六十六話:はじめてのクエスト
バジルに蕾が出来たので摘心しました。
横向きの蕾に小さな葉がかかっていて、小さな桜餅のようでかわいらしいですね。
食べられるらしいので水につけて咲いたら食べたいのですが、咲くかな?
お昼ごはんのコロッケを食べたあと、また掲示板の前に来た。
掲示板は新しい紙が貼られたみたいで、ところどころ紙が剥がされて空いていた場所がなくなっていた。
それに、紙の右下にある印が増えている紙が、掲示板の右端に二枚増えて、六枚貼られている。
えっと、僕が受けるクエスト……あれ?
ふと視界に入ったのは、一つの紙。
“情報提供。五歳の女の子アン。アンは腰まで伸ばした金髪。瞳の色は薄紫。大人しい。白の学舎から一人で出る所を目撃された後、行方不明。目撃情報などあれば窓口のギルド職員に”
朝にいろいろ教えてくれた男のヒトが持っていったクエスト、――捜索願いから情報提供になっているけれど――その紙が貼ってあった。
ほかにも“情報提供”と書かれた紙がちらほらある。
情報に報酬が出るクエストは、受けたヒトがいるとあの紙になるのかな。
視線をアンの情報提供を求める紙にもどして、サクッと解決すると言っていた自信たっぷりの鋭い瞳を思い出す。
あのヒトならたぶん大丈夫。
見つけてくれるはず。
でも、気にかけておくだけなら、僕でも出来る。
だから、しっかり覚えておこうっと。
「失礼します」
スッと掲示板に手が伸ばされて、僕が見ていた紙が取られる。
その手を追うと、マット達と同じ服を着た赤っぽい茶色髪の女のヒト。
もしかして
『見つかったの?』
「え? あ……はい。見つかったそうですよ」
わぁ!
『よかったー!』
「ふふ。では」
上体を前にすこし倒した女のヒトにお礼を言うと、去り際ににっこりと笑ってくれた。
朝からお昼の間で見つけちゃうなんて、あの男のヒトすごいね!
やっぱり鼻がいいのかな?
僕も鼻には自信があるから、今度ヒト探しがあったら、受けて……あ。
僕って、Sじゃなかったっけ。
『AならAランクの冒険者、FならFランクの冒険者しかクエストを受注出来ないんだ』
男のヒトの言葉を思い出す。
掲示板をサッと見回す。
一番下のFから上に行くにつれてE、D、C、Bと紙に付いた印が変わり、上の方はAの印でいっぱい。
見えるところには、Sの印が付いた紙はなかった。
僕って、Sじゃなかったっけ。
『あれを見てみろ。Bの横にAもあるだろ。あれは、Bランクが残したクエストで、Aランクも受注出来るようになったやつだ』
印が多くなった紙は、右端にある。
半ばすがる思いで右端へと視線を向けて…………。
あきらめた。
情報提供ってあるんだから、見つけた時にたいへんそうだったら助けて、たいへんそうじゃなかったらそのままにして、みんなに伝えればいいよね。
だから、受けられなくてもいいよね。うん。
…………よし! 気を取りなおして!
掲示板の一番下に貼られた紙。
“冒険者の基礎知識を知ろう”と書かれた紙を小さくジャンプして、口で咥え、掲示板から取る。
この紙には印が押されていないから、だれでも取っていいみたい。
向かうのは、クエスト受注の窓口、だっけ。
“クエスト受注”と書かれた看板が、二階への階段のすこし手前――カウンターの一番右にあった。
朝はたくさんヒトが並んでいたけれど、今はだれも並んでいないみたい。
チャッ、チャッと木の床に僕の爪が当たる音を聞きながら、窓口へと向かう。
『こんにちは!』
「はいこんにちは……あら? あらら?」
あ、カウンターが高いから、僕が見えないよね。
じゃあジャンプ!
『こんにちは!』
『あら! こんにちは。クエストの受注ですね』
『うん! こ、これを、ね』
ジャンプだとすぐ窓口の女のヒトが見えなくなるから、お話が途切れ途切れになっちゃうね。
紙もペラペラしちゃうし、どうし……よ?
