22 学園入試②
「あなたはわざと不合格になった。違いますか?」
「…………どうしてそう思うの」
「午前の試験結果だけを見ればリエ様は確実に合格でした。しかしあなたが不合格になれば合格者の枠が一つ空く。だからあなたは午後の試験を放棄した……。
……シューを合格させるために」
「別に放棄したわけじゃないわ。……ただ思ったの、合格すべきはわたしじゃなくシューだって」
「リエ様も学園に入る目的があったのに、それよりもシューの夢を優先したかった……と。どうして自分大好きなくせに自分を蔑ろにしてしまうのですか」
「……わたしの目的はね、学園に拘らなくても構わないの。でもシューは違うでしょ? ずっと学園に入るために頑張ってきた。だからこれはシューのために──」
「自己中心的な自己犠牲ですよ。そんなの……シューのためでも、誰のためにもなりません。
シューはあなたと学園に行きたかったはずだ」
わたしはダリオルに反論できなかった。
わたしがしたことは優しい嘘なんかじゃない。献身でもない。シューと過ごす間、わたしは罪悪感に苛まれ続けるかもしれない。
……それでも、こうする他なかった。今でも最善の行動だったと信じている。
「そうそう。シューの試験結果ですが、午後から挽回したようでかなりよかったですよ。リエ様が辞退しなくても問題なく二人で合格できていました」
「そう……。よかったわ」
「黙っていてもよかったのですが、シューのプライドのために伝えました。シューは自分の力で合格したのですよ」
「……ねえ、このこと……シューには言わないでね」
「ええ、リエ様のお望みとあらば」
ダリオルは貼り付けたような微笑を浮かべていた。
その裏にある感情を、わたしは見て見ぬ振りした。
こうしてわたしとシューは袂を分かつことになった。
進路も、そして心情も──。
しかし数日後。あの人の訪問で事態は一変する。
「久しいな、パティスリエよ」
「わっ、王妃様……! また町にいらしたんですね」
「お前に渡したいものがあってな。ほら、受け取れ」
「わたしに……?」
王妃様から渡されたのは手紙だった。
丁寧な装飾が施され、封蝋には宮廷の紋章が描かれている。
恐る恐る中を覗いてみると、見覚えのある文字が真っ先に目についた。
「パティスリエが入試に滑ったと聞いてな。妾の推薦で入学できるようにしておいたぞ」
「わーありがとうございます! ……え? 入学って……えええええー!?」
「これで借りは返したぞ」
借りって……あ、チョコレートの件か。わざわざ返しにくるなんて律儀……いやいやそんなのどうでもよくて!
推薦!? 何それ、そんな制度あったの……?
わたしも……学園に入学できる……?
まだ現実をうまく飲み込めずにいるわたしのもとにシューが駆け寄ってきた。
「今っ! 入学できるって聞こえた! ほんとなのか!?」
「ああ、本当じゃ。妾の名で通しておいた。王妃からの推薦は学園初らしいがな」
「パティスリエ! やった、やったな……! お前も入学できるぞ! すげー……奇跡みたいだ! 二人で合格だぞ! これでお前と、学園に行けるんだ……!!」
わたしの肩を掴みぴょんぴょん飛び跳ねるシュー。
自分事のように喜び、少し目も潤んでいる。こんなにうれしそうなシューを見るのはレシピを完成させた時以来だ。
ああ、そうか……。シューが望んでいたのはこの光景だったのか。
「……シュー」
「ん、なんだ?」
「…………学園でもよろしくね!」
「ああ! よろしくな!」
このまま抱擁の流れかと思ったのだが、ダリオルによって阻止された。シューの身柄が回収されどんどんと遠のいていき、シューとダリオルの言い合いだけが聞こえてくる。
助かった、と思ってしまった。シューへの後ろめたさを抱えたまま彼と向き合うのが気まずかったからだ。
わたしだって一緒に学園に入学できてうれしい。しかし同時にシューに対して引け目を感じていた。
今までみたいにシューと付き合っていけるのだろうか。
「そうじゃそうじゃ。パティスリエにはこれをやろう」
