第190話:親友
「お、お下がりくださいフリードリッヒ様ッ! ここは我らが……!」
「黙れッ! ここで私が引く訳にはいかんのだ!」
竜族の大半を引き連れ、それぞれの長達は既にギリシアへと入っており、彼らを追っていたのは所謂雑兵であった。
それでも1匹1匹がヴァルハラに於ける二つ名クラスであり、数も決して少なくはない。
対するギリシア連合軍は当初いた3万から大きく数を減らし、生き残った数はおよそ1万。
敗北によって受けた絶望が軍の足を遅くし、もはや追撃を振り切るだけの力が残されていなかった。
だが、それは先程までの話。
彼らは今、血の涙を流しながら必死に大地を蹴っていた。
何故なら、ある男の決意を聞いたから。
死を決意した……偉大な王の一言を。
「ここで私が引けば陛下のッ……我が父の決意を不意にすることになるッ……!」
「ッ! フリードリッヒ様ッ……!」
フリードリッヒの父、即ちギリシア王の衰弱は日に日に進んでおり、医者からはもって後数週間程だろうと言われていた。
「王が命を懸けて兵達を鼓舞したのだッ! その息子である私が真っ先に逃げるなど……出来る筈がないッ!」
民の脱出が始まった際、兵達は王を連れて脱出する為に彼の部屋を訪れる。
しかし、ギリシア王は動かなかった。
民が全員脱出するまではどこへもいかぬと。
「お供致します……フリードリッヒ様」
「同じく……!」
「テーベ……ニア……すまぬッ!」
生き残った民の脱出がほぼ完了し、兵達は再び王を連れ出そうとしたのだが、彼は再び首を横に振る。
当然兵達は彼の説得を試みたが、最後まで王が首を縦に振ることはなかった。
ギリシア王は自分の命をもって竜族と交渉し、生き残った者達の未来を紡ぐのだと……そう言ったという。
彼には最初から脱出する気などなかった。
民が脱出するまではと言ったのは、そうでも言わなければ兵達がいつまでも自分を気にしてしまい、無駄な時間が生まれてしまうと判断した為であった。
そして、ギリシア王は側近の兵達にメッセージを託し、泣き叫び懇願する兵達を諭して1人城に残る。
これが自分に残された王としての最後の責務であると、そう言って。
その報せが彼らに届き、折れかけていた兵達は心を奮い立たせる。
死を覚悟し、己の命を懸けて自分達を守ろうとしている王の為にも……絶対に生きなければならないと。
そして――――
「死ぬつもりはない……生きて……生きて必ず父上のッ……ギリシアをッ!」
しかしその想いとは裏腹に、竜族の激しい追撃は一向に止む気配がなかった。
応戦しながらケルトへと走る彼らだったが、その攻撃によって1人……また1人と命を散らしていく。
人間に対する憎しみがそうさせるのかとフリードリッヒは考えていたが、それは少し違う。
翼爪竜種、巨腕竜種、息吹竜種、多頭竜種で構成された追撃部隊は、最初から生きて帰るつもりなど毛頭なかった。
彼らの役目はやがて来るであろうヨルムンガンドの為に足止めをすること。
だからいつまでも喰らいつく。
竜族もまた、王の為にその命を懸けていた。
ケルトへ行くには"ケルトの盾"と言われる巨大なガラティア山脈を超えるしかなく、ギリシア連合軍は激しい追撃を受けつつも、険しい山道を走りぬいてなんとか山の頂上付近にまで到達していた。
しかし、頂上付近には身を隠す草木がなく、竜族の攻撃は更に激しさを増していく。
それでもフリードリッヒを始めとする殿部隊の活躍により、その攻撃をなんとか後部で抑えることが出来ていた。
しかし――――
「伝令ッ! 前方から翼爪竜種の強襲が……死傷者多数ッ……!」
「ぐッ……! ケルトの援軍を襲っていた奴らか!?」
フリードリッヒが言う通り、軍の先頭を襲ったのはケルトの援軍を足止めしていた翼爪竜種達だった。
それによりついに軍の足が止まり、彼らは山頂で竜族に囲まれてしまう。
しかし、悪いことばかりではない。
その翼爪竜種達がここにいるということは、つまりケルトの援軍も近くにいるということだった。
フリードリッヒはそれを全軍に伝えるように指示を出し、負傷者で編成された中央部隊を囲うように陣を敷く。
竜族に囲まれてしまった以上、愚直に走り続ければ被害が広がるだけだと判断したのだ。
「総数は!?」
「恐らく50から60かと! しかし、これを防げば……!」
「ケルトへの道が開かれる……か。負傷者を除き、全員剣を抜けッ!」
まさに剣ヶ峰。
