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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第5章:それぞれの戦場で

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第172話:深刻

 

 俺は階段を駆け上り、バルムンク達の下へと向かっていた。

 レヴィが部屋を飛び出した後、すぐに俺も部屋を出ればよかったのだが、情けないことに暫くの間呆然として……いや、そんなことはもうどうでもいい。


「とにかくレヴィを探さないと……! なんか様子が……あっ!」


 その時、階段の上からびしょ濡れになったバルムンクが現れた。


「バ、バルムンク! レヴィを……」


 その直後、俺はいきなりバルムンクに胸ぐらを掴まれ壁に叩きつけられる。


「ぐっ……バルっ……!?」


「あんたレヴィに何したの!?」


「えっ!? いや、俺は何も……っていうかなんで……!」


「だったら……だったらなんであの子泣いてたのよ!」


「……えっ?」


 レヴィが……泣いて……?


「ど、どういうことだ……? レヴィをどこで見たんだ!?」


 というか……俺はレヴィを泣かすようなことなんて何も……!


「屋根の上から見たのよ! あんたが何か言ったんじゃないの!? レヴィを傷付けるような……!」


「い、言ってない! 本当に分からないんだ!」


「あんた本当でしょうね……? だったら何か勘違いさせるようなことしたんじゃないの!?」


「し、してない! 本当に俺は何……も……」


 いや、待てよ……よく思い返せば、レヴィは帰ってきた時から少しおかしかった。

 レヴィが帰ってきたのは俺が部屋に戻ったすぐ後……。

 ってことはまさか……。


「ひょっとして……見られてたのか……?」


 マリアナさんと会っていたところを。


「……見られた? あんたやっぱり何かしたのね!?」


「ち、違う! あれはそんなんじゃなくてっ!」


「あれって何よ!?」


 秘密にして欲しいって言われていたが……こうなっては仕方がない。


「……マリアナさんと会っていたんだ。どうしても話したいことがあるって言われて……」


「マリアナ……? ああ、アルメニアの騎士団長だった奴ね。で、何の話を……ってまさか……あんた言い寄られたの!?」


「そ、そんな話じゃない! マリアナさんは……殺された親友の仇を取りたいって……そう言ったんだよ!」


 そこでバルムンクの力が弱まり、俺はようやく解放された。


「……そういうことか。ん? じゃあなんでレヴィが泣く必要があんのよ!?」


「た、多分それは……俺がレヴィに……嘘をついたからかもしれない……」


「はぁ!? なんでよ!」


「マ、マリアナさんは、ギリシアに恩を返すことが出来たら仇を取る為に1人で旅立つと決めたらしい。俺だけに話したのは、ティタノマキアの話を直接聞きたかったからで、黙っていたのは……ジルさんに知られれば絶対に止められるから。だから、ジルさんと仲がいいレヴィにも話さないでって……そう言われたんだ……」


「はぁ……なるほどね」


 もちろん俺も止めた。

 でも、彼女の決意はかなり固く、まだ説得し切れていない。


「……話は分かった。でも、ちゃんとレヴィに話しなさい。あんたが気付いているかは知らないけど……あの子……かなり不安を感じているのよ?」


「……え?」


 レ、レヴィが……?


「あんたが自分をどう思っているのか……分からなくなる時があるって。あんた口に出さないからね」


「お、俺はレヴィを大切に……!」


「んなことは分かってるわよバカ! それをあの子に直接言いなさい! 言っとくけど、態度で分かるだろって言うのは甘えよ。結局最後は言葉なの! それに、"1回言ったからもういいだろ"じゃダメなのよ。女の子はねぇ……何度でも言われなきゃ分かんないの!」


 そ、そうなのか……。

 俺勝手に……伝わっているものだとばかり……。


「ご、ごめん……俺がバカだった」


 ずっと一緒にいるのに……全然気付いてあげられなかった。

 ごめんレヴィ……。


「……私に謝っても意味ないわ。レヴィはアスカロンが追ってる……さっさと行くわよ!」


「ああ……分かった!」


 ごめんレヴィ。

 ちゃんと伝えるから……だからもう一度……!