両前足の付け根のうしろをグッと持たれて、ひょいっと体が持ち上がる。
カウンターの向こうで座る、白っぽい黄色……茶色? 髪の長い女のヒトが、「うふふ」と右手で口元を隠して笑っているのが見える。
持ち上げてくれたヒトにお礼を言いたくて、上を向いたり、右や左を向いてうしろを見ようとするけれど、体をガッシリ持たれているからか、見えないや。
今はクエスト受注? をしよう!
『これを受けたいの!』
「はい。確認しますね」
スッと伸ばされた手に、咥えていた紙を渡す。
と言っても、僕を持ち上げてくれているヒトが近づけてくれたから、僕は口を開くだけだったんだけれどね。
女のヒトは紙を受け取ると、カウンターの上――隣りの窓口との仕切りで出来た角に、その紙を置いた。
フオン
不思議な音がして、置かれた紙の上に、不思議な光の円が浮かび上がる。
内側に規則的な模様や文字のようなものがある円は、ゆっくりと時計回りに回りだした。
女のヒトがカウンターの下から紙と……本? 光沢のある本の様なものを取り出して、開いた。
本には表紙と同じ形の透明なものがたくさん綴じられている。
女のヒトが取り出した紙を回る円の上にのせると、紙にザーっと文字が書かれていく。
終わったのか、ゆっくりと円が消え、紙がカウンターの上に落ちる。
その紙を女のヒトがスッっと自分の前に移動させて、ガチョン! とハンコを押し、本に綴じられた透明なものの一つの中に入れた。
あの透明なものは、紙を入れる袋だったんだね。
透明なものに入れられた紙を見る。
“冒険者の基礎知識を知ろう。白の学舎にて、冒険者になったばかりの皆様に必要な知識と技術を教えます。給食給金昼休憩あり。詳しくは窓口のギルド職員に”
僕が持ってきた紙と同じことが書いてある。
あの光の円は、紙に転写するものみたい。
すごいね!
「本日は二階の二号室――階段を上ってすぐ正面にドアが見える部屋ですね。そちらでのクエストとなります。ギルド本部長代理をお呼び致しますので、こちらでお待ち下さい」
『わかった!』
ゆっくりと床に下ろされる。
持ち上げてくれていたヒトにお礼を言おうと、見上げ……土?
どっしりとヒトの形をした赤茶色の土が立っている。
その顔に付いたまるい土の塊、一つ目の様なそれが僕を見下ろしていた。
『わぁ! こんにちは! さっきは持ち上げてくれてありがとう!』
「どういたしまして、です。うふふ」
なんで窓口の女のヒトが応えるの?
『僕は若葉! キミの名前は?』
「トリシアです。よろしくお願いしますね」
だから、なんで窓口の女のヒト……?
まあいいや!
『よろしくね!』
「なんで土人形?」
うしろ――階段の方から声がする。
この声は!
『ヨミちゃん!』
「若葉やっほ……じゃなくて。トリシア、これなに?」
あ、やっぱり窓口の女のヒトがトリシアって名前なんだね。
じゃあ、この土のヒトは?
さっきヨミちゃんがつちごーれむって言っていたけれど……。
「応対に必要だったので」
「用途としては?」
「だっこ係でしょうか」
「だっこ係……」
ヨミちゃんが僕と土のヒトを交互に見て、「ああー」とうなずいた。
「大体わかった。ありがとね」
「冒険者の皆様のお手伝いをすることが、私どもの務めですので」
土のヒトが頭を中心にまるくなったかと思うと、どんどん小さくなって…………え? 消えちゃった!
「よし若葉、行こー」
『ヨミちゃんたいへん! 土のヒトが! 土のヒトが!』
「ツチノヒト? とりあえず行くぞー」
階段へと向かうヨミちゃん。
僕も行かないといけないけれど、土のヒトが気になる。
周りを見渡して、土のヒトを探す…………あ! いた!
