♯2
俺は小さい頃、親父の後を継ぐんだと思っていた。
親父はハナからそのつもりで、まだ5歳かそこらの小さい俺に自分のまねをさせていた。
俺が上手くできると、親父は俺の頭をぐりぐり撫でてにかっと笑って見せた。
『いい声だ。上手にできたな。今度は気持ちを込めてみろ。言葉の意味は分からねえだろうが、心配しなくてもいつかは分かる。今は、おまえの気持ちを乗せるんだ。俺たちはこれで飯が喰えてるんだ。絶対におざなりにするもんじゃねえ』
俺は素直に頷いて、練習に励んだ。
あの頃の親父は俺にとってヒーローだった。
だが、俺が中学に入ってからのことだ。
俺はあるバンドを知った。彼らの音楽は俺の脳を揺さぶり、衝撃を与えた。
そこから総てが変わった。
がむしゃらにギターを練習し、唄った。
彼らのようになりたくて、彼らの様な音楽を作りたくてバンドを組んだ俺を、親父は黙って見ていた。
そのうち俺が親父の後は継がない、俺はプロになる、というと親父が反対し出した。
それに俺は猛反発して家を飛び出し、メンバーの家に転がり込んで……やっとメジャーデビューが決まった。
ここからだ。親父もきっと納得させられる。
ごめん父ちゃん。
一人息子の俺が後を継がなかったら、困るのは分かり切ってるのにな。
「ごめん、寺継げなくて」
「てら?」
ジェニファーが不思議そうにあげた声で覚醒した。
何だ今の夢は。走馬燈のようだ……と思ったところで納得。
妙に息が苦しいと思ったら、ジェニファーが俺に体重をかけ過ぎている。血圧があがって脳内出血するのが先か、圧死が先かって感じ。
さっきのはリアルな走馬燈だったようだ。
「ジェニファー、退いてくれ」
腹を叩いてやると、素直にその巨体をずらしてくれた。
ふう。やっと呼吸が楽になる。
起きあがって、体をのばす。
今日も風は冷たく、俺の頭は一気に目覚めていく。
親父どうしてるかな。
俺がいなくなったという知らせはいつ入るのだろう。
感傷的になったが、本格的に体が冷えてきたので、ジェニファーの背中に登り、羽の付け根に潜り込む。
ジェニファーは恒温動物の様で、爬虫類なフォルムとは裏腹に暖かい。
俺が背中にいるのが、ジェニファーも気に入っているようで喜んで背中を明け渡してくれる。
しかしなんて広い背中だろう。
頼りがいがありすぎる。
俺がこっちの世界にきて、一週間経つ。
その間、俺の面倒は全てジェニファーが見てくれている。
ジェニファー達ドラゴンは、オスは完全にヒモらしい。メスは甲斐甲斐しくオスに尽くし、オスはいざという時にメスを守る。
ジェニファーは俺を完全に自分のオスだと捉えているので、嬉々として俺に尽くしてくれる。
俺としては複雑だ。
尽くすジェニファーを可愛いとは思うが……俺が三人は乗れそうな広い背中を持つドラゴンだ。
そう言う対象に思える方がどうかしている。
そんな事をつらつらと考えながら羽の下でぬくぬくしていると、ジェニファーが声をかけてきた。
「ねえ、あたしあなたの歌が聞きたいんだけど…歌ってくれない?」
もじもじしながら言うな。可愛く思えるだろうが。
黙っている俺にどう思ったのか、ジェニファーが急いで言葉を続ける。
「だって、あたしあなたの歌が好きなの。あなたの歌で好きになったのに、聞けたのはあなたを呼んだあの一度きりだわ。…お願い」
俺の歌が好き。
そういう言葉はどんなシチュエーションでだってうれしいものだ。
「いいけど……ここでは無理。風が冷たすぎるんだよ。喉が凍り付いちまう」
「わかったわ。もっと暖かいところならいいのね」
言ってジェニファーは俺の体をその手でつかむ。そっと覆って冷たい風が入らないように手で庇いながら、彼女は空を飛んだ。
不快な浮遊感。
目元もジェニファーの手に覆われているので何も見えない。
ただ、凄いスピードで進んでいることは分かる。
内臓が引き絞られ、内容物がせり上がってくる。
ここで戻すわけにはいかない。
ジェニファーの手の中だ。可哀想だし、驚いて手を開かれたら落ちて死ぬ。
軟弱な内蔵と必死に戦い抜いて、やっとジェニファーの足が地面を踏んだ。
すぐに下ろしてもらい、周りをろくに確認するまもなく地面に手を突いて一気にリバース。
生理的な涙をまばたきで払い落とすと、濃い緑が汚物の周りを縁取っていた。
ゆっくりと当たりを見回すと、高い木々に深い草。
森の中にいるようだった。
濃密な緑の濃い空気。
ずっと高い山上にいたから、この湿度の高そうな空気が心地いい。
「ダーリン、ごめんなさいね。二人一緒の初飛行で浮かれすぎたみたい。大丈夫?」
いいながら、見たこともない大きな皿状の葉っぱに水をためて持ってきてくれる。
ありがたく貰って、口を濯いだ。




