第149話:変化
「変化を……?」
ロードは鎧を指さす。
それはかつてエクスカリバーの所持者であったアーサーが纏っていた伝説の鎧ウィガール。
「そうか……確かにそ奴ならば……」
「とにかく奴を追い詰める。話はそれからだ」
「よし……我は主人に合わせればよいのだな?」
「ああ、任せたぞエクスカリバー」
「承知した。だがまずは……」
2人の視線の先にいるフェンリルから、恐ろしい程の魔力が放出されていた。
全てを塵に変えんと練り上げた膨大な魔力により、ダンジョン自体が震えるかのように軋んでいる。
『話は終わったか?』
禍々しい巨大な魔力の塊を手に、フェンリルはニヤリと笑う。
「貴様の準備も済んだようだな。我が鎧を砕いた借りは必ず返してもらう……!」
『フハハ……やってみよ。これを防げるのならなぁッ!』
咆哮とともに放たれた黒い魔力の塊が、地面を抉りながらロード達に向けて迫る。
そんな状況の中、ロードはちらりと背後を見た。
視界に映るアスクレピオスは、頭の上に両手で丸を作りながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。
それを受けて彼女を回収したロードは、2ヶ月前のあの時を思い出す。
魔王の魔術を打ち破った、その瞬間のことを。
「いくぞエクスカリバー!」
「ああッ!」
彼の思考がエクスカリバーに流れ、2人は同時に大地を蹴った。
眼前に迫る黒い魔力の塊は、全てを飲み込みながら突き進む。
それに向け、ロードは右手を前に突き出した。
『なッ!?』
直後黒い球体はピタリと止まり、まるで時を遡るかのように逆方向へと進み出した。
このダンジョンで成長し、触れずとも生命を与えられる力を得たロードの前に、いかに強大であろうとも魔力の塊は意味を成さない。
黒い球体は人の形に変化しながら元主人へと突進していくが、咄嗟にフェンリルはそれを喰らい始めた。
『あり得ぬッ……ま、まさか奴の魔法はッ……!?』
フェンリルは聞いていた。
伝説の手帳を持ち、神の力を宿した人間の存在を。
しかし、その者が持つ魔法までは知らなかった。
「はあッ!」
フェンリルが自ら放った魔力の塊を喰い終えた刹那、左から黒き神剣が襲い掛かる。
『無駄……ぐぅッ!?』
鋼を遥かに凌ぐ強度であるフェンリルの体毛は、驚異的な物理耐性を有していた。
だが、デュランダルの一振りは硬ければ硬いほどに威力を増す。
受けた右手の体毛は容易く斬り裂かれ、さらに彼の腕に激痛が走る。
柔らかい肉は斬れなかったが、打ち込まれた衝撃により骨が悲鳴を上げていた。
『ぎ……このッ……!』
ロードの追撃を躱し、フェンリルは咄嗟に後方へと飛ぶ。
「そらあッ!」
『舐めるなッ!』
既に待ち構えていたエクスカリバーの剣が振り下ろされるが、フェンリルは左腕でそれを受け止め、間合いを詰めていたロードの顔面を蹴り飛ばす。
さらに聖剣を掴み、彼女を引き寄せ拳を叩き込んだ。
「うぐッ……!」
ロードは空中で一回転して地面に着地したが、強烈な一撃を受けたせいで視界が歪む。
迫るフェンリルの爪をなんとか受け止めるが、衝撃に耐え切れず再び吹き飛ばされた。
「ぐッ……!」
地面に叩きつけられたロードにフェンリルの追撃が迫る。
『砕けろッ!』
「させんッ!」
殴り飛ばされたエクスカリバーだったが、ダメージの残る身体でフェンリルに斬り掛かる。
鋼が鋼を穿つ音が響き、空中でそれを受けたフェンリルは弾き飛ばされた。
『ッちぃ……!』
ロードはすぐに起き上がり剣を構え、エクスカリバーはそれを庇うように前につく。
「……無事か主人よ」
「ああ……速いな。躱しきれなかった」
「膨大な魔力で肉体を強化しているようだな……反応速度が尋常ではない」
フェンリルはゆっくり近付きながら口角を釣り上げる。
『そうだ。我はお主らの遥か上をいく存在。人間如きが抗おうとなど……文字通り天に唾を吐く愚かな行為よ。先程も偉そうに語りおった人間がいたが、結局我が力の前にはゴミ同然……無論それは、この世界に生きる全ての者も同義であるがな』
