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3/3

#3

落ち着くまで座って体を休めた俺は、しばらくして立ち上がり、あたりを見回しながら歩きだした。

戻したおかげで腹は空いたが、それよりも今はこの森が気になる。

濃密な緑の空気。

それを吸いながら散策を始めると後ろからガサガサと音が聞こえてきた。

振り返ると、ジェニファーがひこひこ体を揺らして後をついてくる。


空を飛ぶ姿は美しく格好いいジェニファーだが、歩くのは苦手らしい。


俺は久しぶりの草木の感触を楽しみ、花の香りを嗅いだ。

空を仰ぎ見れば高い木々、背後には今までいたペウエレケ山がそそり立つ。

下から見ると本当にえげつない高さで、またあそこに帰るのかと思うとげんなりする。

ジェニファーはしっぽをふりふり俺のそばに来て、期待に満ちた目で見つめてくる。

「……ああ。歌か」

ジェニファーの熱い視線でここに来た目的を思いだした俺は、ジェニファーの羽根にかけておいたテレキャスターを手に取る。

電気もアンプもないが、どうしても手放すことができない。自分の未練がましさに笑っていると、ジェニファーが首を傾げた。

「それは何?」

「ギター……楽器だよ。電気がなけりゃあ意味ねえんだけどな」

ギターケースから取り出し、構える。

俺の真紅の愛器。

こっちに来てから初めて触る。ありがたいことに弦は切れていないようだ。

鳴らしてみるとガチャガチャという小さい音。

アンプが無いから当たり前だが、エレキ特有のあの音が恋しい。


「それってそんな音なの?あたしが聴いたときはもっと響くような音だったと思ったわよ?」


「だから電気がなきゃ意味ないんだって。あとアンプ」

「ふうん?」

ジェニファーが不思議そうに二本のヒゲを動かす。鼻面にあるそれは、自分の意志で自由自在に動かせるらしい。

気にしずに弦を爪弾くと、聞き慣れたエレキ特有のあの音が響き渡った。

「……は?え?」

俺の聞き間違いか?

恋しさのあまりの幻聴だろうか?

この世界では諦めていた出るはずのない音が聞こえた気がした。


どきどきしながら、もう一度ギターをならす。


ギュワアァアン


俺の耳朶を打つエレキの泣き声。

聞き間違いじゃない!

俺は殆ど泣きそうになってジェニファーを見る。

「なんだよそり」

噛んだ。


思わず笑って、泣いた。

俺のギターの電気的な音は、ジェニファーの半開きの口から響いていた。

ジェニファーのヒゲが俺のエレキのプラグに刺さり、口から漏れ聞こえるギターサウンド。


俺の顔を見て、表情筋の鍛えられたらドラゴンが輝くような笑顔を浮かべた。


若干間抜けなその姿に、笑うより先に感動してしまった。

「ジェニファーすげえ。最高だ」

どうやったらそんなことができるのか分からないが、今はどうでもいい。

もう一度、ギターを鳴らすことができる。


俺は歓喜のままに、ギターをかき鳴らす。

ライブハウスで一番人気の渾身作のラブソング。

ジェニファーが聞いたという愛の歌。


俺のギターが泣き出して、ベースが入り、ドラムがリズムを刻む。

一瞬、あるはずのないマイクが見え、マイク越しにいつも来てくれるファンの顔が浮かんだ。


けれど、実際俺がいるのはどこだか分かんねえ森の中で聞こえるのはドラゴンの口を経由して響く俺のギターだけ。

歌い出しから、感極まりそうだ。


歌詞の意味など関係ない。

元の世界への郷愁と、帰れない諦念と、寂しさ。そしてギターサウンドを取り戻した安堵。

いろんな感情がない交ぜになって、爆発する。


俺はもう泣きながら歌った。


無我夢中で叫ぶように歌って、ギターの余韻が空気を震わせる。


口を閉じたジェニファーも、静かに泣いていた。

「何でお前が泣くんだよ」


ドラゴンにも涙腺がある、という新しい発見に少し笑った。

「だって……言葉の意味は分からないけれどあなたの感情がぶつかってきたんだもの。ごめんなさい。あたしがこっちに詠んだからあなたは寂しいのね。前の世界が恋しいのね」

今初めて伝わった、というように泣くジェニファーに、俺は静かにうなだれた。


今更かよ。

怒りが沸いてきそうなものだが、それよりも歌に引きずられた感情が複雑すぎてぐちゃぐちゃだ。

歌えば発散できるのに、嗚咽が混じってもう声にならない。

俺は草の深い地面に仰向けになってただただ泣いた。





泣き過ぎて頭が痛い。

目もみっともなく腫れているだろう。

俺は何歳だ。情けねえ。

ジェニファーに帰れないと言われてから、感情には折り合いをつけてきた筈だったのに。


ため息をついて、立ち上がる。

俺を見守っていたジェニファーがゆっくりと近づいてくる。

「どこに行くの?」

「川。池でもいい。飲めそうな水のあるところ」

答える声が掠れてやがる。

あれだけ泣いたら仕方がないが、喉を痛めたくはない。


結局、俺はどこへ行っても歌のことを考える。

けれどジェニファーがいる限り、どこへ行っても歌が歌える、と思ったら少し気分がよくなった。

「ならこっちよ」

ジェニファーが先導するあとをついて歩く。

太ましい尻尾が歩く度に左右に揺れる。

この尻尾だけで俺の体重を支えられるんじゃないだろうか。

俺の視線を感じてか、ジェニファーが後ろを振り返り

「メッ」

と照れたように言った。

軽く腹が立ったが、ジェニファーの目元もまだ 涙で濡れているのに気付いて何もいわなかった。

一旦投稿した#3ですが、 加筆、修正し投稿し直しました。

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