さっきヨミちゃんが階段に向かっていた時はいなかった気がするけれど、階段を上っている土のヒトがいた。
土のヒトが重たいのか、階段からギシギシ音が聞こえる。
土のヒトは、二階へと姿を消した。
よかったー……あ! 僕も行かないと!
二階へ行くために階段へ向かう。
うしろから、「うふふ」とトリシアの笑い声が小さく聞こえた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「んじゃ、始めるよー」
黒板を前に、ヨミちゃんが両手を挙げてそう言った。
『わーい!』
ふかふかの椅子――ソファ? の上で、元気に応える。
二階に上がったはずの土のヒトは、いなくなっていた。
どこかの部屋にかくれんぼしているかもしれないし、探したいけれど、今はクエスト!
「今日は冒険者になる上で絶対に守って欲しい約束事を教えるよー。聞きたい事があったら、その都度聞いてねー」
約束事?
『はーい』
「よし。じゃあ、まずは……これと! これとこれぇ!」
バンッ! ババンッ! と黒板に厚めの紙が貼られる。
裏に磁石でも付いているのかな。
貼られた紙には、“サボらない”、“ボらない”、“秘密を喋らない”、とそれぞれ書いてある。
「クエストの無断破棄、依頼主への報酬の要求、任務中に知った機密……ま、秘密を当人に無許可で他の人に教えることはダメ。本当にダメ。これをやられると、冒険者ギルド全体の信用に関わるから、ほんとダメ。こっちも罰しないといけなくなるから。クエストをキャンセルする時は、ちゃんと窓口でしましょう。報酬もギルドですでに決まった額をもらいましょう。秘密は守りましょう。わかったかなー?」
クエストを受けたらちゃんとやって、クエストを止める時は窓口に話せばいい。
報酬は、下の階の報酬受け取り窓口でだけもらえばいいのかな?
秘密をかってにほかのヒトに言わないのは、当然だよね!
『わかった!』
「おけおけ。じゃあ、次は……これ!」
ペリペリとヨミちゃんが三つの紙を剥がして、また新しい紙――すこし横に長い紙――をバシッと貼りつける。
その紙には、“森に入る際に守って欲しいこと!”と書かれている。
「えー、森は人類を含めた生き物達が生きる上で、非常に大切な場所だけど、その分とっても危険な場所です。その森に入る時……若葉の場合は人と一緒に入る時に、守って欲しい事が三つありまーす」
「わーい」
ヒトと一緒に森に入る!
とってもたのしそう!
横長の紙の下にバシッ! バシッ! バシィッ! と紙が貼られる。
紙にはそれぞれ、“陣形を崩さない”、“何かする前に報告”、“何かあったら報告”、と書かれていた。
「はーい。集団で森に入る際は、若葉達のようなSランクを配置して、他をAランク、Bランクが埋めるようにして、円を作り、一人一人目が届く程度に距離を取って行動しまーす」
そう言って、ヨミちゃんは紙を剥がして、黒板に白い点を打って、二重の円を描いた。
「この陣形は人数が多くなると、円が大きくなったり、三重になったりするんだけど、若葉はSランクだから確定で一番外側。一番会敵しやすいと思われる場所を受け持ってもらうよー」
円の一番上に書かれた白い点を、ヨミちゃんが大きくする。
「これが若葉ね」と言って、そのさらに上に桃色で大きなまるが描かれる。
「このピンクをモンスター。若葉が一番近いから、若葉が一番最初に見つけた。さあ、どうする?」
それはもちろん!
『近づいて、あいさつしてみる!』
「はー! 教える機会作ってよかったー!」
ヨミちゃんが頭を抱えたと思ったら、上を向いて、天井へと両手を挙げる。
正解じゃないみたい。
なんでー?
