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6月20日 11:10 角藤誠

宮近明たちが課題プリントをしている頃、隣の教室では角藤すどうまことの物語が始まる。

〇6月20日 11:10 角藤すどう まこと

 はぁ、休み時間にトイレ行くの忘れた。二時間目の授業の分からないところを先生に聞いているうちに休み時間が終わってしまい、トイレに行くタイミングを失った。

 授業中、変に目立ちたくはなかったが、人間がトイレにいくことは生理現象だ。それに勉強のためだったのだ。僕に落ち度はないはずだ。

「先生、トイレに行ってもいいですか?」

 僕は手を挙げてから先生にお願いした。

「そういえば角藤君は休み時間、先生に質問していたね。どうぞ、行ってきなさい」

 先生はとても優しい口調で許可をくれた。どうやら休み時間の様子を見ていたようだ。

「へっ、トイレに行くことくらい小学生でもできることだ。勉強なら悪くないってか」

 後ろで東が悪態をついている。だが別に興味はない。僕と東の仲が悪いことは有名な話だ。犬猿の仲だなんて言われているらしいがとんでもない。あんなやつと比べられていることがすでに不快だ。ここは無視だな。

「ありがとうございます」

 僕は許可をくれた先生にお礼を言って教室を出た。後ろで無視かよ、などと東が言っている。ならばこちらも無視を決め込もう。



 トイレは今いる教室棟から渡り廊下を歩いた特別教室棟にある。その途中、渡り廊下の窓からはちょうど校庭を見渡せる。ここは二階だが、三階の方がよく見渡せるはずだ。

「ん?」

 なにやら体育の先生と誰かが争っているように見える。僕には関係のないことだ。きっと教師陣が何とかしてくれるさ。



 トイレを終えた僕は手を洗って、来た道を戻ろうとする。先ほどの外の様子が気になってもう一度窓から校庭を覗いた。息が詰まる光景だった。見知らぬ人間が大量に校庭に侵入し、女生徒が追い回されている。さらに衝撃的だったのは三人ほどの人間に先生が押し倒され何やらもがいている。

「な、なんだ、あれ、」

 自然と声が出ていた。外を見ていられなくなり、視線を足元に移す。

 どう考えても異常だ。落ち着くんだ。あれだけの人数がいたら校内にも侵入して来るかもしれない。そのときのためどこかに立て籠もろう。いや、考えすぎか?

 先生はどうなった?

 視線を再び校庭に持っていく。先生は押し倒されたまま動かなくなっていた。

「死んで、いないよ…な?」

 考えすぎなんかじゃい!早くどこかに逃げ込もう。それにもってこいなのは。

「食堂に行こう」

 食堂にはシャッターがあったはずだ。それに食べ物もある。

 そうと決めたら善は急げだ。僕は急いで三階にある食堂に向かった。



――ガラガラ、ガタンッ

 シャッターを閉めた。中を確認されないようバリケードも作ろう。中には誰もいれない。自分の身を守ることが最優先だ。



――校内に不審者が侵入しました。生徒の皆さんは慌てず先生の指示に従っ…ブツッ



 突然放送が鳴ったと思えば途中で止まった。なんだったんだ。

「これはいよいよおかしい」

 僕は自分の立て籠もるという判断が間違っていなかったと確信した。

 食堂にあった長机や椅子などを使ってバリケードを作り上げた。外から中の様子が見えない上に中のバリケードを外さないとシャッターのカギを開けられないようにした。完璧だ。このシャッターが次に開くのは僕が開けると決めた時だ。

 少し休憩しよう。



 バリケードに使わなかった椅子に腰かけ、体を休めた。それに少し落ち着きも取り戻した。


「おいっ!ここを開けてくれ!」

 これからどうなるかと考えていたとき突然シャッターの外から大声が響いた。

「きたか、」

 この展開は予想できていた。もし事態が収拾できないほど悪化したとき他にも食堂に避難しようする者がいるのは必然だ。しかし、僕はこの人たちを中に入れるつもりは毛頭ない。立て籠もり生活になったとき一番の障害は何もできない人間だ。いま外にいる人たちが役に立つかどうかは分からない。だが確認しようものなら何様のつもりだと反論してくるだろう。ならばいますぐ他へ逃げろと言う方がお互いのためになるというものだ。

