第117話:本気
俺はイアリスを両手で構え、その切っ先をジークさんに向けた。
それに対しジークさんは右手に持った鉈を肩に置き、左手を腰に添えたまま動かない。
その表情は柔らかく、まるで微笑んでいるかのようだった。
俺は大地を蹴り間合いを詰め、一直線に刃を振り下ろす。
ジークさんにそれを軽く避けられるが、最初から当たるなんて思っていない。
「はぁっ!」
右足を踏み込んで振り下ろした瞬間右手を離し、左手一本で剣を真横に放つ。
「ふんっ!」
ジークさんの鉈が振り下ろされ、イアリスと激しくぶつかり火花が散った。
「くっ!?」
上から打ち下ろされたその強烈な一撃をなんとか堪えたが、ギリギリと嫌な音を立てながらイアリスが押し込まれていく。
武芸百般で強化されている筈の筋力を……この人は……!
「ほう? 剣ごとへし折ってやるつもりだったんだが……俺の一撃を左手1本で耐えるとはな」
俺は両手でイアリスを掴みなんとか押し戻そうとするが、ジークさんの鉈はビクともしない。
それどころか片手のまま強引にっ……なら!
「おっ?」
ぶつかり合っていた部分を支点にして剣を回転させ、ジークさんの力をいなして剣を振りかぶる。
「がっ!?」
「腹がガラ空きだ」
振りかぶった瞬間をっ……膝……!
体制を立て直す為に俺はそのまま後方に下がり距離を取った。
武芸百般の力は俺の筋力を上げ、戦闘技術を大幅に上げてくれている。
だが、ジークさんは武芸百般がなくとも鍛え上げられたその肉体と、磨き抜かれた技術、さらには俺に無い積み重ねた経験という力がある。
それに加えて魔法やスキルがまだ……!
「そらそら全力を出せ全力を。じゃないと……大切なもんを失っちまうぞ?」
冗談じゃない。
レヴィは二度と……。
俺はイアリスを納め、黒い手帳を握った。
「ふーっ……デュランダル……アロンダイト」
手帳から黒い剣と蒼い剣を引き抜く。
アロンダイトは剣聖と言われた英雄ランスロットの剣。
湖の妖精の力が宿るというその剣は、空気にすら一切の波紋を残さない。
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アロンダイト 静寂の剣
神が生み出した伝説の蒼き聖剣。
かつて大英雄アーサーに使えた騎士の1人である英雄ランスロットが使用した。
剣身に湖の妖精の力が込められており、この剣の前に全ての抵抗は無力と化す。
つまり、重量、遠心力、空気といった抵抗を全て消し、さらには音も気配すらも打ち消してしまう。
ランスロットの剣技と相まって、相手は死ぬまで斬られたことに気付かなかったという。
音も気配もなく斬り伏せてしまうことから、この剣は別名"凪の剣"とも呼ばれる。
武器ランク:【SSS】
能力ランク:【S】
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「……ほう」
デュランダルを上段に、アロンダイトを身体に巻きつけるように左下に構え、俺は再びジークさんに向けて駆け出した。
左手のデュランダルを振り下ろし、同時にアロンダイトを左から右へ薙ぎ払うように下から放つ。
ジークさんは鉈でデュランダルを受けようとしたが、それを容易く切断し、デュランダルとアロンダイトがジークさんの身体に――――
「えっ!?」
俺は剣を振り抜いた……間違いなく。
だが、手応えのないままにそれは虚しく空を斬る。
「俺が鍛えた鉈を……凄まじい切れ味だな。ま、当たらなきゃ意味が無い」
「なんっ……ぐっ!?」
ジークさんの拳が俺の腹に突き刺さり、そのまま数メートル吹っ飛ばされた。
背中から地面に叩きつけられるが、瞬時に片膝を突いてなんとか起き上がる。
「ゲホっ……なんで……」
確実に当たった筈だった。
まるで……剣がすり抜けるみたいに……!
