第194話:記憶
「くッ……なんて数……!」
「頭下げとけロードッ!」
つい数時間前まで多くの人間達が当たり前のように見上げていたその空は、もはや竜の領域と化していた。
周囲は完全に囲まれており、竜達はロード達を逃すまいと次々に襲い掛かる。
イアリスは前から迫る翼爪竜種をその頭から生えた剣で蹴散らしながら強引に突き進む。
間髪を入れず息吹竜種の放つ息吹が背後から迫るが、ヴォルクスファングの斧がそれを"粉砕"してなんとか防いでいた。
「ちッ……! まとめて叩き落としてやりてぇが……そうもいかねぇしッ……なぁッ!」
ギリシアに向かう途中で足止めをくらった際、ヴォルクスファングは粉砕魔法のある力を使い翼爪竜種達を地に落としていた。
今すぐにでもその力を使いたいところではあったが、今ここでその力を使えばイアリスにまで影響が及ぶ為に使用できない。
「とにかく今は耐えるしかねぇ……その馬鹿が起きねえ限りはなッ……とッ! かぁーッ! キリがねぇなこの野郎ッ!」
一方ロードはイアリスの首にしがみつき、振り落とされまいと必死に耐えていた。
しかし、揺れる度に身体が悲鳴を上げ、全身を襲う激痛が彼の意識を刈り取ろうと何度も押し寄せる。
それでも、必死に飛び続けるイアリスと、その背中で1人奮戦続けるヴォルクスファングの存在、そして何よりも……振り返った先に見える巨大な氷のドームが、今まさにギリシア王が命を懸けて自分達を守ろうとしていることを思い出させ、ロードの消えかけそうになる意識を引き戻していた。
「くッ……! 奴ら町の周りを囲って……!」
町の中心付近から南へと舵を取ったロード達だったが、既に前方には翼爪竜種の群れが列を作って待ち構えている。
それは南だけではなく、町を囲う壁のようにおり、なんとしても逃さないという竜族の強い意思を表していた。
「あまり時間はない……ヴォルクスファングさん! 突破するしかないです!」
イアリスに残る魔力から考えて、彼が身体を維持していられる時間はもうそんなに長くはない。
ここで迂回していては、恐らくギリシアを出ることすら出来ないとロードは感じていた。
「腹決めるしかねぇって訳か……上等だこの野郎ッ! おいヴィヴィアンッ! いい加減起きやがれッッ!!」
「むにゃ……ステーキ……」
「…………一生食ってろアホンダラがぁッ!!」
「イアリスッ! なんとか頼むッ!」
「グルァッ!!」
イアリスは剣の生えた両腕を前に伸ばし、一点突破に全てを懸ける。
まだ翼爪竜種達が広がっている間になるべく薄い部分を突き破るしかないと決め、その頭から突き出た剣に魔力を集中した。
意を決したイアリスは更に加速し、彼らと翼爪竜種達の距離が急速に縮まっていく。
「……ロードッ! 落ちるなよぉッ!!」
そうしてイアリスは、100を超える翼爪竜種の群れへと一気に飛び込んだ。
「ぐッ!」
瞬間、激しい揺れがロードを襲う。
イアリスは正面にいた翼爪竜種を頭と両腕から突き出た剣で貫くと、そのまま更に翼を羽ばたかせて加速していく。
貫いた翼爪竜種を盾とし、前方から吐き出される何発もの息吹を受け止めつつ、イアリスは前へ前へと突き進む。
その時、その背中で斧を振り回すヴォルクスファングには見えていた。
翼爪竜種の群れの先に見える……無限の空が。
「いけるッ! このまま突……ッ!?」
微かに見えた希望は刹那、激しい衝撃とともに彼らから遠ざかっていく。
横からの突進を躱し切れず、激しく揺れたイアリスの背中から……ヴィヴィアンの身体が弾き飛ばされた。
「ヴィ……!」
次の瞬間、ロードは無意識に跳んでいた。
残された左腕を彼女へと伸ばし、服を掴んでヴォルクスファングへと投げつける。
「ばッ……ロードッ!!」
代わりにロードの身体は翼爪竜種が覆い尽くす空へと投げ出され、すぐさまその牙が彼へと――――
「アレをやるしかッ……!」
「…………うるさい」
瞬間、周囲が激しい光に包まれていく。
その中心、だらりと起き上がったヴィヴィアンの足下には……巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
「おま……!」
「わたくしまだ……眠いッ!!」
場違いな怒りの咆哮に呼応し、その魔法陣から……光り輝く巨大な鳥が姿を現す。
燃え盛る火炎に包まれたそれは、彼女の背後でその翼を大きく広げた。
「焼いて燻して薙ぎ払え……"紅蓮の不死鳥"ッッ!!」
彼女の魔法は"精霊召喚魔法"。
それは、ある種の神を使役する力である。
――――――――――――――――――――――
目が眩むほどの光の中、俺は地上に向かって頭から落下していた。
「ロードォォォォォォオッ!!」
ヴォルクスファングさんの声は聞こえていたのだが、身体は一切動かせず、何故か声すら出せなくなっていた。
意識ははっきりとしている。
だが、俺はまるで何かに鷲掴みにされているかのような……そんな感覚を覚えていた。
やがて瞼すら勝手に閉じられ、気持ち悪い浮遊感と全身を駆け巡る激痛はそのままに、俺はその何かに引っ張られて下へ下へと落ちていく。
どこまで落ち続けるのだろうと思っていたその時、俺の身体から浮遊感が突然消えた。
何が起きているのか全く分からない……。
さっきまでは頭を下に落下していたのだが、今は恐らく地面と平行に……浮いている?
