第189話:追撃
「ヴォルクスファング……さん? え、SSSランクの!?」
「おうともよ。んでもって……ほいっと」
ヴォルクスファングは担いでいた女性を地面に放り投げる。
眼鏡を掛けたその美しい女性は、地面に叩きつけられても全く動かない。
何故なら彼女は――――
「ぐぅ……わたくしはハンバーグが……むにゃ……」
「なっ……えっ!?」
「あー気にすんな坊主。そいつも儂と同じだから。まったくちぃーっとも起きやしねぇ。邪魔だからそこに置いといてくれや。そのうち目を覚ますだろうよ! だっはっはっはっ!」
「お、同じって……」
「そいつはヴィヴィアン……って言やぁ分かるかな?」
「ヴィ……!」
SSSランク冒険者の1人、"眠り姫"ヴィヴィアン。
彼女は今、深い眠りの中にいた。
「ここに向かっている途中で合流してな。そしたら翼爪竜種どもが30匹くらい来てよぉ……ったく、叩き落とすのに苦労したぜぇ。そいつが起きてりゃもっと楽だったんだが……ま、しゃあないわな」
「は、はぁ……」
『で、わざわざ我に供物を捧げにきたのか? エルフの姫君を連れた……ドワーフの英雄よ』
瞬間、ヨルムンガンドの発した言葉により空気が張り詰める。
ヴォルクスファングの顔からは笑みが消え、その鋭い眼光をヨルムンガンドに向けていた。
「……儂らを知ってんなら話は早ぇ。この戦……認めたかねぇがお前らの勝ちだ。だからよぉ……ここらで手打ちにしちゃくんねぇか?」
『ほぅ……つまり、ロードを見逃せと?』
「撤退する人間達も……だ。この坊主がここにいることは知らなかった。儂は直接お前に会って話をしにきただけだ」
『フッ……なるほどな。だが、その申し出は受け入れられぬ。貴様らを喰らった後、逃げ惑う人間どもを喰らい尽くす……それが竜の王たる我の責務。分からせるのだ……竜王がどれ程強大で、人間がどれだけ矮小な存在なのかを。まぁ、中にはそうでない者もいるのだと知ったが……それでも我の意思は揺らがない』
ヨルムンガンドの心はロードとの邂逅によって僅かに変化していた。
彼がただの竜なら、あるいは撤退する人間達を追うことはなかったかもしれない。
だが、彼は竜王。
故に、個人的な感情に身を任せる訳にはいかなかった。
「……そうかい。なら、やるしかねぇな」
『何を今更……最初から分かっていたのであろう? 感じるぞ……貴様の中で暴れ狂う膨大な魔力を』
ヨルムンガンドの言う通り、ヴォルクスファングは最初からこうなることを分かっていた。
彼がここに来た理由は2つ。
1つはヨルムンガンドを討ち、竜族の勢いを止めること。
そしてもう1つは、それが敵わぬ場合……その命を賭して時間を稼ぐことであった。
「だっはっはっはっ……まぁな。話して分かりゃこんなに楽なこたぁねぇ。それが一番なんだがなぁ……ま、それが出来ねぇからこうなっとる」
『ではもうよいな? いい加減……腹が空いたわ』
「ああ……交渉決裂だ」
ドワーフの英雄は巨大な斧を両手で構えると、内に秘めていたその魔力を解き放った。
瞬間背中を覆う長くボサボサの茶色い髪は逆立ち、鍛え上げられた全身の筋肉が隆起していく。
ロードは自分より小柄なその男の背に、まるでジークのような凄まじい威圧感を感じていた。
「ヴォ、ヴォルクスファングさんッ! 恐らくヨルムンガンドの力は……!」
「言わんでいい。先入観は猛毒の鎖よ……奴の力は自分で見極める。気持ちだけ受け取っとくわい」
「……ッ!」
「坊主。ちぃっと激しくなりそうだからよぉ。その馬鹿連れて……下がっといてくれや」
「は、はいっ……!」
『その必要は……ないッ!』
刹那吐き出された黒炎の息吹が、巨大な火球となって押し寄せる。
「ぬんッ!!」
全てを飲み込まんと迫り来るそれに対し、ヴォルクスファングは巨大な斧を振り上げると、魔力を込めて一気に振り下ろした。
ヴォルクスファングが振るう斧が触れた瞬間、黒炎はまるでこの世から拒絶されるかのように霧散し消えていく。
「で、なんの必要がねぇって?」
ニヤリと笑うヴォルクスファングに対し、ヨルムンガンドは表情を変えぬまま、何故黒炎が消え去ったのかを考えていた。
放った息吹は触れたものを全て焼き尽くす絶対の一撃。
いかにヴォルクスファングの一撃が凄まじい威力を誇っていようとも、斧自体を燃やすのだから意味などない筈だった。
