六十二話:木の棒と木の枝
大きな音がしたけれど、東からしたからか、街のヒトは広場の様子を見にはこなかった。
木の下で伏せて、下涼み。
そういえば、ひなたぼっこはあるけれど、ひかげぼっこはないのかな。
それに、ぼっこってなんだろう。
お腹いっぱいにお肉を食べて、ほんのり温かくなってくる体。
その熱が暑く感じる前に、日陰を通る小さな風が僕を冷やしてくれる。
また重くなってきたまぶたをがんばって持ち上げて、広場を眺める。
お屋敷の広場に留まっているのは、僕ひとり。
メラニー達はみんなどこかへ行っちゃった。
たまーに通るヒトも、こっちを見てくるけれど、足を止めずにお屋敷に入るか、門から出て行く。
街の中を探検してみたいけれど、僕ひとりでここから出ると、街のヒトがびっくりしちゃうから、だれかと一緒じゃなきゃダメって、マットは言っていた。
今日はみんな忙しいから、この広場で我慢してとも言っていた。
たしかに、僕を見ているヒト達の目には、警戒がしっかり残っていた。
頭をなでてくれたヒト達もいるけれど、それでもまだまだ一日目。
仕方がないよね。
街を探検していく内にみんなとゆっくり仲良くなれるだろうし、それに……そうだった! お祭りが今日の夜にあるんだった!
お祭りだから、たくさんのヒトがあつまるはずだし、もしかしたら、どーん! と仲良くなれるかも!
はやく夜にならないかなー。
……あれ?
広場を行き交うヒト達。
あのヒト達となら、今お話ししたりして、すこしでも仲良くなってもいいんじゃないかな?
広場から出ていないし……いいよね!
スクッと立ち上がる。
ちょうど目の前を通っていた男のヒトとパチッと目が合う。
僕と目が合った男のヒトが「ヒエッ」と後退る。
なにかが上から落ちてきて、僕の前でカチャッと音を立てた。
なんだろう? 木の枝に引っかかっていたのかな。
二つの木の棒を重ねて、十字にしたもの。
とっても古いものなのか、汚れて黒っぽい。
あ、なにか刻まれている……?
ぐにょぐにょっとなにかで彫られた模様……文字かな?
裏にはなにか……
右前足を使ってひっくり返そうと、触れた瞬間だった。
ビキビキビキビキビキビキビキビキバキッ!
木の棒の表面にヒビが走り出し、全体をヒビまみれにしていく。
そして、十字のまんなかへとヒビが到達すると、木の棒が真っ二つに折れ、力を失ったように、粉々に砕けた。
…………これって、
僕がやっちゃったんだよね?!
わー! どうしよう!
だれかの物なのに、壊しちゃった!
すごく古そうな物だったから、ちょっと触っただけで、ううん。
僕が思っていたよりも強く触っちゃったのかも!
大切な物だったらどうしよう!
謝って許してもらえるかな?
やっぱり同じ物を返してから謝らないとだよね?!
ワタワタしていると、また男のヒトと目が合う。
さっき後退ったヒト……そうだ!
あのヒトに相談しよう!
相談する時は、近づいて……
『すみませーん!』
「たったたたっ助けてくれー!」
男のヒトが一目散にお屋敷へと駆けていく。
びっくりさせちゃったみたい。
あ、転んじゃった。
痛そう。
『大丈夫?』
「おおっお助けー!」
男のヒトは、僕を見るなりクルッと頭を下にして、腕の力で前へと跳んで立ち上がり、また走り出す。
そして、お屋敷の扉に突っ込んで弾かれると、扉を開いて中へと入っていった。
よかった。
元気みたい。
それにしても、すごかった。
腕の力でぴょーん! って跳べるなんて。
あの男のヒト、すごいね!
って、今はそんな場合じゃなかった!
砕けちゃったあの木の棒の持ち主さんとか、どうすれば許してもらえそうとか、相談しないと!
