可笑しい』
「いや……言ったところで……はぁッ……はぁッ……わ、分かるまい……種族という檻に囚われた……貴様ではな」
『檻……だと?』
「そうだ……確かに私はッ……ぐッ……ま、魔族としてこの世に生まれた。だが、それで全てが決まる訳ではないと……そう教えてくれた人がいる。私には出逢いがあった。人間として生きたいと……誰かの役に立ちたいと……そう思える出逢いが。しかも天は……私にそれをッ……に、二度も与えてくれた。だから私は人として生きて……生きさせてもらえたッ……!」
『過去のことは全て忘れて……か? 魔族も腑抜けたものだ。貴様らのような哀れな種族と覇権を争っていたとは……いやはや……』
「……なんとでも言うがいい。私からすれば……貴様ほど哀れな者もいないと思う……ぐッ……あ……!」
その時、レヴィを掴むヨルムンガンドの力が僅かに強まった。
それだけで全身に激痛が走り、レヴィの表情が苦痛に歪む。
『……何故そう思うのだ?』
「はぁッ……はぁッ……お、同じ立場だったからこそ貴様の迷いが……いや、本当はもう……だから私にそんなことを聞くのだろう? 私がロード様のことを話す訳がないことなど、最初から貴様も分かっていた筈だ。だから本当に聞きたかったことは……ロード様のことではな……ぐぁッ!?」
『……もういい』
「ど、どうやって人間と……共に……生き……!」
『黙れと言ったッ!』
「がッ……あッ……!」
『いいだろう……そんなに死にたいのならば殺してやる。だが、我を侮辱したその罪……ただ死ぬだけで赦されると思うな。見よ』
ヨルムンガンドはレヴィを下へと向ける。
そこには巨大な口を限界まで開き、今まさに息吹を放とうとしている巨大なドラゴンの姿があった。
「ぐッ……!」
『大竜種の長ファーブニル……あれの息吹は溜めるのに時間こそかかるが、その威力は我のそれを軽く超える。放たれたが最後、今見えるあの戦場……その全てを破壊することも容易であろうな』
「や、やめ……!」
『ここでただ見ているがいい。貴様の大好きな……人間どもが焼き殺される姿をな……! それが貴様へ与える罰。クックックッ……だが、安心するがいい。すぐに貴様も同じ場所へと送ってやるわ。そして、この戦を終わらせた後、必ずあの男を探し出す。その時貴様は……もういない』
その言葉に、レヴィの顔が一気に歪む。
「う……うぁぁぁぁぁあッ!」
レヴィはヨルムンガンドの拘束から逃れようと必死に力を込めるが、傷付いた身体には……もうそれだけの力が残されていなかった。
「はぁッ……はぁッ……私はどうなってもいい……だから……だからどうか皆様の命は……ロード様には手をッ……出さないで……!」
『フハハッ! 最初からそうして身の程を知っていればよかったものを……もう遅いわ。そもそも貴様の命にそんな価値はないし、仮にあったとしても……我は我の意思にしか従わない。さぁ、よく見ておけ……そして死ぬまで想像し続けるがいい。貴様を失って泣き喚き、そして我に喰い殺される……ロードの姿をな』
「いやッ……!」
『さぁ、ファーブニルよ……』
「やめて……!」
『この哀れな魔族に見せつけてやれ。人間達が、羽虫のように焼け朽ちる姿をな』
「うっうっ……お願い……」
『フッ……泣いていてはよく見えまい。ああ、涙を拭うことすら出来ないか』
ヨルムンガンドは嬉しそうに口元を歪め、涙を流すレヴィの耳元へとそれを近付ける。
『なぁ魔族よ……理解したか? 貴様には誰も救えない。ここにいる人間達も……ロードも……何もかも。クックックッ……だが、我の役には立ったぞ? 貴様の吐いた言葉によって、やはり人間は滅ぼさなければならないと……改めて理解することが出来たのだからな。迷いなどない……ある筈もない。我がロードに興味を持ったのは、あくまで奴を喰らいたいからに過ぎぬ……それが全てッ……!』
