第126話:日常
「うー! 寒い寒い……」
「ここは今の季節でも雪が降るからにゃあ。アルメニアとは全然違うにゃ」
今日はリセルが気分転換にと私を町に連れ出してくれていた。
あの日から……リセルはずっと私の側にいてくれている。
もう大丈夫なんだと分かっていても、暗くなると嫌なことばかり思い出してしまい、私はなかなか眠れなくなっていた。
リセルはそんな私を慰め、私が眠れるようになるまで寄り添ってくれて……ありがとう……リセル。
城下町はすごく賑わっていて、今が戦争中とはとても思えない。
人込みをかき分けるように石畳の道を2人で歩く。
商店通りの両端には店が建ち並び、お店もお客さんも笑顔で溢れていた。
「でもだいぶ慣れてきたよ。っていうか……リセルはそんな薄着で寒くないの?」
「ふふふ……リセルはフェーヤと一緒にいるから寒くないのにゃ!」
「わ! すごっ!」
そう言って彼女が袖を捲ると、その腕は彼女の髪と同じ白い毛で覆われていた。
普段は普通の腕だったから、出したり引っ込めたり出来るらしい。
「やっぱり融合魔法って凄いんだね」
「フェーヤはいつもリセルを守ってくれる最高の友達にゃ! あ……今はシェリルも最高の友達にゃよ?」
「ふふっ……うん……私もだよリセル」
アルメニアが崩壊してから1ヶ月。
私は彼女達に連れられ、北の大地にある小国オトリスにいた。
オトリスはヴァルハラ大陸の北東の端、南西にあるアルメニアとは正反対に位置している。
私はここに連れられてすぐリセル達の……つまり、ティタノマキアのリーダーさんと会った。
彼は私が世間から離れている間に起きたことや、ティタノマキアが何をしているのかを私に話してくれた。
そして……世界に何が起きているのかも。
「決心はついたにゃ?」
2人で手を繋いで町を歩いていると、リセルがふとそう言った。
私は返答に困ってしまう。
「……少しは」
「そっか……シェリルは優しいにゃあ」
「ううん……私だって憎い。あんな目に合わされて……正直許せないよ。でも……」
彼らティタノマキアの覚悟は本物だ。
本気で世界を一度壊すつもりでいる。
それは……多くの人が死ぬということ。
民衆にはなるべく手を出さないって言ってたけど、場合によっては……とも言っていた。
事実レアは今……でも、無能と呼ばれている人を救う為には……世界を救う為には仕方ないって……。
「シェリル……リセル達みたいな子がこの世界ではいっぱい死んだにゃ。今生きている無能は結構救ったけど……このままだとまた新しい無能が生まれるにゃ。その子達はまた迫害される……それを止めることが出来るのはリセル達しかいにゃい」
この国は彼らの国。
元々はアルメニアのように無能を迫害していた国らしく、政府を秘密裏に倒して国を乗っ取ったらしい。
有事の際は王様とか偉い人の複製をフェイクさんが創り、その護衛としてジェイドさん達がつく。
そうして国民や兵士に知られぬまま……この国はティタノマキアに支配されている。
「もちろん選ぶのはシェリルにゃ。一緒に戦ってくれたら嬉しいけどにゃ……」
この国にはティタノマキアに助けられ、危機を脱した元無能が何人か住んでいるそうだ。
彼らは助けられた恩義は感じていても、ティタノマキアに手を貸すことを拒んだらしい。
リーダーは私にも選ぶ権利があると言った。
出来るなら力を貸して欲しいと……でも、出来なくても責めはしないと。
私も彼らに協力したい。
私が受けた屈辱と絶望を奴らに叩きつけたい。
私のように迫害される人をなくしたい。
でも……あと一歩踏み出す勇気が無かった。
人を殺す勇気が。
だから……。
「もう少し……考えてもいい?」
「もちろんにゃ! ゆっくり考えて欲しいにゃ」
「ありがとうリセル。魔法の特訓はちゃんと続けるからね」
「うんうん! シェリルの魔法は優秀だからにゃあ……きっとシェリルの助けになるにゃ!」
私は副リーダーさんから自分が本当に使える魔法を教わっていた。
初めて聞いた時はびっくりしたし、そんな力があるなんて信じられなかったけど……それを聞いた時、3年前に王都から遠く離れた山まで移動したのを思い出した。