「ふん……どうやったらそれ程傲慢になれるのか知りたいものだ……我も長い時を生きたが、貴様のような愚かな思想には辿り着けぬよ」
『フハハ……理解できまいて。神の生み出したものとはいえ、所詮道具は道具。魂を得た気になっている紛い物の命よ』
「黙れフェンリル! エクスカリバーは人間だッ! 彼女だけじゃない……みんな本物の魂を持っている。俺の仲間を侮辱するなッ!」
「主人……」
『くだらん……とはいえ人間には過ぎた力だ。まったく何を考えていたのやら。まぁよいわ……ここでやるべきことも今しがた終わった。これでまた1つ、我が主は頂への階段を上られたことになる。クックック……無知な人間共の絶望が目に浮かぶわ……! それに、ここでお主と出会ったのも僥倖よ。わざわざ集めずとも、お主を殺して手帳を回収すればよいだけの話。ああ、もちろん転がっている死に損ないも喰らってやるから、安心して……死ね』
その瞬間、ロードの身体から魔力が溢れ出る。
『なッ……!?』
それは、フェンリルが思わずそう声を上げる程の魔力。
「そんなことは……させないッ!」
黒き神剣を強く握り、ロードは一気に前へと出た。
フェンリルは全身から魔力を放出させ、そこから無数の魔力弾を練り上げる。
『我に近寄るなッ!』
先程の打ち合いでデュランダルが自身の脅威になると感じたフェンリルは、ロードを近づけさせまいと魔力弾を一斉に放った。
だが、その前に聖剣が立ちはだかる。
「構わず進めッ! "原点に帰す聖剣の導き"!」
事象の巻き戻しにより、魔力弾が全てフェンリルへと撃ち返される。
『またッ……!?』
フェンリルがそれを喰らった瞬間、ロードは手にした神剣を空中へ放り投げた。
『ッ!?』
「ガラティン!」
手帳から橙色に輝く剣を引き抜くロードに目を奪われた刹那、フェンリルの左前方で宙を舞っていた神剣が黒い光を放った。
「つぁッ!」
『な……にぃッ!?』
空中で人型へと姿を変えたデュランダルの剣を咄嗟に左腕で受け止めるが、体毛は引き裂かれ、フェンリルに再び激痛が走る。
「はぁッ!」
『ぐッ……ぬぇいッ!』
剣と拳がぶつかり合い、激しい衝撃波が辺りに広がった。
しかし、ロードは止まらない。
すぐさま身体を沈め、下からフェンリルを斬り裂いた。
『ぐぬッ! おおおッ!』
対するフェンリルも、胴体を斬られようが一切怯まずに拳を放つ。
だが、ロードは軽々とそれを躱し、さらに剣を振り抜いた。
『ぐ……お……!? は、速いッ……!?』
ロードが握るは太陽剣ガラティン。
太陽が天高く昇る時、ガラティンは所持者に驚異的な身体能力をもたらす。
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ガラティン 太陽剣
神が太陽の光を集めて創り出した伝説の剣。
朝から正午に限り、所持者の身体能力を強化する力を持つ。
太陽が出ていなくても効果はあるが、太陽が見えており、かつ正午に最高の力を発揮する。
かつてこれを握ったのは、大英雄アーサーが最も信頼を置いたという英雄ガウェイン。
彼はこの剣により、"太陽の騎士"としてその武勇を馳せた。
ただし、夜は何も斬れない。
武器ランク:【SSS】
能力ランク:【SS】
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フェンリルの胸は十字に裂かれ、そこから大量の血が流れ出した。
それでもフェンリルは下がらない。
『あり得ぬッ……はぁぁぁぁッ!』
「うっ……!?」
デュランダルの斬撃を膨大な魔力で弾き返し、フェンリルはロードに向けて飛び掛かった。
『我はフェンリルッ! 人間に敗れる筈がないッ!!』
高速で打ち出される拳と蹴りを、ロードはいなし、躱し、そして防ぎ切る。
「種族で……力で……何もかもを決められると思うなッ!!」
『があッ!?』
三度裂かれた腹部から血飛沫が上がる。
首だけは防御していたが、ロードはそれを読んでいた。
そしてフェンリルの懐に一瞬で潜り込んだロードの太陽剣が、体毛の無くなった両腕を斬り裂いたのだった。