だが、結果として黒炎は消し去られ、ヴォルクスファングの斧には焦げ1つ付いていない。
『……なるほど。それが貴様の魔法か』
「だっはっはっはっ! 今ので分かったと? 竜の王も冗談を言うんだなぁ……はったりはやめておけ」
『フッ……なんにせよ無駄なこと。我が力は絶対にして究極……貴様の攻撃は、決して我に届かない』
「ほぉ? そうかいそうかい……なら、試してやるよッ!」
ヨルムンガンドに向けて駆け出したヴォルクスファングもまた、最初の一撃で竜王がほとんど無傷だった謎を考えていた。
彼の力もヨルムンガンドと同じく絶対であり、受けた者が無事でいられる道理はない。
互いが互いに絶対の攻撃を防がれたことにより、両者ともこの戦いが長引くかもしれないと感じていた。
「ぬぅらッ!」
跳び上がったヴォルクスファングが放つ強烈な一撃を、ヨルムンガンドはその左腕で受け止める。
やはり彼の力は通用せず、その腕には僅かなひび割れが入っただけであった。
すぐさま放たれる返しの右爪にも斧を叩き込むが、衝撃を全て相殺することは敵わず、ヴォルクスファングは吹き飛ばされて宙を舞う。
空中で体勢を立て直し、建物の屋根へと着地したヴォルクスファングは、再び斧を構えてヨルムンガンドを睨みつけた。
「ふぅー……!」
『ぬぅ……!』
ヨルムンガンドの体長は約40メートル。
対するヴォルクスファングの身長は170センチ。
体格差は今更比べるべくもなく、普通の人間ならば相対した時点でこうべを垂れるか、あるいは体液を撒き散らしながら逃げ惑うことしか出来ないだろう。
だが、ロードがそうであったようにヴォルクスファングもまた、その鍛え抜いた双肩に背負いし想いがあった。
だから引かない、臆さない。
「オラァッ!」
『カァッ!』
両者の力がぶつかる度に大気が震え、凄まじい轟音が町に響き渡る。
地を這うように薙ぎ払う尾の一撃を、ヴォルクスファングは躱さずに真っ向から斧で打ち抜いた。
その力は全くの互角であり、互いの武器が衝撃で跳ね上がる。
瞬間纏っていた黒炎は霧散したが、その尾にはやはり微かなひび割れが入るのみであった。
「ちッ……やはり砕けんか……!」
対するヨルムンガンドも解せなかった。
纏いし黒炎は全てを焼き尽くす最強の矛であり、それを幾度も受けて尚、ヴォルクスファングの斧にはやはり焦げ1つ付かない。
更に、受けた攻撃によって出来た傷にも僅かながら差異があった。
左腕の鱗には微かなひび割れが出来ていたが、右腕の爪には単純な打撃痕しかない。
まさに嵐のような打ち合いの中、両者は互いに相手の能力を探り合っていた。
付かず離れず、まるで呼吸を合わせて踊っているかのように。
ロードはその両者を眺めながら、深く深く息を吸う。
そうして脳に酸素を送り込み、瞬き1つせずに戦いを凝視していた。
この世に無敵の力などないという考えの下、ヨルムンガンドの能力を見極める為に。
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ギリシア連合軍は竜族の激しい追撃を受けながらも、ケルトへ向けて撤退を始めていた。
一番距離が近いオリンポスに行くという選択肢もあったのだが、フリードリッヒがケルトへ向けて舵を取ったのにはいくつかの理由がある。
民が地下経路を使って移動する先はエルフの国ウッドガルドとドワーフの国アースヘイムであり、両国はギリシアから見て北に位置していた。
ギリシアから見てオリンポスは東に、ケルトは南東に位置する為、なるべく民とは違う方角に竜族を引きつけたいということが1つ。
2つ目の理由としては、ケルトの援軍と合流出来れば竜族の追撃に耐え切れると判断した為だった。
そして最後にして最大の理由は、オリンポスが軍を受け入れてくれる確証がなかったことである。
無論、オリンポスに辿り着ければ竜族を撃退してはくれるだろう。
だが、恐らく町の中には通してくれない。
そうなれば、ギリシアを取り戻せる日が来るまで町の周りで野営することになるし、満足に物資を提供してくれるかも怪しかった。
ケルトならば兵達を受け入れてくれることに疑いはなく、加えてニーベルグからの支援も期待出来る。
ただ、フリードリッヒには1つだけ誤算があった。
それは竜族の追撃が……思いの外執拗だったことである。