私の本当の魔法を使えば確かに可能だったと今なら分かる。
その話をしたら、副リーダーさんは"様々な負の感情によって力が暴走したのではないか"と言っていた。
「あ、シェリル! あのお店がおいしいにゃ!」
「わ、分かったから! ふふっ! 引っ張らなくても逃げないよー!」
「早く行くにゃー!」
今はただ……この普通の日常が嬉しい。
だって、二度とこんな日が来ると思ってなかったから。
こんな気持ちにさせてくれたみんなの力に……私はなりたい。
あと一歩……。
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「くぅ……むにゃ…………シェリルゥ……」
「リセル……ふふっ……」
その日の夜。
二段ベッドの上で眠るリセルの寝言を聞きながら、私は魔法の特訓をしていた。
魔法が使えなくて……苦しくて、悲しくて、辛かった……そんなあの頃とは違う。
日に日に力を増していく自分の魔法が嬉しかった。
だからついつい夜更かししてしまう。
「うん……上手くいった。あ、もうこんな時間か……そろそろ……」
その時部屋の扉が軽くノックされる。
誰だろうこんな時間に……。
すると少し扉が開き、そこからニコッと笑った顔が覗く。
「あ……」
「しーっ……」
彼女は人差し指を口に当てた後、私に向けて手招きする。
私は静かに部屋を抜け出した。
「リセルを起こしたら可哀想だから……ごめんねシェリルちゃん、こんな夜遅くに」
「いえ、私は大丈夫ですけど……どうしたんですか? アナさん」
アナさんはティタノマキアの副リーダー。
私に本当の魔法を教えてくれた人だ。
凄い美人ですごく優しい……私の憧れの人。
「ちょっとシェリルちゃんとお話しがしたくて。こっちに来てくれる?」
「あ、はい。分かりました」
彼女に連れられて城の中を歩く。
今やオトリス城はティタノマキアのアジトになっており、メンバー以外は入ることが出来ないようになっている。
メンバーの中には無能じゃなかった協力者さんも何人かいるけど、主要メンバー9人は全員元無能だ。
協力者さん達は主に雑務や国の管理をしていて、たまに戦闘にも加わるらしい。
みんな強くて、そして優しい……いい人達ばっかりだ。
「ここなら今の時間……誰も来ないわ」
そこは城の上部にあるバルコニー。
眼下には深夜の城下町が見える。
灯りはなく、町は静まり返っていた。
「あの、それでお話しって……」
アナさんはいつものように微笑み、そして静かに口を開いた。
「あなたの迷いは知ってる。けど、いつかは決めなければならないわ。この城にいられるのはティタノマキアのメンバーだけ……秘密を守る為にね」
「はい……分かってます」
そう……いつかは決めなければならない。
それは分かっている。
リセルはゆっくりでいいと言ってたけど、いつまでもという訳ではないと。
「隠し事はしたくないから言っておくわね。城下町に住んでる元無能も一応監視してる。私達のことをどうにかしようとすれば……ね。そして、二度と接触はしない。仮にすれ違っても会話はおろか、目を合わすことすら許されないわ」
「はい……」
つまり、私がティタノマキアに協力しないということは、二度とリセルと話せないということだ。
「あなたは可愛いから、きっとすぐに城下町で恋人が出来るわ。そしていつか結婚して、子供を産んで家庭に入る。そんな普通の幸せもすぐそこにあるの」
私の夢……"綺麗な花嫁さんになる"。
絶対に叶わないと思っていた夢。
でも……。
「ごめんね……本当ならこんな意地悪はしたくないんだけれど……」
「いえ……分かってますから……」
「ありがとう。あ、そういえば……リセルとはどう?」
「リセルは……可愛くて優しくて明るくて……あの子といるだけで幸せな気持ちになります。今日も一緒に町へ行って、2人でご飯を食べました」
「ふふっ……仲良くなれてよかったわ。あの子も可哀想な子だったから……今笑っていられるのが不思議なくらいにね」