「これは……?」
「妾の仮面じゃ。其方が学園に行くならいずれ必要になるじゃろう」
仮面舞踏会を彷彿とさせる、蝶を模した煌びやかな仮面。果たして本当に必要になるのだろうか……? 貰えるものは貰っておくが。
王妃様はわたしに貸しを返せて満足し、馬車へと戻ろうとする。
改めてお礼を言うと、王妃様はまじまじとわたしを見つめてくる。え、何……怖いんですけど……。
そして、わたしの耳元に顔を近づけ囁いた。
「大変だろうけど頑張りなよ、パティスリエ。わたしもできる限りあなたの力になるから」
「え……?」
「……いつか、お互い身分とか気にせず話せるようになるといいね」
困惑するわたしが口を開こうとすると、王妃様の人差し指に抑えられてしまう。皆まで言うなってことか。
あれが本来の王妃様なのかな。考えても答えは出ないけど。
町を出るまで王妃様を見送り、店に戻ろうとしたところで物陰に隠れる元不良三人組と目が合った。
「そんなところで何してるの……?」
「お、おう。奇遇だな」
「いやー……たまたま聞こえてきたんだけどよー」
「お前……町出ていくのか?」
「うん。……シューと学園に行くことになったから」
三人揃って苦虫を噛み潰したような顔をしている。仲いいな。
そこにシューがやってきた。走ってきたのか、少し息が切れている。
「なーんかこそこそしてると思ったら、パティスリエに絡みやがって……!」
「あれ? シューとこの三人は仲良くなったんじゃなかったの?」
「はあ? 誰がこいつらなんかと──」
「おお、おおー! シューじゃねーか、元気してるか!」
「お前に会えてうれしーぜ!」
「そうだぜ! これからも仲良くしようや!」
「な、なんだこいつら……。急に馴れ馴れしくしやがって……」
本当に仲直りしたんだなー。シューたち、楽しそうだ。
この町に来た初日じゃ考えられない光景を目にし、心がほんわかする。ただ一点気になることがあった。
「そういえばお三方。シューから巻き上げてたお金、ちゃんと返した?」
「え? 金……?」
「い、いやぁ……どうだっけなぁ……?」
「もう使っちゃってないかもなぁ……」
「……別にもういいよ。今更返ってきても困るし」
「よくない! お金関連のことはきっちりしとかないと」
「俺らだって返したいと思ってるぜ! ほんとによ!」
「でも、今持ち合わせがなくてよ……」
「働いて返すから、それまで待ってて──」
「ほう……! そんなに働きたいなら、パティスリーに来るんだな」
シブーストさんは不良三人組の背後からぬるっと現れ、新たな人材をお店に連れ去っていった。
パティシエの仕事は力作業が多いから、元気が有り余ってる彼らなら即戦力だろう。
こうしてわたしたちが学園に行っている間も問題なく店は続けられることになったとさ。プロフィトロールは作れなくなるが、シューの帰還を乞うご期待ということで。。
学園入学の数日前。
荷造りを終え、わたしとシューはパティスリーに別れを告げた。
笑顔で見送ろうとしていたシブーストさんだったが、結局泣きだし、わたしたちに抱きついてくる。
この筋肉ともしばらくお別れか……。そう思うと少し名残惜しく感じた。
宿屋のボンボンさんや町の人たちも見送りに来てくれた。一年にも満たない滞在だったが思い出たくさんで感慨深い。
シューは辺りを見回していた。きっと黒猫を探しているのだろう。しかしプロフィトロールが現れることはなかった。
わたしたちは馬車に乗り込んだ。御者が手綱を引き、馬が走り出す。
行き先は、王立の学園──。
学園に来る者は、皆それぞれの思惑を持って入学してくるのだろう。わたしたちだってそうだ。
シューは、お父さんに会う夢を叶えるため。
わたしは、わたしの能力を知る仲間を増やすため。
必ずこの学園で結果を残す。お父様たちの待つ家に帰るため、ガストリエちゃんの名前を使える世界にしてみせる。
そんな使命を背負いながらも、わたしはわくわくを抑えられなかった。学園には何が待ち受けているのだろう!
馬車は走り続けた。




