第127話:中心
そういえば……リセルからそういう話は聞いていなかった。
私が知っているのは、大切にしていた猫のフェーヤが死にそうになり、必死で神様にお願いしたら1つになれたってことだけ。
そして、後からそれが本当の魔法だって教えてもらったという話だった。
いつも私を励ますばかりで、リセル自身の話はあまり……。
「あの子が融合した猫はね……あの子にとってたった1人の友達だったの。でも……」
アナさんはすごく悲しい目をしていた。
知りたい……リセルの過去を。
「何が……あったんですか?」
「……そうね。あなたは知っておくべきかもしれない。あの子はね……無能だと分かった途端両親に捨てられたの。元々あまり愛情が無かったんでしょうね……それで故郷を離れ、少し離れた森の中で1人暮らし始めた」
「え……」
似てる……私と。
「必死だったって言ってたわね。食べられそうなものはなんでも食べたって。でも、やがて必死さが薄れ、
リセルは孤独と恐怖に絶望していく。そんな時、1人ぼっちだったあの子に友達が出来る。それがフェーヤ。あの子にとっては唯一の話し相手。壊れそうなあの子を支えた大切な存在だったの。そうして2人は一緒に暮らし始めた」
もう……聞くのが怖い。
「辛かったけど2人は幸せだった。でも、それから2年後……フェーヤにある異変が起きた」
「異変……」
「そう……フェーヤは急に動かなくなってしまったの。息はしている……けど、元気がない。リセルはなんとかしようと一生懸命頑張った。栄養のありそうな木の実を必死に集めたり、罠で捕まえた動物の肉をあげたりね。でも、フェーヤは元気にならなかった。それどころかどんどん衰弱していく。そうしてあの子は再び世界に絶望した。ただ生きたいだけなのに、2人で静かに暮らしていたいだけなのに……って。でも、フェーヤを助ける為に絶望するのを必死でやめた」
「リセルは……どう……したんですか?」
「あの子は故郷に戻ることにした。彼女の故郷には優秀な回復魔法使いがいたらしくてね……それに頼るしかないと思ったそうよ。治せるかどうかは分からないけど、それしか思い浮かばなかったんでしょうね。リセルはフェーヤを抱えて必死に走った。そうしてなんとかフェーヤが生きているうちに故郷に辿り着いたの」
私の目からは既に涙が溢れていた。
フェーヤを一生懸命救おうとしている姿を想像するだけで……フェーヤを抱えて必死に走る姿を思い浮かべるだけで……。
誰にも頼れず、きっと涙をながしながら……リセルは……!
「当然故郷ではあの子が無能だと知れ渡っていた。そして、リセルが帰ってきたことはすぐにリセルの両親にも伝わってしまう。両親はこう思ったんでしょうね……"いなくなった筈の厄介者が帰ってきた"と。その思いはすぐに激しい憎しみへと変わる。あなたにも話したように……それが世界にかけられた呪い。リセルはそんなことなど知る由もなく、回復魔法使いの家の扉を必死に叩いていた。でも、回復魔法使いは出てこない。その時、リセルは髪を掴まれていきなり引きずり倒された」
心臓が痛い。
リセル……。
「それをやったのはリセルの父親。そのまま父親はリセルを激しく罵倒し暴行を加えた。リセルは必死にフェーヤのことを伝え、それさえ終われば出ていくからと必死に訴える。気付けば周りを村人達に囲まれて、リセルはどんどん追い詰められていく。それでもリセルは必死にお願いした。"フェーヤを助けて下さい"と……でも、その願いは届かない。リセルは父親に引きずられ、村の外へと放り出された。そして、既に冷たくなったフェーヤも……」
「うっうっ……」
「そしてその日、リセルの故郷は地図から消えた。私達ティタノマキアがあの子を見つけたのは全くの偶然。既に瓦礫の山と化していた村の中で、猫の耳を生やしたあの子が1人空を見上げているのを見つけ、そして保護したという訳。今話したことは後からリセルから聞いたことよ。もちろん私の推測も少し入っているけれど……これがあの子に起きた悲劇」
「リセルっ……」
涙が止まらなかった。
自分だってこんなに辛いことがあったのに……ずっと私を励ましてくれて……!
「あの子はあなたが大好きなのね。前々から元気な子だったけれど……ここ最近は本当に楽しそうだもの」
リセル……ありがとう……。
「アナさん私……!」
「私じゃなく、あの子に直接言ってあげて。リーダーには明日にでも話しましょう」
「……はいっ! アナさんおやすみなさい!」
「ええ……よい夢を」
アナさんにお辞儀をしてバルコニーを後にする。
私は走った。
あの3年前より速く……リセルに私の想いを伝える為に。
急いで部屋に戻り扉を開けると、リセルはベッドから起きて椅子に座っていた。
「リセル……」
私の声に反応してゆっくりとリセルがこっちを向いた。
その目は真っ赤に腫れ上がり、灯りに照らされた頬は濡れているように見える。
「シェリル……!」
リセルは私に抱きつき、何度も私の名前を呼んでいた。
私もリセルをぎゅっと抱きしめる。
「リセル……」
「嫌な夢を見たにゃ……シェリルがいなくなっちゃう夢……それで起きたらシェリルがいなくなってて……!」
「ごめんねリセル……でも、大丈夫だよ。私はどこにもいかない。ずっとリセルと一緒だよ」
「ほ、本当にゃ……?」
「うん……私決めたから。リセルと一緒に戦うって」
「シェリル……シェリルっ……!」
私がされたことももちろん許せない。
けど、それ以上にリセルをあんな目に合わせた世界が許せなかった。
そして、これからもそんな悲劇が起こるというのなら……絶対に止めなきゃだめだ。
例え世界を滅ぼしてでも。
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アナはシェリルが去った後、1人バルコニーから町を見下ろしていた。
薄っすらと笑みを浮かべながら。
「終わったようだな」
背後から掛けられたその声に、アナはゆっくりと振り返る。
「あら、いらっしゃったのですね……」
「たまたまだ」
「ふふ……そうですか」
2人は寄り添い、アナは男の肩に頭を預けた。
僅かな沈黙の後、彼女は静かに口を開く。
「嘘は言っていませんわ」
男はアナを見つめて頷く。
「ああ……赤子を導くのが我らの務め。歩き方を知らないのならば教えてやればいい。それでも歩けないのならば手を貸せばいい。ただ……それだけのことだ」
「ええ……」
「人は誰しも遠くの驚異に心が追いつかない。それがどれほど強大だとしても、自分で枠を作り思考から排除してしまう。その代わり、身近な事象には激しく心を揺さぶられる。手の届く範囲にあるそれは、容易に道を選ばせるものだ。大であれ小であれ……な」
「まさしく……」
「欺瞞に満ちたこの世界……偽りの神を地に堕とし、真の神を再び頂きへと戻す……その為にはまだ力が足りん。無知なる正義を振りかざす阿呆どもを抹消せねば……我らの刃は届かない」
「はい……クロス様」
2人は唇を重ねる。
熱を帯びた吐息が白い湯気となり、北の大地の凍える空を昇っていく。
既に世界各地で燻された煙が立ち上り始めていた。
うねりの中心は彼らティタノマキア。
クロスは世界の中心を鋭い眼差しで睨みつけていた。
「やがて堕ちる。世界の中心は……貴様のものではないのだから」




