第150話:敗因
跳ね上がった両腕が血を撒き散らしながら宙を舞う。
まるで時の流れが遅くなったような感覚の中、フェンリルは切断された自身の腕を見つめていた。
しかしすぐに我に返り、見もせずに片手で手帳を開いているロードに気付く。
「カラドボルグッ!」
瞬時に引き抜かれた天剣が、勢いそのままにフェンリルの首へと――――
『うぉぉぉッ!』
瞬間フェンリルは凄まじい衝撃波を放ち、今日四度目となる変化を始めた。
全てを吹き飛ばすそれがある限り、フェンリルに刃は届かない……筈だった。
「"たかが一度の完全防御"ッ!」
『ッ!?』
フェンリルが変化をする際に放つ衝撃波は、身体を組み替える時に出来てしまう隙を無くす為のものであった。
これは耐えようとして耐えられる類のものではなく、確実に吹き飛ばすという、いわば1つの理である。
だが、かつてアーサーが纏いしその鎧は、1日に一度だけ、所持者に対する全ての攻撃を打ち消す力を持っていた。
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ウィガール 聖鎧
神が生み出した伝説の鎖帷子。
1日に一度だけ、あらゆる攻撃を完全に防ぐことが出来る。
かつてこの鎧を身につけていた大英雄アーサーは、重要な局面でこのウィガールを使い、油断した敵に聖剣の一撃を見舞ったという。
ただし、使用の際に膨大な魔力を消費する。
武具ランク:【SS】
能力ランク:【SS】
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狼の姿に戻ろうとする彼に、衝撃をもろともせずロードが迫る。
さらにその後方、衝撃波の及ばない距離にいたエクスカリバーの手に、巨大な光の刃が握られていた。
『人間が……人間風情がッ!』
「それがお前の……敗因だッ!」
ロードの握る太陽剣と天剣が、変化を始めた無防備な胸へと突き刺さった。
『ごふッ!』
「いけぇぇぇッ! エクスカリバァァァァッ!」
「はぁぁぁぁッ! "栄光へ導く聖なる剣"ッ!!」
剣身から伸びた光の刃が水平にフェンリルの首へと入る。
魔力を喰らおうとした刹那、その身が歪な鎖に縛られた。
『なッ!?』
フェンリルは咄嗟に入り口の方角を見る。
偶然目があったレヴィは、やはり透き通るような赤い瞳でフェンリルを見つめていた。
『そ、その目で……我を見るなぁぁぁぁぁぁッ!!』
ロードはニッと笑い、グレイプニルを呼ぼうと開きかけた手帳を閉じる。
レヴィは彼の動きを推察し、先に動いたのだ。
そうして光の刃がフェンリルの体毛を切断し、守られていた肉を引き裂き喉を掻き切っていく。
顔だけ狼に戻っていたフェンリルは、大量の血を吐き出しながら大きく口を開いた。
『こ、このッ……がふッ! 我がッ!? あり得……!』
「これが……お前が見下した俺達の力だッ!」
『ガァァァァァァッ!!』
「はぁぁーッ!!」
光の刃は振り抜かれ、フェンリルの首が高々と宙を舞った。
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「ロード様っ!」
崩れ落ちたロードにレヴィが駆け寄り、優しく彼を抱き起こした。
魔力は底を尽き、体力も使い果たしたロードは、レヴィの腕の中で荒い呼吸を繰り返す。
「はぁっ……はぁっ……レヴィ……よかった……」
「ロード様……もうっ……」
やはり自分より他人を優先する彼に、レヴィは笑うことしか出来なかった。
「大事ないか主人よ」
剣を納めながらエクスカリバーが2人に歩み寄る。
「あ、ああ……ありがとうエクスカリバー。おかげで助かったよ……」
「フッ……それが我が務めである。だがもう魔力が……おいデュランダル!」
「今参りますよ……あー痛かった……」
デュランダルは後頭部をさすりながらロード達の下へ駆け寄ってくる。
彼はフェンリルの衝撃波を受け、かなり遠くまで吹き飛ばされていた。
「我はもう消える。後は貴公に任せる故、主人を頼んだぞ」
「分かりました。さ、ロード殿……肩を」
「ありがとうデュランダル……」
エクスカリバーは地面に転がっているフェンリルの胴体からガラティンとカラドボルグを引き抜く。
