道
重苦しい空気のたちこめる会議室に向かうと、
深い皺を刻み付けた男がすでに席についていた。
もうそこに根を張ってしまっているのだろうか、資料の山を注意深く捲る度に、
全身が木で出来ているかのようにギシギシと軋んだ音をたてている。
隣に座って腕を組みながら思慮深く唸っている男の後頭部からは
腐った脳みそが流れ出していた。
その頭ではいくら考えたところで結果はしれていそうだ。
前で話す男の口から洩れる声は、低音の管楽器のような音しか出せず、
もはや意味を聞き取ることは不可能ではあったが、
時折、座っている男が気味の悪い液体を吐き出しては話を遮る。
もはやだれ一人として意思疎通ができてるようには思えないのだが、
それでも、魚のように見える者が奇怪な声を発すると
皆一斉に不快な視線を送るのだった。
何も決まろうはずもない無意味な会議は続いて行く。
私は何をやっているんだろうか。
これが、私の役割なのか。
私の進んできた道は何処に向かっているのだ。
何のために歩んできたのか。
この先は何処へ向かえばいいのだ。
怒りにも似た嫌悪感が込み上げてくる。
私はこんなものを望んではいなかった。
こんな場所を、こんな街を望んではいない。
私にはもっと別な場所が、、、
右手に巻いた汗ばんだ包帯が我に帰す。
何処へ進むというのだ。何処へ行こうというのだ。
すでに私もこの街の一部だった。
この街、ただ腐りゆく街の住人だった。
このまま朽ちていくのか。
もうここには私の役割は無いのかもしれないな。
そう思いたった私は奇妙な音のこだまする会議室を後にした。
まだ日の高い通りは行き交う人も少なく、
ビルの窓に反射した日差しが地面を照らしている。
人々は日に当たると腐敗が進行するのだろうか
日差しを避けては影の中を逃げ場所を探しながら移動していたが、
その強い日差しを避けようともせず、
ふらふらと歩いているのは、皆そろって魚のように見えた。
日差しに耐えられないのかその場に倒れたりする者もいるが
誰もそれには関心を示すことはなかった。
私もあの様な姿になるのだろうか。
水の中を漂う死んだ魚の様に。
目的もなく歩いていたはずが、いつの間にか駅へと向かっていた。
その事に気が付いた時、私は自由に歩くこともできないと悟った。
決して自分の道をそれることはできないと。
敷かれたレールの上をひたすら前に進むように、
誰かの決めた役割を演じ続けるように、
自らの決意と硬い意思によって踏みしめてきた道は
悠久の時を経たかの如く荒れ果てた姿をさらしていた。
ふらつく重い足取りでホームに向かう、
今はだた、全身を掻きむしりたくなる衝動があるだけだった。
手、肩、背中、体のあちこちが痒い。
無意識に肩や首筋に手が伸びているのを何度も押しとどめるも、
我慢する理由を見つけることもできはしなかった。
ホームにはあの怪物がいたことに軽く驚きはしたがそれ以上の関心は持てなかった。
あの怪物に貪り食われる順番を待つのもいいだろう。
ふらふらと硬いベンチに向かって歩き続ける。
ホームのそこかしこに、汚い布にくるまれた魚が転がっていたが、
もう驚くこともなくなっていた。
あの怪物がかたづけてくれるのだろう。
それもまた、この街での役割であるのであろうか。
ホームから眺める灰色の街はいままでと何も変わらず、
人々を黒い染みの様に吸い込んでいった。
私は何処に行きたかったのだろう。
私は何処に行けるのだろう。
今はもうどうでもよかった。
電車の柔らかい座席が心地よい振動を伝えてくる。
私は深い眠りへと落ちて行った。