満足に戦えるのは恐らく軍の半数程。
ここを乗り越えられるかどうかで、ギリシアの命運が決まる。
フリードリッヒは深く息を吸った。
王のように、父のように……その声を届ける為に。
「全軍聞けッ! 我が父……クリスティアノ=ゲオルギオス=ギリシアはッ……その命を懸けて我らを……ギリシアを守ろうとしているッ! 我らはそれに応えなければならないッ! 我らは確かに敗れた……だがッ! まだ魂はここにあるッ!! 吼えろ勇者達よッ! 三千世界に轟く咆哮をッ! やがてそれを勝利の雄叫びと成す為にッ! 我らは生きて……祖国の大地に再び根を張らねばならないッ! それがッ……今我らが戦う理由なりッッ!!」
「「「「「ウォォォォォォオオォォォォオッッッ!!」」」」」
フリードリッヒは喉を枯らして魂で叫ぶ。
敗れた無念をかき消し、今戦う理由を伝え、そして……その先にある希望伝える為に。
その場にいた全員がそれを理解し、魂を懸けて剣を握る。
戦える心は戻った。
だがそれでも……彼らの体力と魔力は戻らない。
上空から吐き出される息吹は容赦なく彼らを吹き飛ばし、振り下ろされる巨腕は無慈悲に彼らを押し潰す。
それでも彼らは全てを懸けて戦った。
己の為、祖国の為、そして、託された未来を掴む為に。
だからだろう。
その想いが……魂の咆哮が……ある1人の男に届いたのは。
「なッ……!?」
フリードリッヒに迫っていた息吹竜種が放つ雷の息吹が、その目の前で忽然と消える。
それは、まるでこの世から拒絶されたかのように。
同じように軍に降り注いでいた息吹も次々と消え、代わりに翼爪竜種と息吹竜種の死骸が草木のない山肌に降り注いでいた。
「こ、これはッ……!」
驚き戸惑う彼らに、今度は多頭竜種が迫っていた。
だが、その5つあった首が全て断ち切られ、次の瞬間その巨体が地響きを鳴らして地に伏せる。
その傍に、1人の男が背を向けて立っていた。
「お……お前はッ……!」
フリードリッヒはそれを見ただけで分かった。
かつて世界最強と呼ばれた……その勇者の背中を。
「……悪かったなフリードリッヒ。世話になってる村人達を避難させるのに時間が掛かっちまった」
「ジークッ……!」
竜族が村の上空を通った後、ジークは村人達の安全を確保する為に彼らを連れてケルトへと向かった。
その道中、ギリシアへ向かうケルト軍が竜族の妨害にあっている場面に遭遇し、ジークは迷わず剣を抜く。
見事撃退に成功したジーク達だったが、その時ケルト軍にギリシア敗北の一報が入り、ケルト軍とは別にジークは1人ギリシアへと走ったのだった。
「よく……頑張ったな」
「ぐッ……うぅッ……!」
ジークが勇者になる頃、フリードリッヒも軍部のトップとしてその才覚を発揮し始める。
互いに研鑽し、互いを認め合う……まさに親友と呼べる仲であった。
だがある日、その事件は突然起きてしまう。
フリードリッヒは必死にそれを解決しようとあらゆる手を尽くした。
だがその甲斐も虚しく、結局ジークは糾弾され、ギリシアから……そして世界から姿を消すことになる。
フリードリッヒはそれをずっと悔いていた。
「私は……お前に何も……!」
「ハッ! まーだそれを気にしてやがんのか。ありゃお前の所為じゃねぇし、んなことはもうどうでもいいんだよ。ま……後は任せな」
「……すまんッ……この恩は必ずッ……!」
「いらねぇよ」
瞬間、ジークは魔力を解放する。
残ったドラゴン達はあまりの恐怖に震えていた。
それ程までに……力の差があり過ぎたから。
「ギリシアを守ってくれて……ありがとな」
それでも竜達はジークに牙を剥く。
彼らにも彼らの王がいて、その為に命を懸けているのだから。
だが……ジークの想いには届かない。
「俺はなぁッ……!」
上空から襲い掛かる翼爪竜種と息吹竜種の頚椎が、一瞬にして捻じ切れる。
それは魔法ではなく彼の膂力。
ただ単純に、掴んで捻っただけ。
「戦う意味が分からなくなってよぉッ……!」
更に巨腕竜種の巨腕がジークに振り下ろされるが、ジークはそれを片手で軽々と受け止め、手にした大剣で心臓を貫いた。
「故郷の危機に……駆けつけることすら出来ねぇでッ!!」
その姿に、兵達は涙を流していた。
彼らは知る。
ジークがどれだけ偉大な男で、どれだけ国を想っていたかを。
「せめて今だけ……この時だけはッッ!!」
かつての勇者は敗北の因果を断ち切っていく。
その剣に、彼らの魂を乗せて。