「なにかする前に報告! それと、なにかあったら報告! 森で遭遇するものは、大きな虫だったり、人の姿をしていたり、液体だったり様々だけど、基本的にこちらに対して攻撃的な相手だと思ってね。挨拶したらいきなり噛み付いてきたり、もっと言うと、口から光線出して一面焼け野原にしてくるのもいるから。その場の司令塔に報告して判断してもらわないと、大変なことになる場合があるよー」
焼け野原! それはたいへんだね。
気をつけないと!
「最低でも周囲の仲間に報告。方向、何メートル先にいるか、相手の大きさ、姿、状態などを周囲に教えてね。わかったー?」
『うん! わかった! でも、めーとるってなにー?』
そういえば、エルピも言っていたかも!
「そっか。そりゃそうだよね。その辺りも教えないとだよねぇ……明日の授業は…………うん。大丈夫! その辺りは明日教えてもらえるっぽいから、今はものの大きさを伝える時の尺度って程度に、覚えておいて!」
へー! めーとるって、ヒトが考えたものなのかな。
もしそうなら、エルピよく知っていたね! すごーい。
『わかった! ありがとう!』
「うしうし」
牛、牛……さん?
「で。このモンスターを避けるか、または倒すかを現場の司令塔が決めるんだけど、今回は避けます! 円を維持したまま、進行方向を変えて進みまーす」
サッと桃色のまるが消されて、またべつのところに描かれた。
「はい! またモンスターを見つけました! 報告されて、今回は倒します!」
ヨミちゃんが点で描かれた円の下に、もう一つ点で二重の円を描いた。
上の円よりも点の距離が近くて、だいぶ小さい。
「モンスターに近いSランク一名から二名、数名のAランクで討伐隊、Bランク数名で後方支援隊を編成しまーす。他の人達は、討伐隊がモンスターを倒している間に会敵しないように陣形も小さくし、防御系の魔法などで簡易拠点を作ります。討伐隊が倒し終わるまでここで待機です」
なんだかむずかしい。
『僕はモンスターさんに近くなかったら、待つんだよね? 近かったら、どうすればいいの?』
「近くない方は、それでオッケー。近い方は、モンスターの注意を引いて、他の人が動きやすいようにしてあげて。チャンスがあったら仕留めてくれてもいいけど、基本はしないでいいから」
ああー!
それなら、狼さん達にやられたことがあるから、わかるね。
『わかった! ありがとう!』
「よしよし。じゃあ、討伐隊がモンスターを倒しました! そしたら、この倒したモンスターを囲みます!」
そう言って消された桃色のまるが描かれたのは、下の円の中。
「この内側の人達は、道中に見つけた役に立つ植物などの採取や倒したモンスターを解体して、運んでくれます。後は回復もやってくれます。この人達を護る為に、陣形は崩さないでねー」
そっか。
だから陣形を崩さない、なんだね。
『はーい』
「解体が終わったら、また元のように広がって移動ね……よし。一通り終わったけど、わかったかなー? ま、この三つさえ守ってくれたらまあ大丈夫だから。後は、モンスターの種類とか、採取したい植物の種類とかを覚えて、見つけ次第周囲に報告してね」
『わかった!』
「よーし。じゃあここからは、森や町の外で遭遇するモンスターについて教えていくよー」
そう言ってヨミちゃんが黒板に貼った紙には……あれ?
『モンシロチョウモドキ?』
「そう! モンシロチョウモドキ! これがこの辺りで一番見られるモンスターでーす。ぜんちょ……じゃなくて、前翅は三センチ。モンシロチョウと同じくらいだよー」
…………せんち?
『せんちってなにー?』
「あ、それ明日だったね……」
それからは、槍を持った兎さんの槍黐兎。
牡鹿は空洞がある角を鳴らして、牝鹿は魔法で地面を鳴らすらしい砦鹿。
よく転がって移動している転がり熊など、いろんなモンスターについて教えてもらった。
モンスターの大きさを、「このくらい」とヨミちゃんが手でがんばって表してくれたけれど、転がり熊は大きいみたいで、「ここから……ここまで!」と天井に頭が入って行った時は、すっごくびっくりした。
読んでいただきありがとうございます。




