第171話:雨
お風呂から上がった後、バルムンク様達が"お酒を飲んでみたい"と言うので、ジル様のお部屋で少し晩酌をさせてもらった。
そこでも散々いじられたけど、それはそれでなんだか楽しい。
ロード様とはこんな話出来ませんからね。
「あ、もうこんな時間……」
ふと時計を見ると、既に深夜0時近くなっていた。
少々のんびりし過ぎましたかね……。
「フッ……時が経つのは早いものだ。さすがにロードも戻っておるだろう。今日はお開きとしようか」
「そうですね……では、今日はこれで」
「うむ。ではまた明日な」
「はい。ジル様、おやすみなさいませ」
「おやすみー」
「失礼致します」
「ああ、おやすみ。レヴィ……頑張れよ」
「む……ジル様も」
私達は互いに笑い合う。
そうしてジル様と別れ、お2人と一緒に部屋へと戻る途中、バルムンク様達が違う方向へと進み出した。
「あれ……バルムンク様?」
「ああ、私らは外にいるから。身体も火照っちゃってるし……それに今夜は……ふふふ」
「ちょっ……」
「邪魔は致しません。何かあれば駆けつけると、ロード様にそうお伝えください」
「いや、今日いきなりというのは……!」
「レヴィ、今が大事なの。いつどうなるか分かんないんだからさ。覚悟を決めなさい」
「う……」
「じゃ、私らは屋根の上にでもいるからさ。また明日ねー」
「では……」
「あ……」
そう言って2人は行ってしまった。
うぅ……なんだか急に緊張してきた。
だってまだ心の準備とか色々……ロード様だっていきなりじゃ……いや、でも……そんないきなりでもないか……。
確かに今が大事……それは分かる……。
バルムンク様の言うように、いつ何があるのか分からないし……そう……だから今……。
「ふー……大丈夫大丈夫……」
ロード様はきっと……ん?
廊下の角を曲がった時、曲がった先の部屋から誰かが出てきた。
「すまないなロードくん……わざわざ来てもらってありがとう」
ロード様……?
それにこの声は……。
「いえ、大丈夫ですよ……マリアナさん」
私は咄嗟に隠れてしまった。
なんでロード様が……マリアナ様の部屋に……?
「それとさっきの話……私は本気だ」
「……分かってます」
「馬鹿なことを言っているのは私とて分かっている。だが、この気持ちは……理屈じゃないんだ」
「そう……ですよね……」
「すまないな……また話を聞かせてくれ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……マリアナさん」
部屋の扉が閉まる音が聞こえ、ロード様の足音が遠ざかっていく。
さっきの話って……何?
なんで2人きりで会って……。
ひょっとして……私には聞かせられない話を……。
と、とととにかく部屋に帰ろう……!
だ、大丈夫……大丈夫……ロード様はそんな人じゃ……。
――――――――――――――――――――――
「た、ただいま戻りました……」
「ん、おかえりレヴィ。遅かったな」
「あ、はい……ちょっと話が弾みまして……」
「……そっか。あれ、バルムンク達は?」
「え、えっと……今日は外で見張ると仰ってました」
き、聞かなきゃ……。
じゃないと不安でどうにかなりそう。
「外で? でも今日あたりから確か……」
「ロ、ロード様はっ……その……いつ頃戻られたのですか?」
「えっ? えっーと……ついさっきだよ。スパルタクスさん達に連れられて練兵闘技場ってとこにいたんだ。俺の力が見たかったらしい。テーベさんも強かったけど、スパルタクスさんは凄かったな……色んな意味でね……」
「そ、そうだったんですか。あの……その後は?」
「その後? ……特にないけど」
心臓がズキンと痛くなる。
なんで……隠す……まさか本当に……?
「あ、そう……ですか……」
マリアナ様は美人だし、お酒の席でロード様に絡んでいた。
で、でも……それ以来あんまり会って……あ、ひょっとして私の知らないところで?
