第118話:因果
「我が一撃をッ……!」
「痛みを感じたのは久しぶりだ……!」
ジークのスキル"戦闘力強化"。
それは単なる身体能力の強化とは似て非なるもので、戦闘時にのみ発動する勝利の為の強化である。
単純な筋力強化はもちろんのこと、皮膚や骨が攻撃に耐える為に鋼のように強化され、また、驚異的な反射神経や速さを得るなど、人間の限界を超えた力を発揮出来るというものであった。
因果魔法と戦闘力強化という強大な力を2つ持っていたことで、彼はこれまでの戦い全てに勝利している。
故に彼はかつてこう呼ばれていた。
"戦神の勇者ジーク"と。
「うぉらぁッ!」
「ぬぅッ!」
ジークは受け止めた棍棒を弾き返し、ヘラクレスの巨体を押し返す。
さらにそのままヘラクレスへ殴り掛かろうとするが、雷速で迫るロードに反応して因果を断つ。
灼熱の槍はジークの身体をすり抜けて空を斬り、ロードはそのまま2人の間を駆け抜けて距離を取った。
「くっ……!」
「速えなおい」
実はこの時フラガラッハも背後からジークを捉えていたのだが、ブリューナクと同様ジークには当たらずすり抜けてしまう。
アロンダイトとフラガラッハにジークが気付いていなかったと感じたロードは、因果魔法は対象を定める能力ではなく、ジーク自身を全ての因果から外しているのだと推測した。
「はぁッ!」
「ぬぅらぁ!」
ロードはジークの右から、ヘラクレスはジークの左から攻撃を放つ。
次にロードが知りたいのは因果魔法が使用出来る間隔。
ブリューナクとフラガラッハを躱されてから数秒、ジークはそれぞれの攻撃に対し魔法を使わず両腕で防いだ。
再び凄まじい衝撃波が周囲に広がる中、ジークの背後から迫るフラガラッハが紅い閃光へと変わる。
「目で追うな馬鹿野郎」
瞬間発動した因果魔法によりフラガラッハは再び外れ、ロードとヘラクレスは対象を失いバランスを崩す。
「ぐっ!」
「ぬぁっ!」
体勢の崩れたロードとヘラクレスを蹴り飛ばし、ジークは膝を突く2人の前でニヤリと笑う。
「終わりかい? お2人さん」
「……いえ」
今の攻防から持続時間は約3秒、使用間隔は約5秒だとロードは推察した。
そして、その隙間を縫って攻撃を叩き込むより他はないと。
「ん、その意気だ」
最初は単に諦めさせるつもりだったジークだが、決して悪くないその動きとロードの目が気に入り、いつしか楽しいとすら思い始めていた。
「いや、そうじゃなく……2人じゃないんで」
「……ぬ」
フェイルノートは既に弓を引いていた。
彼女は初手を放った後、ヘラクレスの攻撃に合わせて気配を消しジークの家の中へと入る。
そうして彼女は静かに合図を待っていたのだ。
窓越しに、撃ち貫くべき相手をその目に映して。
「タスラム!」
黒い手帳から金色の魔弾が現れ、フラガラッハとともにロードの周囲を飛び回り始めた。
それに目を奪われていたジークだったが、視界の端で弓を引くヘラクレスに気付く。
「ちっ……!」
「"神すら殺す毒牙の光弾"!」
剛弓から放たれる禍々しい紫色の閃光がジークに迫る。
さらにロードから放たれた4つの切っ先を視界に捉え、ジークは因果を断つしかなかった。
結果、5つの軌跡はジークをすり抜け虚空を貫く。
「……今」
ロードからの合図を受け、放たれた"無駄なしの弓"は扉から飛び出し地を這うようにジークへと迫る。
狙いは足。
今までの攻防から判断して、因果が再び繋がり、さらに魔法を発動出来ないであろう完璧なタイミングだった。
ただそれは、今までがジークの全力だったならばという話。
迫る矢にジークが手をかざした瞬間、矢は世界から静かに姿を消した。
「……!?」
因果魔法には様々な力がある。
今まで彼が使っていたのは自身に対する因果を断つ力のみ。
そして今使用したのは対象と世界の因果を断つ力。
前者は視認せずとも、後者は視認する必要があるという違いはあるが、この2つがある限りジークに隙はない。
「ク、クソ……!」
「惜しかったな。最後が真正面じゃ……」
その時トンッとジークの背中が叩かれる。
「いっ!?」
驚いてジークが振り返ると、いつの間にかそこにいたレヴィの拳が彼に当たっていた。
「おま……!」
「一発……でしたよねジーク様? ロード様が当てなければならないとは伺っておりません」