「ふふ……運がいいですね」
いきなり聞こえてきたそれは、知らない女の人の声だった。
俺は応えようとしたのだが、やはり声は出せず、身体も瞼すらも動かせない。
「まぁ、あなたにとっては……不運だったかもしれないけれど」
え……?
「ああ……ごめんなさい。あなたの動きは全て封じていたのでした。騒がれると面倒ですし、今日は力を使い過ぎましたからね……ここでやってしまいましょう。その方が楽に移動できますしね」
……やる?
いったい何を……。
「クロス様は手を出すなと仰っていましたが、これもまた運命……ふふふ」
ク、クロス……だって?
じゃあこの人は……!
「ふふ……大丈夫、すぐ終わりますよ。少しだけ頭が痛いかもしれないけれど……我慢してくださいね」
足下に感じていたその人の気配が、俺の横を通って頭の上へと移動していく。
そして俺の頭を両手で掴み、俺の額に何かが……。
「私の魔法はよく"万能だ"なんて言われますが……実際は色々制約があるのですよ」
頭のすぐ上から声が聞こえてくる。
これは……俺の頭に額を付けて……?
「あなたがこれだけ弱っていなければ抑えられなかったでしょうし、今から行うことも……当然無理だったでしょうね」
いったいな……にッ……あ、頭がッ……ぐッ……あッ!?
「ふふふ……人間の記憶はとても複雑で難解……とりあえずしまっておきましょう。その上で……」
あ、頭の中にッ……俺の……!
「大丈夫……すぐ……いい仲間になれますから」
――――――――――――――――――――――
地面に横たわるロードの前に、その女は微笑を浮かべて立っていた。
女は上空を見上げる。
未だ激しい戦闘の光がそこにはあり、彼女は1つ息を吐いた後、優しくロードに声を掛けた。
「立ちなさい」
女に言われるがまま、ロードはゆっくりと起き上がる。
その瞳はどこか虚ろであり、それだけで彼が普通の状態ではないことを分からせた。
「一応聞いておきますね……あなたは何者ですか?」
「…………俺は……ロード…………アーヴァイン……」
ロードはやはり女に言われるがまま、少しずつ言葉を発す。
そして――――
「ティタノマキアの……メンバー…………」
「……その通りです。では、参りましょう」
女はロードの答えに満足すると、雨が降りしきる暗い路地裏を歩き出した。
コツコツと、彼女の足音が建物の間にこだまする。
やがて背後から彼の足音も聞こえ出し、彼女は口元を邪悪に歪める。
これで完全に……世界を変えられると確信して。
「……ん? どうしました?」
その時、聞こえていた彼の足音が止まり、彼女は歪めた口元を元に戻して振り返る。
ロードは動かず、彼女の問いにも答えない。
「おや……歩けませんか? 身体の痛みは感じないようにした筈ですが……」
「……お、俺は…………約束が……」
途端に彼女の顔が変わる。
「や、破れない……! それッ……だけはッ……!」
「……あり得ない。完璧にいじった筈!」
「はぁッ……はぁッ……お、俺には帰る場所がッ…………思い出せないけど……そこに……行かなきゃならないッ……!」
ロードさ両膝を突き、頭を抱えてうずくまる。
それはまるで……さっきまでのレヴィのように。
「ちッ……ですからそこに行くのですよ! あなたは黙って私について来ればいいのです! 私がその約束した相手なんですよ! 分かりましたか!?」
「ち、違う……あんたは違うッ! 分からないけどそれは分かるッ……!」
「訳の分からないことを……! やはり眠ってもらうしかないようですね。これ以上傷つけるのも嫌でしたが仕方ありま……」
「ロードォォォォォ! どこにいるッ!? 聞こえたら返事をしろぉッ!!」
「うッ……!」
すぐ近くから聞こえたその声を、彼女はよく知っていた。
「ヴォルクスファング……! 何故こんなに早く!? い、いや、とにかくまずい……見つかる訳には……!」
ロードは未だ頭を抱え、必死にそれを思い出そうとしていた。
絶対に破らないと誓った……その約束を。
彼女は焦っていた。
今魔法を使えば見つかる可能性が高く、故にロードを引きずって連れていくしかないのだが、女である彼女にはそれが出来ない。
「…………仕方ありません。種は蒔きましたし、今は引きましょう。ですがお忘れなく……あなたは間違いなくこちら側の人間ですよ。頭の中を見てはっきりと分かりました。やがてくるであろうその時に……では……また」
彼女はそう言い残し、暗い路地裏の闇に消える。
ロードは彼女が消えるのと同時、濡れた地面に身体を預けた。