次またここを通ったヒトに話しかけて、相談にのってもらおう!
「なんだなんだなんだってんだー!?」
「ちょ、ちょちょちょ、なにこれー!?」
「ままっままままた来た! また来たー!」
「こ、来ないで! …………ばいばい」
怖がりながらも僕へと手を振って、門から出て行く女の子を見送る。
すっかりオレンジになった空の下で、女の子の影が僕の方へ長々と伸びていた。
通るヒトみんなに声をかけ続けて、相談にのってくれたヒト、ぜろ!
相談って、思っていたよりもむずかしいことみたい。
声をかけたヒトの中には、さっき頭をなでてくれたヒトもいたけれど、やっぱり逃げられちゃった。
みんなだと大丈夫だけれど、ひとりだとまだ怖いってことかな。
僕から近づいたのもダメだったみたい。
もうすこしで夜になる。
そうしたら、ここでお祭りが始まる。
お祭りならマット達も来てくれるはず。
それまでまた、さっきと同じ木の下で寝ていようかな。
そうすれば、壊しちゃった木の棒のことも、忘れないよね。
木の側まで移動して、横たわる。
木の棒の破片は、変わらずそこにあった。
本当にごめんなさい。
木の棒。
木の棒の持ち主さん。
落ち込む気持ちと違って、胸の辺りはなんだか温かい。
エルピだと思うんだけれど、なんだろう?
もしかして、よろこんでいる?
物を壊しちゃったのに、なんで…………?
…………
……
ヒトの気配がする。
それに匂いも。
だれかがだれかに指示をしている声。
…………
あ!
お祭り!
目を開いて、頭を上げる。
うーん、しっかり眠れた!
立ち上がって、ぐぐっと体を伸ばす。
「わぁ」って小さく声が上がった。
顔を上げると、たくさんのヒトが広場にいて、それぞれなにか作業をしている。
広場には、たくさんの木のテーブルが運ばれてきていた。
その奥には、黒い鉄かなにかのテーブルの上に置かれたまるい……窯?
小さな窯が一、二……五つ。
すこし離れて、木箱が四つ積まれている。
お皿を作る……?
お皿はもっと大きな窯の方がいいだろうし……いいや。
なにかを焼くみたい。
よくわからないけれど、たのしみ。
そういえば、ビルが空けたへこみがなくなっている。
綺麗に平ら。
だれかが埋めてくれたみたい。
のしのしと男のヒト達が門からやって来る。
その肩には、大きな樽が二つずつ。
その樽を窯と同じテーブルの奥――すこしお屋敷側に並べて立てていく。
匂いは離れているからか、しないけれど、お酒かな。
お酒は、 がよく飲んでいたなぁ。
飲みすぎると川が荒れるから、みんなに止められていたっけ……あれ?
名前が思い出せない。
まあいっか!
時間が経つにつれて、ヒトがあつまっていく。
アベルやギルスの姿もある。
でも、忙しいみたいで、僕の方にはだれも来ない――と思っていたら。
タタッタタッ
ごにんの子ども達が歩いてきた!
うれしくなって、立ち上がりそうになるけれど、我慢。
自分から近づいたら、ダメみたいだからね!
ごにんは、僕からすこし離れたところで立ち止まると、先頭の茶色い髪がツンツンとしている男の子がずずいと前に出る。
その右手には、立派な木の枝が。
「やいオオカミ! おれと勝負しろ!」
男の子は両手で木の枝を持って構えると、鋭い目つきで僕をじっと見た。
勝負!
おもしろそう!
どんな勝負をするんだろう!