果たしてこれがヨルムンガンドの本音かどうかは、本人を含めてもはや誰にも分からない。
だが現実として、彼はもう決めてしまった。
それが、竜王ヨルムンガンドの意思だと。
「ロード……様……」
レヴィは消え入りそうな声でそう呟く。
届かないことなど分かっていた。
仮に届いたとしても、意味などないことも分かっている。
だがそれでも、レヴィはそれを願うことしか出来なかった。
その奇跡に……縋ることしか。
『フハハハハッ! 恐らくロードには、来ることが出来ない何かしらの理由があるのだろう? でなければ奴が来ない筈がない。まぁもっとも……仮に現れたとしても無駄なことだがな。ファーブニルの息吹はもう止められぬ。そして、誰にも我は殺せない……!』
その時、ファーブニルの口に集められた膨大な量の魔力が凄まじい光を放つ。
そうして、ファーブニルは大きく背中を仰け反らせた。
『さらばだ……哀れな人間どもよ。だが、光栄に思うがよい。貴様らの命は……我ら竜族の糧となるのだからッ! さぁ……!』
「助けて……」
『放てッ!!』
「ロード様ぁッ!!」
刹那放たれる巨大な息吹。
それは、誰にも防げず、誰にも躱せない死の光。
その筈だった。
つい、先程までは――――
「はっ……!?」
涙と光で視界が歪む中、見えずとも……レヴィはそれを確かに感じた。
『なッ……』
「うぅっ……ぐすっ……そんな筈ないのにッ……でも……あ……あぁっ!」
自分の幻想かとも思った。
この悲しみから逃れる為の……そうあって欲しいという願望故の。
だが、それは確かにいた。
優しく、そして力強い……その大好きな魔力がそこに。
『……あり得ぬッ!』
驚愕するヨルムンガンドの視線の先。
人間に対する絶望の閃光が、空中で何かに受け止められていた。
防がれた息吹は戦場の空で数多に分かれて消えていく。
そして、その中から……一筋の光が飛び出した。
「ひっぐ……あなた様は……いつもッ……!」
レヴィの瞳から涙がとめどなく流れ落ちる。
涙に滲む視界でも分かった。
いつも見てきた……風に揺れる黒い髪が。
彼の腰から下を包む赤黒い鎧が。
その左の腰にある見慣れた赤い剣が。
右の腰にたなびく、2人を紡いでくれた黒き手帳が。
そして――――
「はぁぁぁぁあッ!!」
聞こえたその……大好きな声が。
「うぅっ……うぅぅぅぅぅっ!」
全てがそれを、彼だと示していたから。
「タスラムッ!」
放たれた魔弾はギリシアを覆う結界を突き破り、己が主人を彼女の下へと導いていく。
そうして彼は灼熱の雷槍を手に、翼の生えた靴で空中を駆け抜ける。
ただひたすらに、その魂に刻まれた……想い人を目指して。
『き、貴様はッ……!』
そしてその"右腕"が――――
「ヨルムンッ……ガンドォッ!!」
竜王の顔面を……打ち砕いた。
『ごッ……おッ!?』
喰らう筈のない一撃。
だが、それはヨルムンガンドの顔面を確かに穿ち、凄まじい衝撃にその巨躯が吹き飛ばされる。
刹那、ヨルムンガンドの手からレヴィが宙へと解き放たれ、その身体を……彼は銀で出来た"右腕"で抱き寄せた。
「あ……」
ヨルムンガンドが再びギリシア城の瓦礫へと消える中、そうして2人は空中で見つめ合う。
まるで、失った時を……取り戻すかのように。
「ただいま……レヴィ」
「あ……うぅっ……ぐすっ……ひっぐ……うっうっ……!」
それだけで彼女は全てを察する。
だから彼女は涙を拭い、あの時のように精一杯の笑顔を作ってこう言った。
「お、おかえりなさいませ……ロード様ッ……!」