私…………何も知らな……。
「……レヴィ?」
「へっ!? あ、だ、大丈夫ですよ? 何もありませんからっ!」
「何かあったのか……?」
「いや、だからっ……何もないです! 気にしないでください!」
ダメだ……ロード様を見れない。
……見たくない。
「わ、私っ……バルムンク様達に言い忘れたことがありますので! ロード様は先に寝ていてください!」
「え、ちょっ……レヴィ!?」
私は部屋を飛び出した。
特にあてもなく、城の廊下をただひたすらに走る。
なんで嘘を……なんで?
分からない……怖い……考えたくない……!
「やだ……やだよぉ……」
さっきまで私っ……!
なんでこんな気持ち……なんで……?
不安で胸が押し潰され、涙がどんどん溢れてくる。
嫌な想像が止まらない。
そんな訳ないっていくらそう思っても……嘘をつかれた事がどうしても……ダメだった。
「何故ですか……ロード様……!」
――――――――――――――――――――――
「……なーんかやな予感がすんのよね」
バルムンクとアスカロンは、ロードの部屋から直線上にある城の屋根へと登り、立ったまま2人で空を見上げていた。
ギリシアは乾燥した気候の為、滅多に雨が降らない。
だからいつもは毎晩のように綺麗な星空が広がり、月の光が明るく町を照らす筈なのだが、今日の夜空は珍しく厚い雲に覆われていた。
空気も湿り気を帯びており、今にも雨が降りそうである。
そう、ギリシアは今、年に一度の雨季に入ろうとしていたのだった。
「と言いますと?」
「わっかんない。竜殺しとしての勘よ勘」
「……私は何も感じませんが」
「あんた引きこもってたから鈍ってんじゃないのぉ?」
「ほっといてください。そもそも私には、あなた程の探知能力などないですから。所詮私は……」
「……あんたそういうのいい加減やめたら? ま、いいけどね別に。つか、さっきの会議でも言ったけどさー……やっぱおかしくない?」
「それは……何故来ないのかということですか?」
アルメニアが崩壊してから約2ヶ月。
廃墟と化したアルメニアに竜族が来ない理由は、先にバルムンクが言ったように人間のおこぼれが気に入らないことと、廃墟を占拠してもリスクの方が高いからだと考えられる。
だが、仮にそれが正しかったとしても、ギリシアに攻め込まないこととは別の話だった。
「そーよ。まぁ穴もあったけど、それなりに兵士はいるし、竜族への対策もある程度は出来上がってる。でも、アルメニアが崩壊してすぐならこうはなってなかった筈よ。つまり、もっと早く攻めていれば……」
「今より簡単にギリシアを潰せたってことですか? ふむ……では、わざわざ待ったのは力を見せつける為とか?」
「さぁね……奴らの進軍するタイミングが合わなかっただけかもしれないし、そもそも狙いがギリシアじゃない可能性もあるわね。ま、変に希望を持たせても悪いからこれは言わないけど。それに、確かなことは分からない。奴らが本当に来るのなら、ここの可能性が一番高いのは事実だか……やだ……降ってきたわね」
ポツリポツリと、水の雫がバルムンクの鎧に落ち始める。
それはやがて大粒の豪雨へと変わり、2人の身体をあっという間に濡らしていった。
「折角お風呂に入ってさっぱりしましたのに……残念です」
「ま、私らは風邪引かないし、いくら濡れようが関係ないけどね。ただ……鼻が鈍るわ。だから雨は嫌い」
雨はさらに激しさを増し、バルムンク達の身体を容赦なく濡らしていく。
さらに強風が吹き荒れ、ただの雨は嵐へと変わっていった。
「うー……雷だけは勘弁してよねぇ……」
「あなたは城の中に戻った方が……ん? バルムンクあれを……!」
その時、それに気付いたアスカロンが下を指差す。
バルムンクが彼女の指し示す先を見ると、そこには雨の中を走るレヴィの姿があった。
そして、その顔が悲しみに歪んでいることにバルムンクは気付く。
「なんで外に……てかあの子泣いて……!」
「何か……あったのでしょうか……?」
「あんのバカロード……! レヴィに何したの!? あんたはレヴィを追って! 私はあのバカを問い詰めてくるから!」
「分かりました……!」
「ほんと……だから雨は嫌い!」