うんうんとうなずく。
かってに尻尾が動き出すのがわかる。
すると、「かわいい」という声が聞こえた。
見れば、木の棒を持った男の子のうしろに立つ子ども達の一番左――赤茶色の髪をよこに寄せて、三つ編みにした女の子のうしろで、濃い緑の髪がもじゃもじゃな女の子が覗くように僕を見ていた。
サッと赤茶色髪の女の子が、僕から緑髪の女の子を隠す。
怖がらせちゃったかも。
「ムシするな!」
あ! 勝負だったね。
でも、うーん。
『なにで勝負するの?』
「……しゃべった!」
うしろのよにんの一番右に立つ、明るい黄色髪のキリッとした目の男の子が、大きく口を開けた。
ほかの子ども達も、おどろいたみたいで、目がまんまる。
「アレク、言葉を理解するモンスターは強いんだ。やめておいた方がいいよ」
黄色髪の男の子の左隣り、黒い髪の眼鏡をかけた男の子が、茶色髪の男の子――アレクの肩に手を置いた。
「ジャマするなウィズ! 毎日すぶりだってしているんだ、こんなちいっさいヤツに負けるわけない!」
うーん、なんの勝負なのか、答えてくれないや。
じゃあ、おいかけっこ……は、お祭りの準備をしてくれているヒト達のジャマになっちゃうかも。
どうしようかな。
……まあいいや!
一度勝負は置いておいて、自己紹介をしよう!
『僕は若葉! よろしくね! 君は、アレクっていうの?』
「え、それはあだ名で、アレクトだ!」
『アレクト! よろしくね!』
「よろしくしない!」
『ほかの子はなんていうのー?』
うしろの子達にも名前を聞いていく。
黄色髪の男の子がストライアで、黒髪の男の子がウィストール、赤茶色髪の女の子がヘデラ、緑髪の女の子がアシュリカ。
みんな素敵な名前だね!
『よろしくね!』
「だからよろしくしないって」
「――おいガキども、何してんだぁ?」
みんなが声のする方へ向くと、アベルが歩いて来ていた。
木で作られた大きなコップで、なにかを飲んでいる。
「アベル!」
「こらアレクト、さんくらい付けろ。……で、何やってんだって?」
アベルにじっと見つめられて、キュッとアレクトが細くなる。
そこへウィストールが前に出て、アベルと話し始めた。
「ハッ!」
話し終わったアベルはなんだかうれしそうで、アレクトの前へ行くと、ガシッとアレクトの頭に右手をのせて、ワッシワッシなでた。
「その歳でSランクに挑むたぁいい度胸だアレクト。見直した。だがちっと使い所が悪かったな。ワカバは仲間で、お前の後輩だ。そいつを向ける必要はねぇ」
「そうなの?」
「そうだよな?」
アベルが僕を見る。
子ども達も僕へと視線を向ける。
もちろん。
『うん! 仲間!』
「ほらな。よしアレクト、さっさと仲直りしてこい。あいつは頭を撫でられるのが好きみてぇだぞ」
アベルに背中を押されたアレクトが、僕の方へと歩いてくる。
僕が頭をなでられるのが好きって、なんでアベルが知っているんだろう。
言っていたかな?
まあいっか!
アレクトは僕の側までくると、木の枝を地面に置いて、ぬっと上から右手を近づけてくる。
思わず顔を上へ向けると、「うぅ」とアレクトが手を引っ込めた。
逃げられちゃうかな……?
アレクトは不安そうな顔で、うしろをふり向こうとしてやめた。
そして、また手を近づけてくる。
ほふっと、頭に触れられる。
小刻みになでられる。
それだと、ほとんど同じ場所だよ。
でも、この強張った手が、ぎこちない動かし方が、なんだかうれしい。
なで終わったのか、手が引っ込められる。
アレクトの顔が見えると、なんだかバツが悪そうに眉が下がっていた。
「ごめんな」
なんで謝るの?
『なでてくれてありがとう!』
アレクトはあっけに取られたような顔をしたあと、「ぷ、ぷははははは!」と笑った。
とってもいい笑顔。
「よろしくなワカバ」
!
向けられた目には、警戒はなかった。
しっかりと、僕を見てくれている。
『うん! よろしくね! アレクト!』
アレクトはうなずいて、また僕の頭をなでた。
読んでいただきありがとうございます。