 ――――――――――――――――――――――



 ギリシアの北西を流れる"豊穣の川ミズガルズ"。

 川幅は広い場所で優に数十キロを超え、水深もそれに比例し1000メートルを超える深さを有している。

 それは最早"川"というより"海"といっても過言ではなく、淡水か海水かの違いでしかないと言えるかもしれない。

 そして、その河口に1つの国があった。

 名を水上国家アークマリン。

 ミズガルズの河口を挟むように存在するその国は、古くからギリシアとの親交が深い中堅国家である。

 では、何故アークマリンが水上国家と呼ばれているのか。

 それは陸地だけではなく、ミズガルズの上にも巨大な船に乗ったような町が広がり、彼らが水と共に生きていることに由来する。


 この時期、アークマリンはいくつかある水上都市を全て川岸に寄せ、巨大な鎖によってそれを固定している。

 それは、ミズガルズの水量が大雨によって一気に増え、それにより町が破壊されてしまう恐れがある為であった。

 河口近くの川幅が狭い場所に設置されているいくつかの堤防により、ある程度水量の調節は行えるのだが、今年の雨季はいつもと様子がまるで違っていた。


「た、隊長! このままでは堤防が……!」


「分かっている! 全ての水門を解放! 堤防が破壊されては元も子もない! 急げ!」


「は、はいっ!」


「ちぃッ……水量が多過ぎる! まだ降り始めてから数刻も経っていないというのに……!」


 堤防を管理する部隊長カラムから、普段なら決して口にしないであろう弱音が漏れる。

 それは無理もないことで、今回のミズガルズの増水は、彼の長い経験をもってしても類を見ないものであった。

 激しく打ちつける雨音に混じり、堤防のあちこちから嫌な音が鳴り響く。

 その音が例年とは比べものにならない程大きいことに加え、水面から数十メートルはある堤防の上にまで水が押し寄せてきていた。


「……今年の雨季は何かがおかしい。確かに雨量も多いが、それだけでこうはならん……!」


 川幅が狭い場所とはいえ、数キロはある巨大な堤防の上では、数百人の兵士達が慌ただしく動き回っていた。

 今なによりも防がなければならないのは、この堤防が決壊してしまうこと。

 全ての水門を解放しても、堤防自体の存在によって水の勢いをある程度弱めることは出来る。

 だが、仮に堤防が決壊してしまえば、留めている水が一気に押し寄せ、河口の両端にある町が甚大な被害を受けることになってしまう。

 さらに、事態はそれだけに留まらない。

 今堤防が決壊するということはそのまま、竜族の侵攻を手助けすることに繋がってしまうからだ。


「いつ奴らが来てもおかしくはないというのに……!」


 普段なら水上にある町が川岸に寄せられている為、竜族が海からミズガルズに入り込むことは容易であり、通常時に比べて監視能力も格段に落ちている。

 さらに豪雨により視界も音も、竜族が動けば分かるであろう水面の表情も掴みにくい。

 そのうえ堤防まで決壊してしまえば、竜族の動きを察知することはほぼ不可能だろうとカラムは考えていた。

 その最悪の事態を阻止すべく奮闘していたカラム達を嘲笑うかのように、その報せは届いてしまう。


「隊長! だ、第4堤防が……決壊しました!」


「ぐっ……!」


「行方不明者多数……第2堤防も限界だと……!」


「第3堤防より通信あり……一部決壊……!」


 現在カラムがいるのは第一堤防で、最も河口に近い場所にある。

 全部で4つ造られた堤防のうち既に2つが決壊し、残りの堤防も連鎖的に決壊する可能性が高まっていた。

 もちろん今までにも決壊したことがないわけではない。

 だが、これ程の短期間で、尚且つ複数箇所が同時に決壊したことなどは今まで一度たりともなかった。


「な、何が起きているのだ……この嵐だけではない……これは何か別の……!」


「隊長ダメですッ! 水量が……もう限界です!」


「クソッ! ここだけはなんとしても死守するのだ! よいかッ! 我らの手にはアークマリンの……ひいてはギリシアの命運がかかっている! 引くことは許されんッ!」


 強大な自然の力を前に、魔法という力を持ってしても容易に抗うことは出来ない。

 そして事態は、より深刻な方向へと向かい始めていた。


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