目を丸くするジークだったが、ニコッと笑うレヴィに対し思わず吹き出してしまった。
「クッ……ハハハハハ! あーそうだな……確かに言ってなかった。そうか……お嬢ちゃんも……」
「はい。私もロード様のお力の1つですので」
「だよな……分かった。俺の負けだ」
「ジークさんじゃあ……!」
「ああ、俺が教えられることはな」
「あ、ありがとうございます!」
「ま、戦ってる間に楽しいと感じちまった時点でな。オーランドの野郎が気に入るのも無理はねぇ。にしてもお嬢ちゃん……全然気付かなかったぞ。いったいどうやったんだ?」
レヴィは被っている黒い兜を指差す。
ロードがヘラクレスを呼んだ理由。それは彼女の力はもちろんのこと、その圧倒的な存在感によりフェイルノートと自身の行動、そしてハディスを拾い消えるレヴィに気付かせない為だった。
「この方はハディス様と仰いまして、被っている間気配と姿を消せる力を与えて下さるのです」
「ほー……つーかどんだけ武器持ってんだよお前……まぁ、そもそもお嬢ちゃんが消えたのにも気付かなかったし……俺の完敗だったって訳だ。なぁ、1つ聞かせてくれ。お前らあの時会話してなかったよな? サインを出してた様子もねぇし……念話魔法でも使ってたのか?」
「「いや違いますけど」」
「あー……もういいや。何となく分かったから」
「「はい?」」
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その日の夜。俺達はジークさんの家の庭で丸太を椅子代わりにして焚き火を囲んでいた。
パチパチ火の粉が舞い、ジュージューと鹿肉が焼ける音とともに芳ばしい匂いが広がっていく。
まぁ俺はそれよりも、隣でその肉を食い入るように見つめるレヴィと、地面にどかっと座り、ヨダレを垂らしながら焼けるのを待つヘラクレスとフェイルノートの方が気になっていたのだが。
「大体の話は分かった。俺が勇者を辞めてから色々あったみてぇだな」
肉が焼けるのを待つ間、俺はジークさんにこれまでの全てを詳しく話しておいた。
「俺はてっきりバーンさんから聞いているものだと思ってました」
「あの野郎二言目には復帰しろって言うからな。だから話を聞かないようにしてたんだよ。お前にも一応言っとくが、俺はここから離れるつもりも手を貸すつもりもねぇ。あくまでお前を鍛えてやるだけだ。いいな?」
ジークさんはそう言いながら物凄い顔で俺を睨む。
怖……。
「わ、分かりました」
「ジーク様、1つお聞きしたいことがあるのですが」
「言ってみな」
「何故ジーク様は勇者をお辞めになったのですか?」
レヴィの問い掛けにすぐには答えず、ジークさんは火に薪を放り投げ、酒の入ったボトルを口に運ぶ。
葉巻を取り出して焚き火で火をつけると、夜空に向けて煙を吐いた。
「……くだらねぇ話よ。全部馬鹿らしくなっちまったのさ。何の為に戦っていたのか……分からなくなる程にな」
「いったい何が……」
「フッ、悪いことってのは重なるもんだ。そして、どうでもいいとすら思っていたことが、何よりも大切なもんだったんだと気付くのは……いつだって失った後なんだよ」
それは……何だか分かる気がする。
15歳の誕生日から俺の日常は変わってしまった。
いるのが当たり前だった両親がいなくなり、俺は無能として1人で生きていかざるを得なくなった。
俺はその時……普通の日常がどれだけ大切なのかを思い知らされる。
この間レヴィが拐われた時もそう。
いなくなってから……ああしておけば、こうしておけばの繰り返しだった。
「教えて下さい……何があったのか」
「……まぁ、ロイが絡んでるからな。お前らにもまるっきり無関係って訳ではないか……話してやってもいいが、くだらなくて虚しくて、そして……情けない話だぞ?」
「……はい」
「んじゃ飲め」
「え!?」
「シラフじゃ話せねぇし、聞いてらんねぇ話だ。飲まなきゃ話さん」
「わ、分かりました……飲みます」
「我にもくれ。飲んでみたい」
「……私も」
「では、私もいただきます」
「ん? 武器2人は分かるが……お嬢ちゃんは酒飲める歳か?」
「4832歳です」
「……は!?」
「あ、言うの忘れてました。レヴィは魔族なんです」
「マジか……まぁいいや。んじゃ、飲みながら聞けや」
そうしてジークさんは俺達に酒を注ぎ、静かに語り始めた。