「戦う相手の魔法は戦うまで分からねぇ。お前さ、"当たった"と思って手も気も抜いたろ? 馬鹿が……確実に当たる攻撃なんざねぇんだよ。しかもその理由を戦いの最中、しかも敵の間合いの中で身体を止めて考えるな。攻撃が躱されたなら敵の反撃に備えろ。動きはいいが……戦闘に関してはど素人だな。しかも甘い。頭の先から剣の切っ先まではちみつでべっとりだ」
「くっ……!」
「なぁお前さ、マジで俺がお嬢ちゃんを取らないとでも思ってんなら……後悔するぜ?」
その言葉に心臓が跳ね上がる。
俺は……いい加減に……!
「レヴィ! ジークさんの能力は!?」
「は?」
「はい! ジーク様の魔法は"因果魔法"……この世の理を塗り替えてしまう力です! 今の攻防……ジーク様はロード様の斬撃を"当たらなかったこと"にしてしまったのだと思います! 魔法の発動にはある程度間隔を空ける必要があるようなので、なんとか隙をついて下さい! また、スキルは"戦闘力強化"といい、戦いに勝つ為の全てが向上するという能力です! 特技は無視して問題ありません!」
「分かった……!」
因果魔法……もちろん初めて聞く魔法だ。
理屈は分からないが、とにかく隙を突くしかない。
「な、なんで俺の魔法を……!」
「手段は選ばない……俺は……あなたに勝つ!」
その時俺の視界に馬車が見えた。
そして、手を振るエポリィも。
「エポリィすまん!」
「へぇっ!?」
彼女から魔力を回収し、俺はデュランダルとアロンダイトも手帳に戻す。
考えろ……あの人に攻撃を当てるには……!
「フェイルノート! ヘラクレス!」
2人を呼び出し、俺はすぐに生命を与えた。
水色の弓兵と赤き巨人がそれぞれ大地に立つ。
「お久しぶりですね……ご主人様……」
「久しいな所持者よ。ふふ……難敵のようだな」
これが俺の全力だ。
思い出せ……自分の甘さを。
レヴィを奪われ、俺は死にかけた。
それを繰り返さない為に……俺はここに来たんだろ!
「おもしれぇな小僧……こりゃ本気を出さねぇとやばいかもな。ったくよぉ……最初からその目でやれってんだ」
俺はジークさんを見ながら聞こえないように2人に指示を出す。
2人は無言で頷くと、フェイルノートは弓を、ヘラクレスは棍棒を構えた。
「フラガラッハ! ブリューナク!」
手帳から更に2人を呼び出す。
フラガラッハを俺の近くで浮遊させ、ブリューナクを両手で構えた。
「2人とも……頼んだぞ」
「はい……」
「任せい!」
「いいねぇ……面白くなってきやがった! さぁ来いよ……今度こそ全力でな!」
ジークさんが初めて構えを取った
有効範囲、持続時間、魔法と魔法の発動間隔など細かい部分は分からないが……必ず隙はある筈だ。
「ハディス」
俺はレヴィを見る。
レヴィはそれで察してくれたようだ。
「よし……行くぞ!」
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ロードとヘラクレスが駆け出すと同時、フェイルノートの矢が放たれる。
ジークはそれを横に跳んで回避するが、無駄なしの弓は既に対象を定めていた。
「ぬっ!?」
避けた方向に直角に曲がる矢に素早く魔法を発動させ、ジークは矢と自分の因果を断つ。
フェイルノートの"必中"はジークの魔法に上書きされ、彼には当たらず後方へと消えていった。
「……!」
通常の矢ならいくらでも放て、もちろんその精度も決して低くはない。
だが、フェイルノートの"必中"は、かなりの集中力と魔力を使う為に連発出来ないという欠点があった。
故にかつての所持者である英雄トリスタンは、フェイルノートの"必中"を使う際は通常の矢に混ぜて使うようにしていたという。
今回ロードが初手でフェイルノートに"必中"を撃たせたのは、必ず当たる攻撃も通用しないのかどうかを探る為であった。
「でけぇなおい」
「賞賛と受け取ろう!」
ロードはブリューナクの力を制御し、先にヘラクレスをジークへと向かわせていた。
ヘラクレスの棍棒が唸りを上げてジークに迫る。
ロードはジークが躱す瞬間を狙い、ブリューナクを振りかぶった。
だが――――
「なっ!?」
瞬間凄まじい衝撃波が周囲に広がる。
ジークはヘラクレスの棍棒を、頭上に交差させた両手で受け止めていた。