「シャッターは開けません。他へ逃げてください」

 相手の顔も見ずに僕は断った。

「ちょ、ちょっと待てよ!何が起きてるのか分かってんのか!?」

 しつこいな。どうやら断られるとは思っていなかったようだ。

「変な奴らに襲われてるんでしょう。僕は襲われたくありません。だからここも開けない」

 こんなやり取りをしていたらあいつらに見つかるかもしれない。早く去ってくれないだろうか。

「くそ!お前みたいな野郎、やつらに食い殺されろ!」

 彼らは最後に捨て台詞を吐いて去って行った。



 食い殺す…。

 先ほどの言葉が気になっていた。

「まさか、さっき外にいた先生はただ襲われていただけじゃなくて、食われていたのか?」

 僕は最初よりも恐怖心が強くなっていた。

 いや、あいつらが適当に言っただけかもしれない。きっとそうだろう。

 なんとか自分を落ち着かせようと努力する。

「大丈夫、大丈夫、」



「助けてくれ!中に入れてくれ!」

 また来た。このやり取りが何回もあるのはたまったもんじゃないな。

「開けたら僕が襲われるかもしれない。あきらめな」

 面倒くさくなっていた僕は、敬語を使うこともやめ冷たい言葉できっぱり断った。

「その声角藤か」

 ばれてしまった。別にばれたからどうという訳ではないが。相手は宮近明か?あいつとは一年のとき同じクラスだったな。

 まてよ、今僕は外の様子を知りたい。こいつらを利用して情報を手に入れるのも一つの手なんじゃないか?

「お前は宮近だな。そっちは何人いる?」

 とりあえず人数を把握して作戦はそれからだ。

「俺たちは四人だ。頼む入れてくれ!」

 四人か。よし。

「いいよ。入れてあげる。ただし入るのは三人だ。あとの一人はおつかいに行ってもらいたい」

 僕の作戦はこうだ。とりあえず一人を除いて中に入れる。そしてもう一人には職員室にある携帯をすべて持って来てもらう。外の情報を得るためのネット端末がほしい。それにこの先充電などの電力補給が出来なくなるかもしれない。できるだけ多くの端末を所持しておきたい。

 さらに宮近たちの戦えない仲間の安全を守ることでお互いの利点を作った。僕は条件だけを提示して最初に相手の利点を作らないなんて馬鹿なことはしない。さっきも言った通り一番の障害は人間だ。上手くやらなければ僕が食われる。

「おつかい?」

 宮近は疑うような声で復唱した。

「そうだ。職員室にある携帯だ。没収されたまま持ち主に返ってないのがあるだろ。全部だ。全部持ってきてくれ」

 宮近は僕の条件に乗るはずだ。

「それとこの食堂の中では僕がリーダーだ。僕に従ってもらう」

 念を押して宮近の返答を待つ。


「分かった。それでいい。約束は守れよ」

 やはり宮近は乗ってきた。よし、バリケードをはずそう。

「それじゃあバリケードをはずす。変な奴らが来ないよう見ておけよ」



ガシャンッ


 バリケードをはずし、宮近たちと対面した。まだシャッターは閉まっている。宮近の他に遊馬と日向、愛華がいた。

「お互い約束は守ろう」

 僕はシャッターを開けた。四人が入る前にもう一度確認だ。

「職員室に行くのは誰だ?」

 少し沈黙が続いた。僕は宮近に目をやる。

「俺が行くよ。この話をしたのも俺だし」

「だめ!変な人がたくさんいるんだよ?」

 せっかく宮近が行くと言ったのに日向が邪魔をしている。

「はやく決めてくれ。シャッターを閉めたい」

 僕は宮近を急かした。遊馬は何も言ってこない。てっきり宮近と遊馬の二人でどちらが行くか言い合うと思ったのだが。遊馬の顔は苦しそうに歪んでいる。

「唯、大丈夫。待っててくれ」

 宮近は日向を半ば強引に食堂へ入れた。それに続いて遊馬と愛華が食堂に入る。



 僕は宮近を残してシャッターを閉めた。振り向いて招き入れた三人を見る。

「まぁ、くつろいでくれ」

 三人は僕に対して怒りを感じているだろう。だからバリケードの設置は僕が一人でやる。

 バリケードの設置を命令して独裁者気分に浸るのもいいが、無駄な争いになることは避ける。


 シャッターの向こうに宮近の姿は無くなっていた。





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