すると彼女は天剣を見つめ、誰にも聞こえない声で呟いた。
「兄上……だから言ったであろう? 我らを扱うに足る……素晴らしき男であると。ガラティンも……また共に戦場を駆けようぞ」
カラドボルグとガラティンが一瞬キラリと光り、彼女はフッと笑う。
そうして2本の剣を持ってロードの下へ戻ると、エクスカリバーの身体が淡い光を放ち出した。
「む、どうやら限界らしい。主人よ……また会おう」
「ああ……またな」
エクスカリバーは本来の姿へと戻り、3本の剣が並んで地面に突き刺さった。
ロードは3人に礼を言い、彼女達をしまおうと手帳に手を掛け――――
「えっ!?」
「ロ、ロード様!?」
手帳の表紙にあった傷。
いきなりそこから黒い光が溢れ出した。
困惑するロード達を尻目に、黒い光はますます強くなり、それが何かに吸い込まれるように伸びていく。
その先に視線を移したロードは驚愕する。
首だけになったフェンリルが、大きな口を開けて黒い光を吸い込んでいた。
「あ、あり得ない! もう生命は……!」
そう。フェンリルの命はもう尽きている。
ロードが生命を感じていなかった以上、それは紛れも無い事実だった。
『お見事……まさかフェンリルを討つとは思いませんでした』
「なっ……!?」
突如フェンリルから放たれた女性の声。
当然彼のものではないそれに、ロード達は身構えた。
「何者か……! 名を名乗れッ!」
デュランダルは剣を構え、フェンリルの首を睨みつける。
『ふふ……名乗る程のものではございません。さて、フェンリルは役目を果たしたようですね。もう1つは叶いませんでしたが……』
「くッ……レヴィ!」
「はあッ!」
レヴィは鎖を生み出し、瞬時にフェンリルの口を塞いだ。
同時に手帳から溢れていた黒い光が消える。
『あら、やりますね。えーっと……12ですか。封印が解けかけているというのに……随分好かれているようです』
「な、なにを……!」
『まぁいいでしょう。今日はこれで。また会いましょうね……ロード』
「ま、待てッ……!」
瞬間フェンリルの身体がドロドロに溶け、最初から存在しなかったかのように消えていく。
残されたロード達は、それをただ呆然と眺めることしか出来なかった。
「な、なんだったんでしょうか……?」
「今のはいったい……」
「ロード殿……手帳を確認した方がいい。嫌な予感がする」
デュランダルにそう言われ、ロードは急いで手帳のページを捲った。
「こ、これは!?」
本来この黒い手帳には、全てのページに武具の名前とその姿が記されている。
だが、ロードがページを捲ると、見たこともない真っ黒いページが何枚も現れていた。
「10、11……全部で12枚……ページが真っ黒になってる。今まで力を貸してくれた人達はいるけど……デュランダルこれは……」
「……嫌な予感が当たってしまったね。恐らく奪われたんだ……伝説の武具が」
「そ、そんなバカな……!」
「そんなことが……可能なのですか?」
「私にも分からないが……そうとしか考えられない。真っ黒のページからは何も感じないし、そこにいた筈の存在が消えたと考えた方が自然だ。ロード殿の魔力が戻れば、誰かを呼び出して中の様子を確認出来るかもしれないけど……」
ロードはギリッと歯を鳴らす。
そして拳握りしめ、目を強く瞑った。
「ロード様……」
「レヴィ……ごめん……」
レヴィは彼を抱きしめる。
僅かでも油断したことをロードは悔いていた。
その所為で、クラウンから託された武具を一部とはいえ何者かに奪われてしまったのだから。
「ロード様が謝られることはありません。私だって……まさか手帳から武具様を奪われるなどとは考えもしませんでしたから……」
「この手帳はそんな簡単なものではない筈だがっ!?」
その時突如として地面が激しく揺れ、天井に広がる月夜から巨大な瓦礫が降り注ぎ始めた。
それはダンジョン全体を包む崩壊の序章であった。
「こ、今度はなんだ!?」
「まさか……奴が言っていたやることって……!」
「……脱出しよう。デュランダル、2人をこっちに! ティエレン!」
ロードはティエレンをレヴィに渡し、彼女を中心に身体を寄せる。
そうしてレヴィが魔力を込めた瞬間、彼らは崩壊するダンジョンから姿を消した。




