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腐りゆく男  作者: 海土竜
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15/18

眺望

この海沿いの小さな道でさえ、

毎日決まった時間に人が通り、海を眺めている男に怪訝な視線を向けるも

変化のない男への興味はさほど続くこともなく、すぐに関心を失う。

皆、自分の役割を果たすため、毎日同じことを繰り返しその道を歩んで行くのか、

ただの傍観者でいる私にはもはや見当もつかなかった。

海を眺めるだけの傍観者として過ごす日々、

余計な事は何も聞かない小雪との生活。

ここに私の役目はなかった。

だが、そのおかげで靄のかかった頭がすっきりして来る様な、

胸のつかえていた物がいつの間にか無くなって行く感じにも似た緩やかな変化で、

長い夢から覚めようとしているのか、段々と世界は色づき始めていた。


私は時々街の話をするようになった。

毎日繰り返し乗る通勤電車や水槽に落としたインクの様に広がる人々、

水底の様に声の響かない街、退屈な書類の整理、華やかな夜の街、

そして、腐って行く同僚たち、魚の群れのような人々の歩く姿、

どの話をしている時も小雪は笑顔を浮かべて同じように聞いていた。

とりとめのない夢の話を聞くように。

だが、私は一つ話をするたびに絡まっていた結び目が解け始め

どんな些細な事でも夢中で話し続けていた。

話すほどに、すべてが夢だったような、

何もかもが懐かしくも遠い記憶に思え、

同僚たちは元気でやっているかなどとホームシックにも似た感覚にとらわれる。

最後に見た姿は皆腐っていたのではあるが。

もはや、そのすべてがはるか遠くの出来事。

私とは係わりの無い私の話だった。


晴れやかな気分になっていた私は、

小雪の山へ行こうという提案にも快く返事をしていた。

山と言ったところで、海から見えるそれは小高い丘程度の物であったはずなのだが、

曲がりくねった坂を上るのは、かなりきつく、

いや、普段からたいした距離を歩くことはなかったためか、

滝のような汗が止まらず、すぐに登り始めたことを後悔していた。

私と違って、小雪は汗ひとつかく事無く舞う様な軽い足取りで少し先を歩く。

恨めしく思うよりも、ひとたび止まってしまえばもうそこから動けないかもしれないと

今はただ立ち止まってしまわないように足を動かすことだけを考えて重い足を前に進めた。

これ程の思いをしてこの先に何があるというのか、

何処までも続く山道をただひたすら前に進む、

その終わりのないと思われるほど辛く苦しい道のりは、唐突に終わりを告げた。

いつの間にか頂上付近まで登って来ていたのか、

小雪が見晴らしのいい開けた場所で待っていた。

ようやく休めると、ゆっくり小雪に近づいた私に

吹き付けてきた風は潮の香りを運んできた。

振り返るとそこには遥か彼方まで広がる海があった。

私は腰を下ろすのも忘れて、その景色を眺めていた。

広大な海と山の緑の間に申し訳なさそうに小さな町の姿が見え、

そこから一本の糸の様に真直ぐと電車のレールが伸び、

何処までも海と山を区切る境界線の様に果てし無く続いて行く。

やがて、周りの景色に溶け込み見分けることが難しくなったその先に

灰色の墓標の様にそびえたつビルの街があった。

そこだけが色彩を失ってしまったかのように霞んだその姿は、

時が止まったかの様に何の変化も起こるはずもなく、限りなく遠く感じられた。

あの街には何があったのか、

私の進むべき道が確かにそこにあるという確信は今はもう夢の彼方程遠く、

本当にそこにあるのかさえ定かではない蜃気楼にも思えた。

傍らで見つめる小雪の目にはどんな姿の街が映るのであろう。

私にはただ遠いだけの石で出来た街。

細かく仕切られた巨大な迷路のような街も外に出てみれば

そこに詰まっているものすべてが儚く思える


額の汗をぬぐうため上げた右手の傷は今はただの擦り傷に見えた。

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